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第61話 空より来る魔人

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 エウロペは、ライシア大陸の東側、長靴のような形をした半島をその領土としていた。
 城や城下町はその中心よりやや南にあった。

 城下町からニーズヘッグの祖国であるランスに向かう、あるいはランスからエウロペの城下町に向かう、その中間にあたる位置にコムーネの町はあった。
 ランス以外にも、エウロペと陸続きに隣接するゲルマーニやアストリアとの国境も近い、エウロペにとっての貿易の拠点であった。

 エウロペには、半島の南側にもうひとつ貿易の拠点となる港町シンダコがあったが、陸続きに貿易相手が三国もあるため、現在ではあまり使われてはいないとニーズヘッグは聞いていた。

 エウロペの東にランスがあり、北にゲルマーニがあり、西にアストリアがある。
ランスは、ライシア大陸の一番東に位置していた。

 エウロペの南の港町は、ランスのさらに東、海をはさんだところにあるギーリスという、代々女王が治める極東の島国との貿易に主に用いられているだけだった。
すぐ南のファリカ大陸にも、海に面していくつか国があるが、百数十年前にエウロペとランスが起こした戦争以降交易は途絶えていた。


 エウロペの城や城下町があんなことになってしまった以上、おそらくはコムーネの町を中心とする新たなエウロペが作られることになるのだろう。
 まだコムーネの町の人々は、エウロペの城下町で起きた惨劇を知らなかったが、明日か明後日には商人が惨劇の後を目の当たりにし、その数日後には国が滅んだことを知るだろう。

 ニーズヘッグは、アルマの買い物に付き合いながら思った。


 国王には確か何人か子どもがいたはずだが、城には魔術学院の子どもたち以外には生き残りはいなかった。

 王族まで城下町に現れたカオスの迎撃に出たとは思えなかったが、あの状況下で逃げ延びたとも思えなかった。
 たとえどこかに身を隠し生き延びていたとしても、もはや王族が国を建て直すことは不可能だろう。

 国王がいくら大賢者や魔王に利用されていただけとはいえ、それを知るのはニーズヘッグたちだけだ。
 彼らが真実を話したとして、信じる者はおそらく誰ひとりいないだろう。
 死んだ国王が即位してからの百数十年に犯した数々の罪を許す者はいないだろう。

 それがたとえ父親の犯した過ちであったとしても、その子どもたちにはどうすることもできなかったとしても、王族と知られただけで殺されてしまうかもしれない。

 それだけのことを、あの国王はしてきたのだ。

 エウロペは3000年近い歴史があり、その王族の血筋も同じだけの時を繋いできたが、国が滅びるときというのはあっという間なのだなと思った。


「ねぇ、ニーズヘッグ? あれがあなたが言っていたレンジ君たちの飛空艇かしら?」

 アルマが空を見上げて言った。

 確かにエウロペが有する飛空艇「オルフェウス」が町の上空に浮かんでいた。

 飛空艇は、ランスの所有する竜宮艇とその大きさはほとんど変わらない。
 その全長は100メートルほどはあり、着陸をするなら町から少し離れた着陸可能な場所にするはずだった。
 それが町の真上にあり、着陸する様子はなく、ただただそこに浮かんでいた。

 ニーズヘッグには、それが異常なことだということはすぐにわかった。

 エウロペの飛空艇は、風の精霊の魔法とエーテルを推進力とし空を駆ける。

 魔法で動くものであるが、全長100メートル、重量は数十トンはあるであろう、巨大で大質量の船を動かすのは、確か魔法使いではなかったはずだ。
 魔人のステラやピノアでも、あれを動かすのはおそらく骨が折れる大きさと質量だ。
 ただの人ならば、何十人も魔法使いが必要となる。

 エウロペの城内には、エスカレーターやエレベーター、ワープポイントといった、魔法使いを必要としない装置があった。
 飛空艇には、それをさらに進化させた技術が用いられていると聞いたことがあった。

 魔法に縁のない人生を歩んできたニーズヘッグには理解できない技術ではあったが、飛空艇自体に魔法によって産み出された人工の頭脳が存在し、飛空艇自体がエーテルから風の精霊の魔法を使い、航行を可能としているという。

 自我や意思のようなものが存在し、学習もする、飛空艇とはそれ自体がひとつの生命なのだという。

 だから、レンジたちはただ目的地を指定するだけで、離発着ができるはずだった。
 レンジたちに何かが起きたとしか考えられなかった。

「わたしの目の錯覚かしら?
 飛空艇から誰かが降りてきているように見えるのだけれど。
 あれは、人? でも羽根があるわ」

 そして、その飛空艇から、まるで天使が降臨するように何者かが飛来してくるのが見えた。

 ニーズヘッグの目には、その者はアルビノの魔人にしか見えなかった。
 しかし、ピノアではない。男だった。

 敵だ。

 と、ニーズヘッグは直感した。

 あの男がレンジたちに何かをしたのだ。
 自分はレンジたちのそばを離れるべきではなかったのだ。

 アルマのことで頭がいっぱいで、自分が魔王や大賢者の顔すら知らないということすら気づかず独断専行した結果、仲間たちを危機にさらしたのだ。


「ケツァルコアトル、敵だ! 迎えうつぞ!!」

 ニーズヘッグは叫んだ。

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