「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな

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第104話 13人目の救厄の聖者 ②

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 雨野タカミは、リバーステラにおいて00年代に活躍し、都市伝説上の存在にまでなった天才ハッカーだった。

 ハッカーとしての名は、シノバズ。

 彼がハッカーとしての活動を始めたのは、1990年代の終わり頃のことだった。

 当時はインターネットの黎明期にあたり、パソコンのスペックは現代のものとは全く比べ物にならず、回線もまた光どころかADSLですらなく、ISDNというおそろしく遅い回線だった。
 月額料金を支払っていても、インターネットが使い放題になるのは深夜だけだった。

 携帯電話もようやく普及し始めたばかりで、メールはできたが着信音をダウンロード購入することもできなかった。自分の好きな歌に変更したければ、専用の書籍を購入し、譜面を自分で入力しなければいけなかった。

 そんな時代に、当時まだ中学生であったタカミは、警視庁の公安部よりも早く、古い預言者の終末の預言を実現させようとする狂信的なテロ組織の存在に気づいた。

 彼にハッカーとしての技術を教えた、顔も声も知らない初恋の女性が、そのテロ組織のリーダーだった。
 彼女とは、放課後学生タウンというチャットサイトで知り合った。

 初恋ゆえの過ちであったが、彼は彼女の本名や住所や電話番号、顔や声を知りたいと思った。
 だから彼女から学んだ技術で、彼女の自宅のパソコンにハッキングをし、そしてテロ組織の存在を知った。

 だから、彼女のために、彼はパソコン一台でテロを阻止した。

 しかし、テロ組織のメンバーたちは、メンバーの中に誰かひとり警察と内通している者がいるに違いないと疑心暗鬼になり、最後のひとりになるまで殺しあい、組織は壊滅した。

 彼の初恋の女性は、最後のひとりになって、ようやくそれがタカミの仕業だと気づいた。
 そして彼女は自害した。

 当時の彼はハッカーとしてはまだ未熟であり、テロを未然に防いだのが自分だとわかってしまう痕跡をひとつだけ残してしまった。

 それがきっかけとなり、タカミの家に警視庁の公安部の刑事が訪ねてきた。
 そして、彼から「シノバズ」という名前を与えられた。

 本来ならハッカーは一切の痕跡を残さない。
「忍ぶ者」だ。
 だから、シノバズという名前は、痕跡を残してしまったことを揶揄されているのだと思った。
 しかし、首都東京を焦土と化し、国家が転覆するレベルのテロを未然に阻止した彼に、公安の刑事は「これからもあえて痕跡を残せ」と言った。
 君は忍ぶな、正しいことをする者が何を忍ぶ必要がある? と言った。

 だから彼は忍ばないハッカーとして、「シノバズ」を名乗るようになった。

 痕跡を残せば居場所が特定され、自分だけでなく家族の身が危険にさらされるため、画像ファイルとしてハッカーネームのロゴを残すようにした。

 そのロゴは一見ただの画像にしか見えず、拡張子もありきたりな"gif"であったが、ただの画像ではなかった。
 彼独自のプログラミング言語で作られた、画像に見せかけたネット犯罪抑止ファイルだった。
 見た目を似せることはできても、誰も同じファイルを再現できないものであった。

 その刑事を窓口として、彼は警察や政府からたびたび依頼を受けるようになった。
 公安やサイバー犯罪課でも手に負えないような難事件をはじめ、北による拉致被害者の帰国や、イスラム過激派に拉致された人らを救い出した。

 そして11年前の2009年、彼が最後に公安部から引き受けた依頼で、彼は彼の世界における返璧真依(たまがえし まより)に出会った。

 彼女が住む、昔ながらの風習が色濃く残った村は、村で起きた一家殺人事件を県警をも巻き込み、一家心中事件として隠蔽した。

 その事件の真相を探るうち、その村が1800年前に滅んだ邪馬台国の女王や民の血を絶やさぬために存在していることを知った。

 ジパングの女王のひとり・返璧マヨリの防人である璧隣ネイルは、その村で起きた一家殺人事件の被害者のひとり・璧隣寝入(かべどなり ねいる)と、世界は違えど同一人物であった。

 寝入は、真依の親友だった。
 だから、この世界に招かれたとき、タカミはネイルがマヨリのそばにいることがとても嬉しかった。


 タカミの持っていたハッカーとしての力は、この世界へ招かれた瞬間に、大気中に存在するエーテルによる順応化によって進化した。

 彼の「クラッキング・ザ・ワールド」は、パソコンを必要とせず、言霊(ことだま)のみで、有機物無機物を問わず、世界のあらゆるものを、世界そのものさえ、遺伝子や概念すら改竄することができる力だった。

 人が持つにはあまりに大きすぎる力ではあったが、彼はその力を自らが正しいと思うことにしか使わないと決めた。
 決めただけでなく、万が一誤った使い方をした場合は、その力自体が自分の存在を消滅させるようにしていた。

 確かにこの国やこの世界を救うだけの力を手にした。
 それを元の世界に持ち帰れる術(すべ)も手にした。

 その力があれば、彼は、彼の世界にいる脳死状態の友人や、人格や記憶だけがコピーされた肉体を持たない友人たちを救えるはずだった。

 だから、彼はどうしても生きて元の世界に帰らなければいけなかった。

 友人たちのためにも、そして彼が愛する返璧真依のためにも。


 だが、彼は気づいていた。

 その気になれば、自分の力だけで、共にこの世界に招かれた妹たちと、元の世界に帰れるということを。

 リバーステラとテラをひとつの世界にすることもできた。
 ふたつの世界に住む同一の存在が、共存できるようにすることもできた。

 戦争という概念を消すこともできた。

 だが、それをしようとするたびに、それをためらってしまう。

 だから、

 きっと自分は返璧真依と同じくらいに返璧マヨリを愛しているのだ、

 そう感じていた。

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