10 / 71
第10話:光の処刑、闇の昇華
しおりを挟む
六条院に、不吉な法螺(ほら)の音が響き渡った。
蟄居を命じられているはずの源輝子の寝所に、松明(たいまつ)を掲げた検非違使(けびいし)たちがなだれ込んでくる。その先頭に立つのは、帝の最側近であり、実資の父でもある右大臣であった。
「――そこまでだ、輝子」
右大臣の低い声が、帳台の静寂を切り裂く。
そこには、輝子の足元に跪き、禁じられた「記録」を綴っていた実資の姿があった。実資は日記を隠そうともせず、ただ呆然と父を見上げた。
「実資、お前という男が……。この魔女に魂を売り、帝を欺くとは。右大臣家の恥さらしめ!」
「父上……。私は、恥などとうに捨てました。この日記に刻まれた言葉こそが、私の唯一の真実なのです」
実資の言葉に、右大臣は忌々しげに顔を歪めた。
「狂うたか。……者ども、輝子を捕らえよ! 主上(帝)の宣旨である。源輝子は京の調和を乱す災いなり。今宵、この地を離れ、最果ての東国へと永久追放に処す!」
永久追放。それは事実上の死罪に等しい。
だが、輝子は取り乱すどころか、ゆっくりと扇を広げて艶然と微笑んだ。
「追放……。父上も、随分と思い切ったことをなさるのね。私を消せば、この京からすべての『光』が失われるというのに」
「黙れ! 貴様のような光など、闇に葬り去ってくれる!」
兵たちが輝子の腕を掴もうとした、その時。
庭の奥から、形容しがたい絶叫が響き渡った。
「――行かせない! 宮様は、私の、私だけの光だッ!!」
闇を裂いて飛び出してきたのは、紀貫之であった。
彼の直衣は裂け、その全身からは異常なまでの殺気が立ち上っている。その手には、折れた筆ではなく、どこからか奪ってきたであろう白刃が握られていた。
「貫之、お前まで……!」
貫之の刃は、輝子を捕らえようとした兵たちをなぎ倒し、一直線に彼女へと向かう。だが、その刃先は輝子を殺すためのものではない。彼女を奪い去ろうとするこの世界すべてを、道連れにするための絶望の刃であった。
「宮様、さあ、共に奈落へ! そこでなら、誰も貴女を邪魔立てしない!」
狂乱する貫之。右大臣の号令で応戦する兵たち。
阿鼻叫喚の図が広がるなか、実資はただ一人、輝子の前に立ちはだかった。武器も持たぬその手で、貫之の刃を、そして父の権力を遮るように。
「貫之、退け。宮様を汚すことは、私が許さぬ」
「実資! 貴様に何ができる! 日記に縋るだけの腰抜けが!」
刃が実資の肩を掠め、鮮血が舞う。
その血が、輝子の白い頬に一滴、飛び散った。
その瞬間、輝子の瞳に、これまで見せたことのない激しい情動が宿った。
彼女は実資の背中にそっと手を添え、耳元で低く、けれど力強く命じた。
「……実資様。貴方のその『記録』を、今こそ完成させなさい」
実資は、血に濡れた指で、懐から日記を取り出した。
彼は右大臣に向かって、凛とした声で言い放った。
「父上へ、そして主上へとお伝えください! 私は、源輝子を追放することに反対するのではない。私が、彼女の『追放』を記録する唯一の書記官として、共に東国へ下ることを宣言するのです!」
「何だと……!? 正気か、実資!」
「これが、私の選んだ規律です。私は、彼女という太陽が沈む場所を、最期まで見届ける義務がある!」
右大臣は絶句し、貫之は膝をついて嗚咽した。
混乱に乗じて、御簾の影から業子が姿を現した。彼女は輝子と視線を交わし、寂しげに、けれど誇らしげに微笑んだ。
「……輝子様。貴女はやはり、どこへ行っても私の最高のライバルだわ。東国の荒野が、貴女の光で黄金に染まるのを、京から楽しみに見守っていますわ」
松明の炎に照らされながら、輝子は実資に寄り添い、牛車へと歩みを進める。
それは追放者の行列ではなく、一人の女王が新たな王国へと旅立つ、輝かしいパレードのようであった。
京の闇が、彼女の背中を見送る。
これが、源輝子という平安の世の絶世の美女の伝説の序章の終わりであり、そして、東国の荒野を舞台にした、愛と執着の新章の幕開けであった。
~~新章予告~~
舞台は東国へ。
落ちぶれた貴族として扱われるはずの輝子が、その美貌と知略で東国の武士たちをも虜にし、やがて「東の女帝」として君臨していく逆襲劇。一方、京に残された貫之が、輝子への愛ゆえに「闇の歌人」として変貌していく……。
蟄居を命じられているはずの源輝子の寝所に、松明(たいまつ)を掲げた検非違使(けびいし)たちがなだれ込んでくる。その先頭に立つのは、帝の最側近であり、実資の父でもある右大臣であった。
「――そこまでだ、輝子」
右大臣の低い声が、帳台の静寂を切り裂く。
そこには、輝子の足元に跪き、禁じられた「記録」を綴っていた実資の姿があった。実資は日記を隠そうともせず、ただ呆然と父を見上げた。
「実資、お前という男が……。この魔女に魂を売り、帝を欺くとは。右大臣家の恥さらしめ!」
「父上……。私は、恥などとうに捨てました。この日記に刻まれた言葉こそが、私の唯一の真実なのです」
実資の言葉に、右大臣は忌々しげに顔を歪めた。
「狂うたか。……者ども、輝子を捕らえよ! 主上(帝)の宣旨である。源輝子は京の調和を乱す災いなり。今宵、この地を離れ、最果ての東国へと永久追放に処す!」
永久追放。それは事実上の死罪に等しい。
だが、輝子は取り乱すどころか、ゆっくりと扇を広げて艶然と微笑んだ。
「追放……。父上も、随分と思い切ったことをなさるのね。私を消せば、この京からすべての『光』が失われるというのに」
「黙れ! 貴様のような光など、闇に葬り去ってくれる!」
兵たちが輝子の腕を掴もうとした、その時。
庭の奥から、形容しがたい絶叫が響き渡った。
「――行かせない! 宮様は、私の、私だけの光だッ!!」
闇を裂いて飛び出してきたのは、紀貫之であった。
彼の直衣は裂け、その全身からは異常なまでの殺気が立ち上っている。その手には、折れた筆ではなく、どこからか奪ってきたであろう白刃が握られていた。
「貫之、お前まで……!」
貫之の刃は、輝子を捕らえようとした兵たちをなぎ倒し、一直線に彼女へと向かう。だが、その刃先は輝子を殺すためのものではない。彼女を奪い去ろうとするこの世界すべてを、道連れにするための絶望の刃であった。
「宮様、さあ、共に奈落へ! そこでなら、誰も貴女を邪魔立てしない!」
狂乱する貫之。右大臣の号令で応戦する兵たち。
阿鼻叫喚の図が広がるなか、実資はただ一人、輝子の前に立ちはだかった。武器も持たぬその手で、貫之の刃を、そして父の権力を遮るように。
「貫之、退け。宮様を汚すことは、私が許さぬ」
「実資! 貴様に何ができる! 日記に縋るだけの腰抜けが!」
刃が実資の肩を掠め、鮮血が舞う。
その血が、輝子の白い頬に一滴、飛び散った。
その瞬間、輝子の瞳に、これまで見せたことのない激しい情動が宿った。
彼女は実資の背中にそっと手を添え、耳元で低く、けれど力強く命じた。
「……実資様。貴方のその『記録』を、今こそ完成させなさい」
実資は、血に濡れた指で、懐から日記を取り出した。
彼は右大臣に向かって、凛とした声で言い放った。
「父上へ、そして主上へとお伝えください! 私は、源輝子を追放することに反対するのではない。私が、彼女の『追放』を記録する唯一の書記官として、共に東国へ下ることを宣言するのです!」
「何だと……!? 正気か、実資!」
「これが、私の選んだ規律です。私は、彼女という太陽が沈む場所を、最期まで見届ける義務がある!」
右大臣は絶句し、貫之は膝をついて嗚咽した。
混乱に乗じて、御簾の影から業子が姿を現した。彼女は輝子と視線を交わし、寂しげに、けれど誇らしげに微笑んだ。
「……輝子様。貴女はやはり、どこへ行っても私の最高のライバルだわ。東国の荒野が、貴女の光で黄金に染まるのを、京から楽しみに見守っていますわ」
松明の炎に照らされながら、輝子は実資に寄り添い、牛車へと歩みを進める。
それは追放者の行列ではなく、一人の女王が新たな王国へと旅立つ、輝かしいパレードのようであった。
京の闇が、彼女の背中を見送る。
これが、源輝子という平安の世の絶世の美女の伝説の序章の終わりであり、そして、東国の荒野を舞台にした、愛と執着の新章の幕開けであった。
~~新章予告~~
舞台は東国へ。
落ちぶれた貴族として扱われるはずの輝子が、その美貌と知略で東国の武士たちをも虜にし、やがて「東の女帝」として君臨していく逆襲劇。一方、京に残された貫之が、輝子への愛ゆえに「闇の歌人」として変貌していく……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果
景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。
ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。
「俺……ステラと離れたくない」
そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。
「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」
そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。
それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。
勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。
戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──?
誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる