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第37話:常闇(とこやみ)の寵愛、六条宮の虜囚(りょしゅう)
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義経が中東の砂塵に塗れ、知の簒奪に苦悩していた頃。
京の都、新・六条宮の奥深くに設えられた「月光の間」では、今夜も時間が止まったかのような狂宴が繰り広げられていた。
史実では、平家を率い、壇ノ浦に沈んだ若き公達、平資盛(たいらのすけもり)。
そして、当代随一の美貌と称される公卿、藤原隆家(ふじわらのたかいえ)。
この世界において、命を落としたり、権力争いに敗れることのなかった「最高級の男たち」が、この宮殿では死ぬことすら許されず、輝子の「生けるコレクション」として飼い慣らされていた。
「……輝子様。今宵も、私の歌をお聞きくださるのですか」
資盛が、震える指で琵琶を弾く。彼の瞳はどこか虚ろだ。彼は数十年前に死ぬはずだった。だが、輝子が不老不死の存在となり、そして今や「概念としての存在」となった今、彼女に見初められた男たちは、その記憶と美貌を抽出され、輝子の魔力によって肉体を再構築され、永遠の若さの中に幽閉される。
『ええ、資盛。貴方の奏でる悲哀は、大陸の勝鬨(かちどき)よりも私を心地よくさせてくれるわ』
輝子の姿は、資盛の隣に座っているかと思えば、次の瞬間には背後に立ち、その首筋を冷たい指先でなぞっている。物理的な移動という概念を捨てた彼女にとって、男を弄ぶのは、鏡の中の像を動かすよりも容易なことであった。
傍らでは、同じく二十代前半の若さを保ったままの業子が、藤原隆家を相手に酒を酌み交わしていた。
彼女は、安倍晴明との戦いの末に、輝子の一部となったはずであった。だが、輝子が京の男たちで遊ぶときには、彼女は輝子の中からぬけだし、共に概念的な存在として、彼らの前に現れていた。
「隆家、貴方は相変わらず傲慢ね。……私にその不敬な目を向けたまま、どこまで耐えられるかしら?」
「業子様……。貴女がたは、鬼か、それとも仏か。……これほどまでに美しい地獄を、私は知らない」
隆家は、業子の醸し出す「毒」に当てられ、呼吸を乱しながらも、彼女の手から差し出された人魚の肉を口にする。それを食せば、彼もまたこの「永遠の宮」から出られなくなることを知りながら。
輝子は、バグダッドの戦場に立つ義経の視覚を通じて、砂漠の夜空を見ていた。同時に、京で資盛の琵琶を聴き、隆家の吐息を感じている。
彼女の意識は、大陸の覇権を争う「動」の極致と、京の宮殿で男を囲う「静」の極致を、同時に味わっていた。
『……ふふ、義経。貴方が砂に塗れて戦っている間も、私はこうして貴方の血族や、かつての敵を愛でているわよ。……寂しいかしら?』
輝子の声が、バグダッドの義経の耳元と、京の資盛の耳元で、全く同時に響く。
義経は、遠く大陸の地で、絶望に近い孤独を感じていた。
自分は世界を獲るために戦っている。だが、その目的である輝子は、既に世界中の「美」を同時進行で手に入れ、飽きることなく弄んでいる。自分という存在も、この京に囲われている男たちの一人と、本質的には何も変わらないのではないか。
「……宮様。貴女にとって、男とは……私は、一体何なのですか」
義経が血に濡れた剣を握りしめて問う。
『貴方は私の「牙」。……そして彼らは私の「香」。……牙は獲物を裂き、香は私を酔わせる。……どちらも、私の「不滅」を飾るための、愛しい部品よ』
輝子は、京で資盛の胸に顔を寄せながら、大陸の義経に微笑みかけた。
京の都、新・六条宮の奥深くに設えられた「月光の間」では、今夜も時間が止まったかのような狂宴が繰り広げられていた。
史実では、平家を率い、壇ノ浦に沈んだ若き公達、平資盛(たいらのすけもり)。
そして、当代随一の美貌と称される公卿、藤原隆家(ふじわらのたかいえ)。
この世界において、命を落としたり、権力争いに敗れることのなかった「最高級の男たち」が、この宮殿では死ぬことすら許されず、輝子の「生けるコレクション」として飼い慣らされていた。
「……輝子様。今宵も、私の歌をお聞きくださるのですか」
資盛が、震える指で琵琶を弾く。彼の瞳はどこか虚ろだ。彼は数十年前に死ぬはずだった。だが、輝子が不老不死の存在となり、そして今や「概念としての存在」となった今、彼女に見初められた男たちは、その記憶と美貌を抽出され、輝子の魔力によって肉体を再構築され、永遠の若さの中に幽閉される。
『ええ、資盛。貴方の奏でる悲哀は、大陸の勝鬨(かちどき)よりも私を心地よくさせてくれるわ』
輝子の姿は、資盛の隣に座っているかと思えば、次の瞬間には背後に立ち、その首筋を冷たい指先でなぞっている。物理的な移動という概念を捨てた彼女にとって、男を弄ぶのは、鏡の中の像を動かすよりも容易なことであった。
傍らでは、同じく二十代前半の若さを保ったままの業子が、藤原隆家を相手に酒を酌み交わしていた。
彼女は、安倍晴明との戦いの末に、輝子の一部となったはずであった。だが、輝子が京の男たちで遊ぶときには、彼女は輝子の中からぬけだし、共に概念的な存在として、彼らの前に現れていた。
「隆家、貴方は相変わらず傲慢ね。……私にその不敬な目を向けたまま、どこまで耐えられるかしら?」
「業子様……。貴女がたは、鬼か、それとも仏か。……これほどまでに美しい地獄を、私は知らない」
隆家は、業子の醸し出す「毒」に当てられ、呼吸を乱しながらも、彼女の手から差し出された人魚の肉を口にする。それを食せば、彼もまたこの「永遠の宮」から出られなくなることを知りながら。
輝子は、バグダッドの戦場に立つ義経の視覚を通じて、砂漠の夜空を見ていた。同時に、京で資盛の琵琶を聴き、隆家の吐息を感じている。
彼女の意識は、大陸の覇権を争う「動」の極致と、京の宮殿で男を囲う「静」の極致を、同時に味わっていた。
『……ふふ、義経。貴方が砂に塗れて戦っている間も、私はこうして貴方の血族や、かつての敵を愛でているわよ。……寂しいかしら?』
輝子の声が、バグダッドの義経の耳元と、京の資盛の耳元で、全く同時に響く。
義経は、遠く大陸の地で、絶望に近い孤独を感じていた。
自分は世界を獲るために戦っている。だが、その目的である輝子は、既に世界中の「美」を同時進行で手に入れ、飽きることなく弄んでいる。自分という存在も、この京に囲われている男たちの一人と、本質的には何も変わらないのではないか。
「……宮様。貴女にとって、男とは……私は、一体何なのですか」
義経が血に濡れた剣を握りしめて問う。
『貴方は私の「牙」。……そして彼らは私の「香」。……牙は獲物を裂き、香は私を酔わせる。……どちらも、私の「不滅」を飾るための、愛しい部品よ』
輝子は、京で資盛の胸に顔を寄せながら、大陸の義経に微笑みかけた。
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