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「ワクチンにマイクロチップが入っているというのは確かに陰謀論でした。実際に入っていたのは生体ナノマシンですから。それに、ナノマシン入りのワクチンは厩戸見市でしか接種が行われていないんですよ」
「人を人体発火させるナノマシンというわけですか。馬鹿馬鹿しいですね」
「先ほどわたしは、この街全体が巨大なSNSや情報網で繋がっていると言いましたよね。発言や行動すべてが監視・評価され、それらはスコアに直結していると」
「言ってましたね。些細な発言や失敗が即座に炎上やペナルティに繋がるって……まさか……」
イルマは、羅臼が言わんとしていることがなんとなくわかった。
「ナノマシンは、血液中の赤血球によって酸素と共に脳に運ばれ、脳に蓄積します。その後は脳が発する微弱な電気信号を餌として繁殖するようプログラムされているんですよ」
羅臼のその言葉は、イルマの想像した以上のことではあったが。
そのナノマシンこそが、巨大なSNSや情報網そのものであり、人の脳を使って街全体を繋ぎ、発言や行動を監視・評価し、スコアをつけているということなのかもしれなかった。
そして、些細な発言や失敗を見逃さず、即座に炎上させる。つまりは人体発火というペナルティに繋がるような仕組みを作っているのだ。
この街に移り住むことを決めた両親をイルマは心底憎らしく思った。
だが、ここは情報迷宮≪実験≫都市だ。
いずれは、日本中がこの街のようになるのだ。
移住することなく東京に住んでいたとしても、遅かれ早かれイルマも姉も巻き込まれていただろう。
「ぼくは今日にも退院できるんですよね?」
「イルマさんの退院がいつになるかはまだわかりません。E.O.P.レベルが3に上がるまでは様子を見ることになっていますので」
「そのレベルはどう上げるんですか?モンスターでも倒せばいいんですか?」
「ここは日本ですよ?異世界じゃないんですから、モンスターなんていませんよ。この辺りには最近話題の人里に降りてくる熊もいなければ、山すらないですし、海が近くてもダイオウイカはいませんから。あなたはこの病院でいつも通りにしていればいいだけ。あなたの発言や行動によって変動するスコアが一定値に達すればレベルは勝手に上がります」
ナノマシンが監視・評価するスコアが、E.O.P.レベルと連動しているということだろう。
「それでは失礼します。何かあれば枕元のボタンで呼んでください」
羅臼は去っていき、病室にはイルマと姉だけが残された。
「姉さん、起きてるんでしょ?」
イルマは姉にそう声をかけた。
「ばれた?」
姉は、テーブルに突っ伏したまま顔だけをイルマに向けて笑う。
「なんで寝たふりなんかしてたの?」
「ラースは、高校のときの同級生だったから」
「ラース?」
そういえば、昨日も姉は羅臼のことをラースちゃんと呼んでいた。
「そう、羅臼だからラース。七つの大罪のひとつ、憤怒。あの子、怒ると手がつけられなくなるから」
「怒らせるようなこと姉さんがしたんでしょ?」
「わたしじゃないよ。バレー部の顧問。生徒に手を出してたの」
「姉さんもバレー部だったよね」
「そ。同じ部活だったんだ。向こうはわたしのこと覚えてないみたいだったけど」
姉がその顧問の教師に何かされてはいないかとイルマは不安に思ったが訊くことはできなかった。
だが、何かされていたとしたら自分からその話題を持ち出すこともないだろう。
「怒ってる?わたしが何も教えなかったこと」
E.O.P.レンズやナノマシン入りワクチンのことだろう。
「教えてほしかったなとは思ってるよ」
だが、姉がE.O.P.レンズのことを口にしなかった理由はなんとなくわかっていた。
「スコアに影響するんでしょ?たぶん、一発退場クラスの。人体発火するくらいのマイナス」
そうとしか考えられなかったからだ。
たぶん、両親はもう本当にこの世にはいないのだろうとも思った。とうの昔に人体発火してしまっていたのだろう。
「さすがだね。イルマはわたしのかわいい賢い弟だもんね」
姉とはなぜか苗字が異なってはいたが、姉弟として過ごしてきたことは間違いなかったから何も言わなかった。
「姉さんは、今、レベルはいくつなの?」
「れべん?うーん、いくつなんだろ?もう何年も『た5』ってなってるんだよね」
「た5?じゃあ、たぶん255だね」
「そうなんだ?よく知ってるね」
父が残していった大昔のゲームを暇潰しに遊んでいたとき、攻略サイトを見ると、アイテム無限増殖のバグ技があり、そういう表示を見たことがあったのだ。
そのバグ技によって増やしたアイテムは、アイテム欄には99までしか表示されないが、実際には255個所持しているというものだった。
「これ、死んじゃったお父さんとお母さんが遺したいってくれたスコアブックだよ」
姉は鞄からA4サイズのノートを取り出した。
「スコアブック?野球とかの?あの人たち、そんなに野球好きだったっけ?」
「ううん。この街のナノマシンによる監視・評価システムのスコアブックだよ」
「父さんと母さんが失踪したのは、パンデミックの前じゃなかった?」
両親は失踪後も、数年間は生きていたということなのだろう。
「E.O.P.レベルが上がるとね、自分の今のスコアがわかるようになるの。お父さんとお母さんは、何をしたらスコアがいくつ上がっていくつ下がるか、イルマのために何年もかけて調べて書き残してくれてたんだ」
「その結果、人体発火で死んじゃったの?」
そうだよ、と姉は言った。
「人を人体発火させるナノマシンというわけですか。馬鹿馬鹿しいですね」
「先ほどわたしは、この街全体が巨大なSNSや情報網で繋がっていると言いましたよね。発言や行動すべてが監視・評価され、それらはスコアに直結していると」
「言ってましたね。些細な発言や失敗が即座に炎上やペナルティに繋がるって……まさか……」
イルマは、羅臼が言わんとしていることがなんとなくわかった。
「ナノマシンは、血液中の赤血球によって酸素と共に脳に運ばれ、脳に蓄積します。その後は脳が発する微弱な電気信号を餌として繁殖するようプログラムされているんですよ」
羅臼のその言葉は、イルマの想像した以上のことではあったが。
そのナノマシンこそが、巨大なSNSや情報網そのものであり、人の脳を使って街全体を繋ぎ、発言や行動を監視・評価し、スコアをつけているということなのかもしれなかった。
そして、些細な発言や失敗を見逃さず、即座に炎上させる。つまりは人体発火というペナルティに繋がるような仕組みを作っているのだ。
この街に移り住むことを決めた両親をイルマは心底憎らしく思った。
だが、ここは情報迷宮≪実験≫都市だ。
いずれは、日本中がこの街のようになるのだ。
移住することなく東京に住んでいたとしても、遅かれ早かれイルマも姉も巻き込まれていただろう。
「ぼくは今日にも退院できるんですよね?」
「イルマさんの退院がいつになるかはまだわかりません。E.O.P.レベルが3に上がるまでは様子を見ることになっていますので」
「そのレベルはどう上げるんですか?モンスターでも倒せばいいんですか?」
「ここは日本ですよ?異世界じゃないんですから、モンスターなんていませんよ。この辺りには最近話題の人里に降りてくる熊もいなければ、山すらないですし、海が近くてもダイオウイカはいませんから。あなたはこの病院でいつも通りにしていればいいだけ。あなたの発言や行動によって変動するスコアが一定値に達すればレベルは勝手に上がります」
ナノマシンが監視・評価するスコアが、E.O.P.レベルと連動しているということだろう。
「それでは失礼します。何かあれば枕元のボタンで呼んでください」
羅臼は去っていき、病室にはイルマと姉だけが残された。
「姉さん、起きてるんでしょ?」
イルマは姉にそう声をかけた。
「ばれた?」
姉は、テーブルに突っ伏したまま顔だけをイルマに向けて笑う。
「なんで寝たふりなんかしてたの?」
「ラースは、高校のときの同級生だったから」
「ラース?」
そういえば、昨日も姉は羅臼のことをラースちゃんと呼んでいた。
「そう、羅臼だからラース。七つの大罪のひとつ、憤怒。あの子、怒ると手がつけられなくなるから」
「怒らせるようなこと姉さんがしたんでしょ?」
「わたしじゃないよ。バレー部の顧問。生徒に手を出してたの」
「姉さんもバレー部だったよね」
「そ。同じ部活だったんだ。向こうはわたしのこと覚えてないみたいだったけど」
姉がその顧問の教師に何かされてはいないかとイルマは不安に思ったが訊くことはできなかった。
だが、何かされていたとしたら自分からその話題を持ち出すこともないだろう。
「怒ってる?わたしが何も教えなかったこと」
E.O.P.レンズやナノマシン入りワクチンのことだろう。
「教えてほしかったなとは思ってるよ」
だが、姉がE.O.P.レンズのことを口にしなかった理由はなんとなくわかっていた。
「スコアに影響するんでしょ?たぶん、一発退場クラスの。人体発火するくらいのマイナス」
そうとしか考えられなかったからだ。
たぶん、両親はもう本当にこの世にはいないのだろうとも思った。とうの昔に人体発火してしまっていたのだろう。
「さすがだね。イルマはわたしのかわいい賢い弟だもんね」
姉とはなぜか苗字が異なってはいたが、姉弟として過ごしてきたことは間違いなかったから何も言わなかった。
「姉さんは、今、レベルはいくつなの?」
「れべん?うーん、いくつなんだろ?もう何年も『た5』ってなってるんだよね」
「た5?じゃあ、たぶん255だね」
「そうなんだ?よく知ってるね」
父が残していった大昔のゲームを暇潰しに遊んでいたとき、攻略サイトを見ると、アイテム無限増殖のバグ技があり、そういう表示を見たことがあったのだ。
そのバグ技によって増やしたアイテムは、アイテム欄には99までしか表示されないが、実際には255個所持しているというものだった。
「これ、死んじゃったお父さんとお母さんが遺したいってくれたスコアブックだよ」
姉は鞄からA4サイズのノートを取り出した。
「スコアブック?野球とかの?あの人たち、そんなに野球好きだったっけ?」
「ううん。この街のナノマシンによる監視・評価システムのスコアブックだよ」
「父さんと母さんが失踪したのは、パンデミックの前じゃなかった?」
両親は失踪後も、数年間は生きていたということなのだろう。
「E.O.P.レベルが上がるとね、自分の今のスコアがわかるようになるの。お父さんとお母さんは、何をしたらスコアがいくつ上がっていくつ下がるか、イルマのために何年もかけて調べて書き残してくれてたんだ」
「その結果、人体発火で死んじゃったの?」
そうだよ、と姉は言った。
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