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父や母が残してくれたスコアブックをパラパラとめくると、スコアを貯めることは意外と簡単なようだった。
スコアを貯め、E.O.P.レベルをあげるために必要なのは、勤勉であることと勤労であることだ。そして、いかなるときも他人に優しく、挨拶はしっかりと、年上の人間を敬う。いかにも日本人らしかった。よく寝て、よく食べて、よく寝ることも推奨されているらしい。
スコアが減れば、E.O.P.レベルも落ちる。スコアやE.O.P.レベルを落としたくなければ、法律に触れることはもちろん、法律には触れないことであっても他人を傷つける言動をしないこと。
信号無視やスピード違反、違法ダウンロードのような、ばれなければいいだろうと考えがちな行為も、ナノマシンが違法と判断すればスコアの減点対象となる。
セクハラやパワハラ、カスハラは、相手がそう感じた瞬間に自分のスコアが減る。ナノマシンが街全体の巨大なSNSを形成しているからだ。
要するに、社会のルールに従って生きることができれば、スコアの減点は免れることができる。
スコアブックを閉じたイルマが最初に思ったのは、
ーー姉さんが、ぼくの親代わりになってくれて、高校や大学に行きながら一生懸命働いてたのはスコアをあげるため?
たった7年でE.O.P.レベルを255にまで上げ、おそらくレベル上限になっているであろう姉についてのそんな疑問だった。
姉はいつもイルマに優しく、勤勉であり勤労でもあった。
それだけでなく、姉が高校生でイルマが小学生だったときに失踪した両親のことを悪く言ったことは一度もなかった。
だが、そんなことを訊けば、イルマのスコアは減点になってしまう。
スコアブックによれば、他人を疑うことは減点対象行為となっていたからだ。正確には、他人を疑うだけでは減点にはならない。疑っていることを口にした瞬間にスコアが減点される。
「イルマが今思ってることはなんとなくわかるよ。でも、わたしが親代わりをしてきたのは、イルマのことがかわいいからだよ」
なんとなくではなく、姉には他人の考えていることが見えているんじゃないだろうか、イルマはそんなことも思った。
E.O.P.レンズは全能の神の目を再現したものだ。それが本当なら今の姉のレベルならそれくらい可能だろう。姉は目だけなら、全能の神と同じものを持っているのだ。
「姉さんのことは信じてるよ」
イルマにはそう言わざるを得なかった。たとえその目で見た姉の苗字が自分と違っていても。
嫌味のひとつでも言ってやりたかったが、スコアのためとらいえ、姉が自分の親代わりを長年務めてくれたことは事実だったから、そんな姉には嫌味は言えなかった。
「ナノマシン入りのワクチンを接種したのは、厩戸見市の人たちだったよね」
だから、話題を変えることにした。
「そうだね」
「その中で、自分のスコア管理ができるのは旧・足切村の住人だけなんだよね」
「E.O.P.レンズを持ってるのは、白目病にかかって手術を受けた旧・足切村の住人だけだからね」
「姉さんも足切村がどんな村だったかくらいは知ってるんだよね」
たとえ知らなかったとしても、今の姉には見えていたはずだった。今の姉にはわからないものなど何もないはずだった。
「江戸時代の罪人で、首を切られずに足を切られた人たちが集められて、労働力として使われた村。足を切られた人たちには肉体労働はできなかったから、座ってできる手先を使った仕事が多かったみたいだけど」
足切様という足首から下だけの神を崇拝するようになり、その神を崇める神社までがある。
「それだけじゃないでしょ?足切村の人々は、親や先祖が罪人だったというだけで、生まれてすぐに足を切られてたって聞いたことがあるよ。平成の市町村合併まで、あの村から出ることさえ許されてなかったんじゃないかな」
白内障の手術がいつからあるのかはわからない。
だが、隣町にあったこの病院にさえかかれば、風土病である白目病の手術を受けられたはずだった。白目病は原因不明の風土病ではあったが、白内障の手術で治る病気だからだ。
この街に、白杖を手にしフード付きローブを身に纏った老人がたくさんいるのは、手術を受けることを拒んだのではなく、医者にかかることすらできなかったからのではないか。イルマはそう思ったのだ。
「それは違うよ」
姉にはやはり、イルマが何を考えているかがわかるらしかった。
「ラースが言ってたでしょ?白内障手術に使う眼内レンズは、白目病には効果がないって。だからE.O.P.レンズが作られたって」
確かに羅臼ユズリハという看護師はそう言っていた。
「まぁでも、旧・足切村の人々が村から出ることを許されてなかったのは本当だけどね。ほんの20年前まで、あの村は祇園や遊郭みたいに高い塀に囲まれてたみたいだから。大門っていう村にひとつだけあった大きな門を出入りできたのは、限られた人だけだったみたいだし」
「これは、過去に罪人として裁かれ、強制労働させられた人たちの子孫による復讐なんだね」
旧・足切村の人々は、ナノマシン入りワクチンによって情報迷宮都市となったこの街で、村の外にも罪人が山ほどいることを知ったのだ。
スコアを貯め、E.O.P.レベルをあげるために必要なのは、勤勉であることと勤労であることだ。そして、いかなるときも他人に優しく、挨拶はしっかりと、年上の人間を敬う。いかにも日本人らしかった。よく寝て、よく食べて、よく寝ることも推奨されているらしい。
スコアが減れば、E.O.P.レベルも落ちる。スコアやE.O.P.レベルを落としたくなければ、法律に触れることはもちろん、法律には触れないことであっても他人を傷つける言動をしないこと。
信号無視やスピード違反、違法ダウンロードのような、ばれなければいいだろうと考えがちな行為も、ナノマシンが違法と判断すればスコアの減点対象となる。
セクハラやパワハラ、カスハラは、相手がそう感じた瞬間に自分のスコアが減る。ナノマシンが街全体の巨大なSNSを形成しているからだ。
要するに、社会のルールに従って生きることができれば、スコアの減点は免れることができる。
スコアブックを閉じたイルマが最初に思ったのは、
ーー姉さんが、ぼくの親代わりになってくれて、高校や大学に行きながら一生懸命働いてたのはスコアをあげるため?
たった7年でE.O.P.レベルを255にまで上げ、おそらくレベル上限になっているであろう姉についてのそんな疑問だった。
姉はいつもイルマに優しく、勤勉であり勤労でもあった。
それだけでなく、姉が高校生でイルマが小学生だったときに失踪した両親のことを悪く言ったことは一度もなかった。
だが、そんなことを訊けば、イルマのスコアは減点になってしまう。
スコアブックによれば、他人を疑うことは減点対象行為となっていたからだ。正確には、他人を疑うだけでは減点にはならない。疑っていることを口にした瞬間にスコアが減点される。
「イルマが今思ってることはなんとなくわかるよ。でも、わたしが親代わりをしてきたのは、イルマのことがかわいいからだよ」
なんとなくではなく、姉には他人の考えていることが見えているんじゃないだろうか、イルマはそんなことも思った。
E.O.P.レンズは全能の神の目を再現したものだ。それが本当なら今の姉のレベルならそれくらい可能だろう。姉は目だけなら、全能の神と同じものを持っているのだ。
「姉さんのことは信じてるよ」
イルマにはそう言わざるを得なかった。たとえその目で見た姉の苗字が自分と違っていても。
嫌味のひとつでも言ってやりたかったが、スコアのためとらいえ、姉が自分の親代わりを長年務めてくれたことは事実だったから、そんな姉には嫌味は言えなかった。
「ナノマシン入りのワクチンを接種したのは、厩戸見市の人たちだったよね」
だから、話題を変えることにした。
「そうだね」
「その中で、自分のスコア管理ができるのは旧・足切村の住人だけなんだよね」
「E.O.P.レンズを持ってるのは、白目病にかかって手術を受けた旧・足切村の住人だけだからね」
「姉さんも足切村がどんな村だったかくらいは知ってるんだよね」
たとえ知らなかったとしても、今の姉には見えていたはずだった。今の姉にはわからないものなど何もないはずだった。
「江戸時代の罪人で、首を切られずに足を切られた人たちが集められて、労働力として使われた村。足を切られた人たちには肉体労働はできなかったから、座ってできる手先を使った仕事が多かったみたいだけど」
足切様という足首から下だけの神を崇拝するようになり、その神を崇める神社までがある。
「それだけじゃないでしょ?足切村の人々は、親や先祖が罪人だったというだけで、生まれてすぐに足を切られてたって聞いたことがあるよ。平成の市町村合併まで、あの村から出ることさえ許されてなかったんじゃないかな」
白内障の手術がいつからあるのかはわからない。
だが、隣町にあったこの病院にさえかかれば、風土病である白目病の手術を受けられたはずだった。白目病は原因不明の風土病ではあったが、白内障の手術で治る病気だからだ。
この街に、白杖を手にしフード付きローブを身に纏った老人がたくさんいるのは、手術を受けることを拒んだのではなく、医者にかかることすらできなかったからのではないか。イルマはそう思ったのだ。
「それは違うよ」
姉にはやはり、イルマが何を考えているかがわかるらしかった。
「ラースが言ってたでしょ?白内障手術に使う眼内レンズは、白目病には効果がないって。だからE.O.P.レンズが作られたって」
確かに羅臼ユズリハという看護師はそう言っていた。
「まぁでも、旧・足切村の人々が村から出ることを許されてなかったのは本当だけどね。ほんの20年前まで、あの村は祇園や遊郭みたいに高い塀に囲まれてたみたいだから。大門っていう村にひとつだけあった大きな門を出入りできたのは、限られた人だけだったみたいだし」
「これは、過去に罪人として裁かれ、強制労働させられた人たちの子孫による復讐なんだね」
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