情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア -THE NEW WORLD MAKER-

あめの みかな

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#17

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白目病の手術から一週間、足切池から遺体が発見されて5日が過ぎ、イルマはその日から厩戸見高校に再び通うようになった。

まだ1年生の10月だ。
白目病ではなく白内障の手術ということにしてあったから、もう少し入院していたり自宅での経過観察が必要だということにしてもよかった。
授業の遅れなど参考書を見ながら問題集を解けば、いくらでも取り戻せる。そもそも高校卒業資格試験なんていうものがあるということは、高校に通う必要すらない。最低限の学力さえあればいいのだ。
事件のことも気になっていたが、イルマにできることなど何もなかった。姉のように指を取り外して、自分のコピーロボットのような存在に仕事や恋人と過ごす時間の代わりをさせる力もない。
教師たちやクラスメイトから目をつけられないよう、学校に行けるなら早めに行った方がいいと思った。

まだ16歳のうちからそんなことまで考えて動かなければならないというのは面倒な国だなと思った。ここは本当に先進国なのだろうかとも思う。
だが、イルマはこの国以外の国のことを情報としては知っていても、実際には何も知らない。知っている情報も良い面だけだ。悪い面を知る機会は、治安以外はあまりない。言葉ももちろん知らない。お金もない。

「だから、この国の暗黙のルールに黙って従って生きるしかないっていうわけか」

通学途中にたまたま出会ったクラスメイトの鵜山恭助(うやま きょうすけ)とイルマはそんな話をした。

「そうだよ。SNSでたまに見かける、この国に絶望してる人いるだろ?」

「あー、毎日SNSでこの国の文句を言いながら、この国から決して出ていくことのない連中か」

そういう人々のことを、イルマは情けない大人だと思っていに。
そういう大人にだけははなりたくなかった。姉のような大人になりたいと思っていた。

「なぁ、村戸、一応お前のその話に関係あると思うんだが、多様性の中にロリコンとショタコンが含まれてないのって何でだと思う?あれも立派な性指向だろ?」

「関係してるかな?してない気がするけど。それを認めたら、世の中が性犯罪だらけになるからだろ。あと、よくは知らないけど、ロリコンやショタコンって性指向じゃなくて病気なんじゃなかったか?」

詳しいことはスマホに入ってるAIにでも訊いてくれと思った。

「俺の彼女、妹の友達でまだ13なんだけど、どう思う?高校生と中学生なら、ロリコンじゃないってことでいいのか?」

「小学生じゃなきゃいいんじゃないの?13っていうのがちょっと犯罪のにおいがするけど」

「じゃあ、俺が高3になったときに、また13歳の子と付き合ったら?」

「それはさすがにロリコンだろ」

「俺がそのときまだ17でもロリコンか?」

本当にAIでもなんでもいいから物知りなやつに訊いてくれと思った。
だが、目の手術のことや事件のことを何も訊いてこない彼には好感が持てた。
必死に絞り出したトークテーマが「ロリコンやショタコンが多様性として認められないのはなぜか」という問いだったのはさすがにどうかと思ったが。

厩戸見高校は、その名の通り厩戸見市内にある高校であり、旧・足切村にある村戸家からは自転車で30分ほどの距離にある。
姉のエミリや萌衣、駐在の花野の母校でもあり、逮捕されたタクシー運転手・但野卓史の娘、真白も3年生として在籍してもいる高校でもあった。
だが、たぶん彼女は登校してはいないだろう。

イルマやエミリが予想していた通り、足切池から発見された遺体について、SNSの人々はマスコミの報道を受けて、但野卓史だけでなく足切神社の関係者を疑い始めていた。
足切萌衣はもちろん、彼女の両親や祖父母も疑いをかけられていた。疑惑は、遺体発見のきっかけを作ったイルマはエミリにも向いていた。
ふたりの名は報道には出ていなかった。あくまで通報者による110番によって発覚としてしか出ていなかったから、それが村戸姉弟ということなどわかるはずがなかった。知っているのは漫画原作者の塗壁木綿と、旧・足切村の住人だけだった。
小さな村だから、情報などすぐに筒抜けだ。
情報の出所は間違いなく村の住人だろう。
疑いの目を向けてくるのはSNSだけではなかった。厩戸見高校の教師や生徒たちも同じだった。

「あぁ、村戸くん、来たんだね。呼び出してすまなかったね。目の調子はどうだい?いや、ごめん。よくなったから登校してきたってことはわかってるんだけどね。ところで、お姉さんのエミリさんや足切さんは元気にしてるかな?」

それは、担任教師である佐伯 治(さえき おさむ)も同じだった。わざわざ朝のショートホームルーム前に教室にやってきて、イルマを生徒指導室に連れ出し、姉や萌衣のことを訊ねてくること自体すでにおかしかった。

「ぼくはね、エミリさんや足切さん、それに花野くんの担任だったんだよ」

たとえ、そうだったとしてもだった。
若年性白内障にかかって手術をした生徒の目よりも、その姉やその友達の萌衣、駐在の花野の話を膨らませようとしているあたり、事件のことで話があると言っているようなものだった。

佐伯は、40代前半の国語教師だ。E.O.P.レンズのおかげで、彼が43歳だということをイルマはこの日はじめて知った。詳しくは知らないが、後厄というやつだろうか。彼にしてみれば、確かに今年は後厄の年かもしれなかった。

イルマには、高校生や大学生のうちに自分が教師に向いていると思い、大学の教育学部に進学したり、それ以外の学部で教員免許を取るような人が以前から理解できなかった。信用していなかった。
あくまで資格のようなもので、手に職を得る感覚で学生時代に取っておく者も多いと聞いたことがあったから、そこまで大きな話ではないのかもしれない。
人の夢を否定するつもりはない。
夢を叶え教師になった人たちは、とても努力をしたのだと思う。
だが、自分が教師に向いているかもしれないとどのタイミングで気づくのかイルマには不思議でならなかった。タレントやアナウンサー、YouTuberくらい不思議だった。
よほど社交的で、よほど自信家でなければ、教育者になろうとは思わないのではないかと常に思っていた。
実際、そういう教師が多い中、佐伯は非常に内向的な性格をしており、人と目を合わせることもしなければ、いつもぼそぼそと小さい声で話す。
今のように生徒指導室で向かい合って話していても、拡声器を使わせたくなるか、補聴器が欲しくなるくらいだった。それくらい彼の声の小さかった。

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