情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア -THE NEW WORLD MAKER-

あめの みかな

文字の大きさ
19 / 109

#19

しおりを挟む
塗壁木綿が複数連載している漫画の中には、すでに雑誌として世に流通しているものがあった。
その漫画の世界では、異なる漫画の主人公たちが足切村をモデルにした村でそれぞれ出会い、現実とほとんど同じ状況で9つの遺体が発見されるという殺人事件が描かれていた。
そこには、遺体の名前もすべて書かれていたが、現実の事件の遺体の身元が判明していないため、単なる偶然だろうというのがSNSの総意となっていた。

「駐在の花野さんが何かしたんですか?」

イルマは一応知らないふりをすることにした。
花野が池田祥子を殺した犯人であるどころか、遺体のひとつが池田祥子という女性のものであることすら、まだ誰も知らない情報だったからだ。
神の目を持っている姉と、姉からその情報を聞いていたイルマと萌衣と塗壁木綿だけが知っていた。

「あぁ、君はまだ知らなかったんだね。そうか、ニュース速報が流れたのは、君が登校中の時間だったのかな。花野くんは、足切池から出た遺体のひとつ、池田祥子さんていう人の殺人と遺体遺棄の罪でさっき逮捕されたんだよ」

イルマはあわてて制服のポケットに入れていたスマホに手を伸ばしたが、

「ネットニュースを見て確認しても?」

一応、教師の前だったから許可を取ることにした。
スマホの学校への持ち込み自体は禁止ではなかったが、授業中の使用は禁止されていた。今は授業中ではないが、一応生徒指導室に呼ばれた身であったから慎重に行動した。

「いいよ。自分の目で確認した方がいい」

許可を得られたので、ネットニュースを見てみることにした。

ーー足切池複数遺体遺棄事件、遺体のうち一体の身元が判明。駐在警官を殺人と死体遺棄容疑で逮捕。

確かにそうあった。

ーー塗壁木綿原作漫画、足切池複数遺体遺棄事件を予言か?警察の発表よりも早く、誌面に遺体の身元と犯人の名前。

これで、SNSの風向きが変わるだろう。

「その塗壁木綿という漫画原作者も、君のお姉さんの同級生だよ。漫画原作者というのがぼくにはいまいちよくわからないんだけどね」

佐伯はそう言い、

「知ってるかな。茶川ひよりさんっていうんだ。昔からおもしろい子だったけれど、まさかそんな予言めいたことまでやってのけるとは思わなかったよ」

教え子の活躍を誇らしく思っているのかと思えば、その顔は憎悪や嫉妬のような感情が入り混じっていた。

「話を考えるのが得意なら小説家になればいいと思うんだけどね。時代が違うのかなぁ。ぼくも小説家じゃなく、漫画原作者を目指していれば億万長者になれたのかな」

複雑な表情の理由はそれかと思った。
教え子も、卒業してしまえば妬みそねみの対象となってしまうのだ。塗壁木綿のデビューは高校生のときだったそうだから、彼にとって彼女は在学中からそういう対象だったのかもしれなかった。
特に彼のように、働きながら母親の介護をしているとそういう思考になってしまうのかもしれないなと思った。もちろん皆が皆そうではないだろうが、金さえあれば母親を老人ホームに預けて悠々自適な生活が送れたと考えているのだろう。
きっと彼が思っているほど楽な仕事ではないだろうが、それすらも考えられないほど追い詰められているのかもしれなかった。

遺体ひとつなら偶然で片付けられるかもしれないが、ふたつみっつと身元と犯人が明らかになれば、塗壁木綿が一時的に疑われることになるかもしれない。
だが彼女は、きっとそれくらい覚悟の上だろう。
彼女の目的はその先にある。
すべての遺体と犯人の名前を警察よりも先に明らかにすれば、彼女の漫画は確実に伝説になる。今後すべての漫画が予言の書のように注目を集めるかもしれなかった。
今年は、そういう予言めいた漫画の影響で、「本当の大災難は2025年7月にやってくる」とされ、大きな話題となった年でもあった。
結果として何も起きはしなかったが、それから3ヶ月あまりが過ぎた今、古い予言者は去り、塗壁木綿という本当の新しい予言者が現れることになるのだろう。
彼女は事件の発生を予知していたし、あのときの口振りから姉と同じ目を持っていることは明らかだったからだ。

「ところで、お姉さんのエミリさんや足切さんは元気にしてるかな?ぼくはね、エミリさんや足切さん、それに花野くんの担任だったんだよ」

「それはさっきも聞かれましたよ」

「そうだったかい?最近、少し物忘れがあってね」

認知症の親の介護できっと疲れているのだろうと思った。

「姉なら元気です。萌衣さんーー足切さんも元気でやっていますよ」

萌衣が失明していることについては言わなかった。他人のセンシティブな情報を許可なく口にするべきではないと思った。佐伯も、本人の許可なく塗壁木綿の本名をイルマに話すべきではなかった。

「それにしても、まさか花野くんがあんなことをするなんてね」

佐伯はまた、つい先ほどと同じ言葉を口にした。
さすがに単なる介護疲れではすまない気がした。

「先生、大丈夫ですか?だいぶお疲れのようですけど」

「ところで、お姉さんのエミリさんや足切さんは元気にしてるかな?ぼくはね、エミリさんや足切さん、それに花野くんの担任だったんだよ」

やはりおかしい。
子どもの頃に話した祖父母が何度も同じ話を繰り返していたのを思い出した。
まるで佐伯自身が認知症のようだった。
そもそも、わざわざ生徒指導室にまで自分を呼び出して、佐伯は何の話をしていたのだろうか?
すでに遺体のひとつの身元がわかっており、駐在の花野が犯人だということまでがネットニュースになっている。SNSの風向きが変わることは誰の目にも明らかだった。

「佐伯……?いや、違う。この人の名前は田山だ……」

E.O.P.レンズがなかったら、目の前にいる男の名前がテロップのように出ていなければ、イルマはそのことに気づくことは出来なかっただろう。
気づくチャンスはもっと前にあった。彼の年齢が43歳だということを知ったのは名前と共に表示されているテロップを見たからだった。
思い込みというのは怖いものだった。視界に田山治という名前がずっと映っていながら、イルマは田山を佐伯として認識し続けていた。
目の前にいる男は、担任教師の佐伯治であることに間違いない。だが、それはあくまで職場での名前であり、女性が結婚後も職場で旧姓を名乗り続けているようなものだったのだろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

漆黒の闇から

一宮 沙耶
ホラー
邪悪な霊が引き起こす事件の数々 若い頃から霊が見え、精神を病んでいた私が事件を解決していく ただ、自分も黄泉の世界に巻き込まれてしまう

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。

神崎あら
青春
 10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。  それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。  そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...