21 / 109
#21
しおりを挟む
「君はお姉さんにそっくりだね。そのきれいな顔も、華奢な体も、いつも自信ありげで余裕そうなところも」
田山は姉のことが好きだったのかもしれない。
イルマはなんとなく思った。
その姉によく似た自分を、姉の代わりにしようとしているのではないかと。
最悪の事態を想定しゾッとしたが、
「見ていると反吐が出そうになる」
どうやらそうではないようで安心した。
反吐ぐらいいくらでも吐いてくれてかまわないと思った。
犯されるよりはずっとマシだったからだ。
「お褒めに預かり光栄ですよ。でも、先生、ぼくもここだから言いますし、ここでしか言いませんけど、いくら自分の外見が醜いからといって、ぼくにあたるのはお門違いじゃないですか?」
「村戸くん、今のはこのルッキズムの時代に良くない発言だね」
「そうは言っても、今の世の中はまだ、外見が美しい人間が有利じゃないですか。恋愛においても、就職においても。恋愛は遺伝子が自分にないものを欲しがるんでしょう?だから、美男美女に惹かれる。就職だって能力が同じなら外見がいい方を選ぶのは当然でしょう?外見も産まれ持った遺伝子や、美しくあろうとする努力の結果です。それを否定することは、遺伝子や努力を否定することになる」
それに、その美しさも、国や時代によって移り変わるものだ。
田山のように太っている男が金持ちであるステータスとして、女性からモテる国や時代だってあるはずだった。
「ぼくより容姿の優れた人間なら学校中にいくらでもいるじゃないですか。市内にもたくさんいますし、テレビやYouTubeを見てみてください。人前に出る仕事をしている人は、みんな美男美女ばかりですよ。そうじゃない人はいまだに笑い者にされている。芸人も自分が笑わせていると勘違いしているみたいだけど、結局笑われているだけです。先生のその不潔極まりない、みっともない多汗症だって医者にかかれば治すことができるはずですよ。治せる病気だってCMで見たことありませんか?」
「生意気なガキが。言ってくれるな。お前にひとつだけ教えてやるよ」
田山の口調がガラリと変わった。
外見を侮辱されるのが相当屈辱だったらしい。
痩せる努力をし、多汗症を治療するだけで、侮辱されなくなるというのに、勝手な人だなと思った。
「お前がこの部屋から外に出れば、確かに俺のギフトはもう効果がない。だが、この部屋にいる間の記憶は抹消されるんだよ。たとえ、メモを残したり、録音や録画をしていたとしても、俺の証言は一切残らない。お前は俺が母親を殺したことも、俺がギフトを持っていることもすべて忘れるんだ」
そして、その言葉は、本当にその通りになった。
「あれ?ぼく、こんなところで何をしてたんだっけ?」
田山のギフト『エビング・ハウス』によって作られた生徒指導室から追い出されたとき、イルマはそこで起きたすべてを忘れていた。
イルマには、覚えていることがふたつあった。
ひとつは、
ーー次はお前の姉と、足切神社の巫女、そして、茶川ひよりの番だ。
誰の声かもわからない、男か女の言葉かすらもわからない、凄みのあるセリフだった。
姉たちに早く伝えなければならないことだけはわかった。
だから、イルマはその日、授業を受けずに帰宅することにした。
それと、もうひとつ。
不思議な歌を覚えていた。
♪コメメメ ヤナラ ハリベレ ウズマレタ
ニョニョニョ ヒフミ ソレサリ グッパパノミソ
オヒルニナッタラ ススメモヒロガル
ゴザノウエデ タベルハハナカナ?タベルハタナカナ?
カナナナナ イマカラ?ウシロカラ?
タレタレミソ ツブツブカミサマ メシア・メシ!
イチコメサンコメ ヨネコメ・ハラヘリ・イワレコメ
コメメメメ ナレヨメメ カカカカリナミダ
その歌も、やはり誰が歌っていたのかはわからなかったが、
「ねぇ、イルマ、何その歌?」
帰宅したイルマは、気づくとその歌を口ずさんでいた。
意味がわかるようでわからない不思議なその歌は、歌うこと自体に中毒性があるようだった。口ずさんでいるという認識すらイルマにはなく、
「え?ぼく、今、歌ってた?」
エミリに指摘されてようやく気づいたほどだった。
「『コメメメ』だね、それ」
どうやら、その歌を萌衣は知っているようだった。
「コメメメ? 何それ」
「足切村だけじゃなく、このあたりに伝わるわらべ歌だよ。いつから歌われてたのかわからないくらい古い歌。まぁ、江戸時代からだろうけどね。明治より前の時代は、わらべ歌じゃなくて『災歌(さいか)』として口伝されてたみたい」
「サイカって、災いの歌ってこと?」
「そうだね。お米が不作の年に唄われてたみたいだから」
「萌衣はほんとに物知りだねぇ」
さすがは足切神社の巫女だなと思った。8年前に移住してきたばかりのイルマやエミリとはこのあたりについての知識の量が桁違いだった。
コメメメは、米が不作の年に歌われており、その年は村の人間から男と女を一人ずつ選び、祭りの日に歌わせていたという。
一度唄えば翌年は豊作になるが、唄った男女は餓死したこどもに呪われてしまい、その翌年にちゃんと食べてるにも関わらず餓死したそうだ。
不作のために一組の男女を捧げ物にし、豊作を願うなんて、昔の人々は本当に馬鹿げているなと思った。
こどもたちはいつか歌うことになるかもしれないと、昭和以降はカセットテープに録音されたものを聞かされて覚えさせていたという。
祭りの日以外に歌うと、翌年は不作になり、唄った者は必ず餓死するという呪いの歌でもあったそうだ。
♪モミジガソレ ヨネヨネヒカリ
カミノシラセカ イイエ ハンゴウスイサン
ガチョウガサイタラ マサカノゴハンバクハツ
ベニイロカオリ クチビルウタカタ
ウラメシヤ コメメシヤ
ゴセンノキネンビ コノヒマデマッテタ
アレハ……アノトキ……マゼチャッタ……
カナナナナ マヨイコミ ウシロメ ハナサズ
カカトウラ ヨネノネキズアト コメノシズク
イチコメサンコメ ナナカメ・クニノメ・モノノメ
コメメメ モウイチド ハンゴウニモドセ……
萌衣はそのわらべ歌を全部歌えるようだった。
とてもきれいな歌声だった。
「イルマくんはどこでその歌を聞いたの?最近はもう歌われてないはずだけど」
「それがさぁ、ぼくもよくわからないんだよね」
イルマは、エミリや萌衣と共に足切神社に向かっている途中だった。
彼は学校で経験したことをふたりに話した。
田山は姉のことが好きだったのかもしれない。
イルマはなんとなく思った。
その姉によく似た自分を、姉の代わりにしようとしているのではないかと。
最悪の事態を想定しゾッとしたが、
「見ていると反吐が出そうになる」
どうやらそうではないようで安心した。
反吐ぐらいいくらでも吐いてくれてかまわないと思った。
犯されるよりはずっとマシだったからだ。
「お褒めに預かり光栄ですよ。でも、先生、ぼくもここだから言いますし、ここでしか言いませんけど、いくら自分の外見が醜いからといって、ぼくにあたるのはお門違いじゃないですか?」
「村戸くん、今のはこのルッキズムの時代に良くない発言だね」
「そうは言っても、今の世の中はまだ、外見が美しい人間が有利じゃないですか。恋愛においても、就職においても。恋愛は遺伝子が自分にないものを欲しがるんでしょう?だから、美男美女に惹かれる。就職だって能力が同じなら外見がいい方を選ぶのは当然でしょう?外見も産まれ持った遺伝子や、美しくあろうとする努力の結果です。それを否定することは、遺伝子や努力を否定することになる」
それに、その美しさも、国や時代によって移り変わるものだ。
田山のように太っている男が金持ちであるステータスとして、女性からモテる国や時代だってあるはずだった。
「ぼくより容姿の優れた人間なら学校中にいくらでもいるじゃないですか。市内にもたくさんいますし、テレビやYouTubeを見てみてください。人前に出る仕事をしている人は、みんな美男美女ばかりですよ。そうじゃない人はいまだに笑い者にされている。芸人も自分が笑わせていると勘違いしているみたいだけど、結局笑われているだけです。先生のその不潔極まりない、みっともない多汗症だって医者にかかれば治すことができるはずですよ。治せる病気だってCMで見たことありませんか?」
「生意気なガキが。言ってくれるな。お前にひとつだけ教えてやるよ」
田山の口調がガラリと変わった。
外見を侮辱されるのが相当屈辱だったらしい。
痩せる努力をし、多汗症を治療するだけで、侮辱されなくなるというのに、勝手な人だなと思った。
「お前がこの部屋から外に出れば、確かに俺のギフトはもう効果がない。だが、この部屋にいる間の記憶は抹消されるんだよ。たとえ、メモを残したり、録音や録画をしていたとしても、俺の証言は一切残らない。お前は俺が母親を殺したことも、俺がギフトを持っていることもすべて忘れるんだ」
そして、その言葉は、本当にその通りになった。
「あれ?ぼく、こんなところで何をしてたんだっけ?」
田山のギフト『エビング・ハウス』によって作られた生徒指導室から追い出されたとき、イルマはそこで起きたすべてを忘れていた。
イルマには、覚えていることがふたつあった。
ひとつは、
ーー次はお前の姉と、足切神社の巫女、そして、茶川ひよりの番だ。
誰の声かもわからない、男か女の言葉かすらもわからない、凄みのあるセリフだった。
姉たちに早く伝えなければならないことだけはわかった。
だから、イルマはその日、授業を受けずに帰宅することにした。
それと、もうひとつ。
不思議な歌を覚えていた。
♪コメメメ ヤナラ ハリベレ ウズマレタ
ニョニョニョ ヒフミ ソレサリ グッパパノミソ
オヒルニナッタラ ススメモヒロガル
ゴザノウエデ タベルハハナカナ?タベルハタナカナ?
カナナナナ イマカラ?ウシロカラ?
タレタレミソ ツブツブカミサマ メシア・メシ!
イチコメサンコメ ヨネコメ・ハラヘリ・イワレコメ
コメメメメ ナレヨメメ カカカカリナミダ
その歌も、やはり誰が歌っていたのかはわからなかったが、
「ねぇ、イルマ、何その歌?」
帰宅したイルマは、気づくとその歌を口ずさんでいた。
意味がわかるようでわからない不思議なその歌は、歌うこと自体に中毒性があるようだった。口ずさんでいるという認識すらイルマにはなく、
「え?ぼく、今、歌ってた?」
エミリに指摘されてようやく気づいたほどだった。
「『コメメメ』だね、それ」
どうやら、その歌を萌衣は知っているようだった。
「コメメメ? 何それ」
「足切村だけじゃなく、このあたりに伝わるわらべ歌だよ。いつから歌われてたのかわからないくらい古い歌。まぁ、江戸時代からだろうけどね。明治より前の時代は、わらべ歌じゃなくて『災歌(さいか)』として口伝されてたみたい」
「サイカって、災いの歌ってこと?」
「そうだね。お米が不作の年に唄われてたみたいだから」
「萌衣はほんとに物知りだねぇ」
さすがは足切神社の巫女だなと思った。8年前に移住してきたばかりのイルマやエミリとはこのあたりについての知識の量が桁違いだった。
コメメメは、米が不作の年に歌われており、その年は村の人間から男と女を一人ずつ選び、祭りの日に歌わせていたという。
一度唄えば翌年は豊作になるが、唄った男女は餓死したこどもに呪われてしまい、その翌年にちゃんと食べてるにも関わらず餓死したそうだ。
不作のために一組の男女を捧げ物にし、豊作を願うなんて、昔の人々は本当に馬鹿げているなと思った。
こどもたちはいつか歌うことになるかもしれないと、昭和以降はカセットテープに録音されたものを聞かされて覚えさせていたという。
祭りの日以外に歌うと、翌年は不作になり、唄った者は必ず餓死するという呪いの歌でもあったそうだ。
♪モミジガソレ ヨネヨネヒカリ
カミノシラセカ イイエ ハンゴウスイサン
ガチョウガサイタラ マサカノゴハンバクハツ
ベニイロカオリ クチビルウタカタ
ウラメシヤ コメメシヤ
ゴセンノキネンビ コノヒマデマッテタ
アレハ……アノトキ……マゼチャッタ……
カナナナナ マヨイコミ ウシロメ ハナサズ
カカトウラ ヨネノネキズアト コメノシズク
イチコメサンコメ ナナカメ・クニノメ・モノノメ
コメメメ モウイチド ハンゴウニモドセ……
萌衣はそのわらべ歌を全部歌えるようだった。
とてもきれいな歌声だった。
「イルマくんはどこでその歌を聞いたの?最近はもう歌われてないはずだけど」
「それがさぁ、ぼくもよくわからないんだよね」
イルマは、エミリや萌衣と共に足切神社に向かっている途中だった。
彼は学校で経験したことをふたりに話した。
0
あなたにおすすめの小説
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。
神崎あら
青春
10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。
それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。
そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる