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御神体は神社によって異なり、古くは山や岩、木などの自然物だった。
時代とともに、鏡や神像、御幣(ごへい)ーー神社の祭祀で用いられる神具であり、竹や木の幣串に特殊な形に切った「紙垂(しで)」を挟んだものーーといった人工物もご神体となっていった。
神像は一般参拝者は見ることができず、限られた神職のみが目にすることができる。
たとえ祭典などで運ばれる場合でも、見てはいけないという文化や伝承がある。
これは神聖な存在を直接見ることは許されない、という考えに基づいているという。
もし、祭りなどで御神体を運ぶ行列を見てしまった場合は、謝罪祭などで祈祷を受けることで「救済ルール」が設けられている場合もあるそうだった。
「でも、大丈夫だよ。見ちゃいけないのは神道とかだから。うちの神社は、裏の神道なの。『黄泉路(よみじ)』っていうんだよ」
8年もこの村に住んでいるというのに、イルマはまったく知らなかった。
「黄泉路?はじめて聞いたんだけど」
それは、エミリも同じだったらしい。
「あんまり有名じゃないからね。知らないのも無理はないかも。村の人たちもちゃんとわかってる人は少ないんじゃないかな。足切様は土地神だけど、黄泉の国の神でもあるから。黄泉路の神社は少ないけど、一番近くだと、Y市にある西日野神社ってところかなぁ」
Y市は隣県にある市であり、厩戸見駅から電車で30分ほど、車なら村戸家から1時間ほどの距離にある。
黄泉路の神社は各県にひとつずつはあるのかもしれない。
「そう言えば、よく見ると鳥居の形とかも違うね」
言われてみると確かにそうだった。
鳥居は神社の玄関口であり、神道における俗界と神域を分ける境界だ。
その種類は60種ほどあり、様々な形があるが、大きく分けると神明(しんめい)系と明神(みょうじん)系の二種がある。
「日本の史実通りに作りました、これで日本の歴史を勉強してくださいって外国からお出しされたゲームに、もしこの鳥居が出てきてたら大炎上間違いなしだったろうね」
目の前にある鳥居は、そのどれとも違うものだったからだ。そういうことが起きてもおかしくはなかった。
黄泉路において鳥居は、俗界と黄泉の国を分ける黄泉比良坂にあたるものなのだという。
つまり、足切神社や足切池は、鳥居という黄泉比良坂を俗界である足切村との境とし、黄泉の国に属しているということなのだろう。
「エミリちゃん、イルマくん、本殿はもう閉めるね。足切様は怒ったりしないと思うけど、わたしと一緒とはいえ、美男美女姉弟が訪ねてきたから、びっくりしちゃったもしれないし」
萌衣はそう言って、本殿の扉を閉め大きな南京錠をかけた。彼女の一挙手一投足はとても所作が美しく、目が見えなくてもそういうことができるんだなと感心するばかりだった。
「萌衣も萌歌ちゃんも萌音ちゃんもかわいいんだし、お母さんだって美人じゃん?別にびっくりはしないと思うけど。でも、ありがとね萌衣、足切様の御神体を見せてくれて。わたしもイルマも見たことなかったから、一度見てみたかったんだよね」
「ぼくも、見れてよかったです。ありがとう、萌衣さん」
あの但野というタクシー運転手と出会わなければ、きっと5日前に御神体を見ることができていただろう。
その代わり、足切池から遺体が出てくることもなかった。
但野が遺棄した遺体も含めて、10体の遺体が今も池に沈んでいただろう。
5日遅れになってしまったが見れてよかった。
だが、姉がなぜ御神体を見たがっていたのか、自分に見せたがっていたのか、イルマはよくわかっていなかった。
何か意味があったのだろうか。
きっと意味があるのだろう。
姉は無意味なことを楽しむことはあるが、誰かを巻き込むときにそういうことはしない人だった。
「それにしても、神の目ってすごいんだね。エミリちゃんもイルマくんも、御神体がいつ作られたかとか、誰が作ったかとかだけじゃなくて、どうやって作られたかまでわかるんだね」
萌衣が驚くのも無理はないと思った。
目を手に入れたばかりのイルマも、まだ完全には受け入れられていなかったからだ。
「萌衣さん、今からぼく、すごく失礼なことを言うかもしれないんだけど、いいかな?」
「いいよ。イルマくんはきっと、白目病の原因は、うちの敷地内にあるんじゃないかって思ってるんだよね?」
「そうなの?イルマ」
「姉さんの目なら、ぼくの考えていることや白目病のカラクリくらい、全部わかってるんじゃないの?」
そう言うと、エミリは黙ってしまった。
「姉さんがぼくに見せたかったのは、足切様の御神体じゃないよね。水を抜かれた今の足切池だったんじゃない?」
姉が黙ったことで、イルマは自分の憶測や妄想と言われかねない推理が当たっていることを確信した。
「ぼくは、白目病はウィルスによって感染する病だと思ってるんだ。ウィルスなら、普通は原因がハッキリわかる。でもわからないこともあるよね。ウィルス自体にステルス性がある場合とか」
イルマは、足切村の風土病である白目病の原因をステルス性を持つウィルスだと考えていた。
そして、萌衣の言う通り、その原因となるウィルスは足切池にあるのではないかとも。
池は、雨や川から水が入る量と、川や排水路に出る量がほぼ同じだと、水位は安定する。
だが、足切池には雨は降っても、川とは繋がっていない。排水路もない。
人工の池やため池では、オーバーフロー口や排水設備で水位を一定に保つようにしていることが多い。
雨が多くても水が溢れないように設計されていたり、少なくても水を足せる仕組みがある。
足切池が自然の池か人工の池かはわからない。
だが、目に見えるところにオーバーフロー口や排水設備などはなかった。
おそらく、地下水とのやり取りがあるのだろう。だから、雨が少ない時期でも水位が極端に下がることはない。
その証拠に、数日前にすべて抜かれたはずの水は、少しずつたまり始めていた。
池の水位の変動は雨や地下水だけではない。
「足切池の緑色に濁った水の中にそのウィルスはいたんだ。池に落ちたり飛び込んだりしなければ、本来は感染しないものだったんだと思う。でも、池の水は気化するよね。気化によって、ウィルスは瘴気のように足切村に拡散し、村人たちに感染し白目病を発症させてきたんじゃないかな?足切神社の巫女である萌衣さんは、そのことを知っていたんじゃない?それに、姉さんも」
そうでなければ、萌衣は神社の敷地内にあり神聖なものであるはずの池の水を、全部抜く許可を出したりはしないだろうと思ったのだ。
時代とともに、鏡や神像、御幣(ごへい)ーー神社の祭祀で用いられる神具であり、竹や木の幣串に特殊な形に切った「紙垂(しで)」を挟んだものーーといった人工物もご神体となっていった。
神像は一般参拝者は見ることができず、限られた神職のみが目にすることができる。
たとえ祭典などで運ばれる場合でも、見てはいけないという文化や伝承がある。
これは神聖な存在を直接見ることは許されない、という考えに基づいているという。
もし、祭りなどで御神体を運ぶ行列を見てしまった場合は、謝罪祭などで祈祷を受けることで「救済ルール」が設けられている場合もあるそうだった。
「でも、大丈夫だよ。見ちゃいけないのは神道とかだから。うちの神社は、裏の神道なの。『黄泉路(よみじ)』っていうんだよ」
8年もこの村に住んでいるというのに、イルマはまったく知らなかった。
「黄泉路?はじめて聞いたんだけど」
それは、エミリも同じだったらしい。
「あんまり有名じゃないからね。知らないのも無理はないかも。村の人たちもちゃんとわかってる人は少ないんじゃないかな。足切様は土地神だけど、黄泉の国の神でもあるから。黄泉路の神社は少ないけど、一番近くだと、Y市にある西日野神社ってところかなぁ」
Y市は隣県にある市であり、厩戸見駅から電車で30分ほど、車なら村戸家から1時間ほどの距離にある。
黄泉路の神社は各県にひとつずつはあるのかもしれない。
「そう言えば、よく見ると鳥居の形とかも違うね」
言われてみると確かにそうだった。
鳥居は神社の玄関口であり、神道における俗界と神域を分ける境界だ。
その種類は60種ほどあり、様々な形があるが、大きく分けると神明(しんめい)系と明神(みょうじん)系の二種がある。
「日本の史実通りに作りました、これで日本の歴史を勉強してくださいって外国からお出しされたゲームに、もしこの鳥居が出てきてたら大炎上間違いなしだったろうね」
目の前にある鳥居は、そのどれとも違うものだったからだ。そういうことが起きてもおかしくはなかった。
黄泉路において鳥居は、俗界と黄泉の国を分ける黄泉比良坂にあたるものなのだという。
つまり、足切神社や足切池は、鳥居という黄泉比良坂を俗界である足切村との境とし、黄泉の国に属しているということなのだろう。
「エミリちゃん、イルマくん、本殿はもう閉めるね。足切様は怒ったりしないと思うけど、わたしと一緒とはいえ、美男美女姉弟が訪ねてきたから、びっくりしちゃったもしれないし」
萌衣はそう言って、本殿の扉を閉め大きな南京錠をかけた。彼女の一挙手一投足はとても所作が美しく、目が見えなくてもそういうことができるんだなと感心するばかりだった。
「萌衣も萌歌ちゃんも萌音ちゃんもかわいいんだし、お母さんだって美人じゃん?別にびっくりはしないと思うけど。でも、ありがとね萌衣、足切様の御神体を見せてくれて。わたしもイルマも見たことなかったから、一度見てみたかったんだよね」
「ぼくも、見れてよかったです。ありがとう、萌衣さん」
あの但野というタクシー運転手と出会わなければ、きっと5日前に御神体を見ることができていただろう。
その代わり、足切池から遺体が出てくることもなかった。
但野が遺棄した遺体も含めて、10体の遺体が今も池に沈んでいただろう。
5日遅れになってしまったが見れてよかった。
だが、姉がなぜ御神体を見たがっていたのか、自分に見せたがっていたのか、イルマはよくわかっていなかった。
何か意味があったのだろうか。
きっと意味があるのだろう。
姉は無意味なことを楽しむことはあるが、誰かを巻き込むときにそういうことはしない人だった。
「それにしても、神の目ってすごいんだね。エミリちゃんもイルマくんも、御神体がいつ作られたかとか、誰が作ったかとかだけじゃなくて、どうやって作られたかまでわかるんだね」
萌衣が驚くのも無理はないと思った。
目を手に入れたばかりのイルマも、まだ完全には受け入れられていなかったからだ。
「萌衣さん、今からぼく、すごく失礼なことを言うかもしれないんだけど、いいかな?」
「いいよ。イルマくんはきっと、白目病の原因は、うちの敷地内にあるんじゃないかって思ってるんだよね?」
「そうなの?イルマ」
「姉さんの目なら、ぼくの考えていることや白目病のカラクリくらい、全部わかってるんじゃないの?」
そう言うと、エミリは黙ってしまった。
「姉さんがぼくに見せたかったのは、足切様の御神体じゃないよね。水を抜かれた今の足切池だったんじゃない?」
姉が黙ったことで、イルマは自分の憶測や妄想と言われかねない推理が当たっていることを確信した。
「ぼくは、白目病はウィルスによって感染する病だと思ってるんだ。ウィルスなら、普通は原因がハッキリわかる。でもわからないこともあるよね。ウィルス自体にステルス性がある場合とか」
イルマは、足切村の風土病である白目病の原因をステルス性を持つウィルスだと考えていた。
そして、萌衣の言う通り、その原因となるウィルスは足切池にあるのではないかとも。
池は、雨や川から水が入る量と、川や排水路に出る量がほぼ同じだと、水位は安定する。
だが、足切池には雨は降っても、川とは繋がっていない。排水路もない。
人工の池やため池では、オーバーフロー口や排水設備で水位を一定に保つようにしていることが多い。
雨が多くても水が溢れないように設計されていたり、少なくても水を足せる仕組みがある。
足切池が自然の池か人工の池かはわからない。
だが、目に見えるところにオーバーフロー口や排水設備などはなかった。
おそらく、地下水とのやり取りがあるのだろう。だから、雨が少ない時期でも水位が極端に下がることはない。
その証拠に、数日前にすべて抜かれたはずの水は、少しずつたまり始めていた。
池の水位の変動は雨や地下水だけではない。
「足切池の緑色に濁った水の中にそのウィルスはいたんだ。池に落ちたり飛び込んだりしなければ、本来は感染しないものだったんだと思う。でも、池の水は気化するよね。気化によって、ウィルスは瘴気のように足切村に拡散し、村人たちに感染し白目病を発症させてきたんじゃないかな?足切神社の巫女である萌衣さんは、そのことを知っていたんじゃない?それに、姉さんも」
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