情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア -THE NEW WORLD MAKER-

あめの みかな

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#24

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タクシー運転手の但野が娘の死体を遺棄していたことがわかったとしても、その遺体を警察が見つけるときは、通常なら警察官が池に入りタモを使って引き上げるだけだっただろう。
池に、テレビや冷蔵庫、洗濯機などがゴミとして棄てられていることを知っていたとしてもだ。
だが、萌衣はそうではなかった。
彼女から警察に池の水を全部抜くよう提案していた。
他にも遺棄されている遺体があることを知っていたからかもしれない。
だが、それ以外にもきっと意味があったはずだった。

そして、今のイルマには目をこらせば、本来目に見えるはずのないものが見えるようになっていた。
ウィルスだ。

ウイルスは、光学顕微鏡で観察可能な大きさー約400-700 nmーのものも存在しているが、そのほとんどがそれよりも小さい。
可視化するには電子顕微鏡を使う必要がある。 
池のわずかな水の中に、土の中に、イルマにはそれが見えた。
思っていた通り、電子顕微鏡ですら見つけることが不可能な神の目にしか見えないステルス性のウィルスだった。

「この子たちは、『クリサリス・ウィルス』っていうんだね」

名前がついているということは、白目病は原因不明の風土病ではなかったということだろう。イルマや姉のように神の目を持つ誰かがすでに発見していたのだ。

「クリサリスは『さなぎ』を意味する言葉だよね。人間にギフトを与える代わりに視力を奪うウィルス。ギフトに目覚めるまでの人間は、蝶や蛾のさなぎのようなものなんだね。白目病は後遺症みたいなものなのかな。萌衣さんは、この池をこの村から失くしたかったんだね」

「そうだよ。この池と繋がっている地下水を塞ぐためには、地下水の入り口がわからなくちゃいけないでしょ?」

「見つけたけど、どうやって塞ぐの?ここにセメントでも流し込むの?」

「地下水の入り口は父に塞いでもらうわ」

萌衣の父親のギフトで塞ぐということだろう。
萌衣の父、足切大樹左衛門(たいじゅざえもん)は足切神社の現神主だ。当主は代々名前に左衛門がつく。

「そういえば、もう何年も萌衣のお父さんの姿見てないね。蝋人形みたいな人だったよね」

姉のセリフにあったのは、人を例えるときに使う言葉ではなかった。
特にその人の娘の前で使う言葉では決してなかった。
表情が変わらないという意味だとしても、ロボットみたいとか他にも言い回しはあるはずだった。それでも随分失礼なたとえだったが。

「父はもう人の形はしていないの。だから、わたしももう何年も父の顔は見てないんだよ」

萌衣の影が不自然な移動をし始めたのはそのときだった。

「萌衣さんの影、なんか変じゃないですか?」

太陽の位置は変わっていないのに、影の中からどろどろの黒い液体が池に向かって動きだしたのだ。

「それが、萌衣さんのお父さんなんですね」

「そう。父は自分の体を蝋のようにとかすことができる力、『ワックス・ワーク』を持ってたの。見た目は普通の人間だったけど、その体は死蝋化しているのと同じ状態にあった」

生きてるのに死んでいる、そういう状態だったのだろうか。
ギフトには、人の生死を超えるようなものまであるのかもしれない。

「エミリちゃんやイルマくんが見たことある蝋人形みたいな父は、死蝋化がだんだん顕著になってきた頃だと思う。今はもう、人の姿を保つこともできなくなって、もう何年もわたしの影の中に隠れてる。人格があるかどうかすらわからない、ギフトだけの存在。わたしは今の父を『シャドウ・ワックス』と呼んでるわ」

萌衣の父は、溶けた黒い蝋のような状態で地面を移動することができるようだった。
おそらくは、成人男性ひとり分の体が蝋になっているため、相当な量があった。
移動速度は非常にゆっくりだったが、確実に池に、そして地下水の入り口に向かっていった。
萌衣の父は、まるで栓をするようにその穴を塞いだ。
だが、これで終わりではないことくらい、彼女もわかっているだろう。

「エミリちゃん、わたしはスマホが使えないから、消防団に連絡してもらえるかな?」

「消防団の電話番号なんて知らないよ、わたし」

「玲くんに電話してくれたらいいんだ。あの子、消防団だから」

おそらく、木島玲(きじま れい)という人のことだった。
駐在だった花野や、漫画原作者のひよりと同じく、姉や萌衣の高校生時代の同級生だ。
木島家は足切村時代に代々村長を務めており、足切家と共に村をおさめてきたという。ふたつの家はいまだに旧・足切村で権力を持っており、「双璧の家」と呼ばれていた。

「木島くんが今の消防団の団長なんだ?木島くんの電話番号ならわかるよ」

「消防団に、消毒液やそれを撒くための装備は一通りすでに持たせてるの」

「そっか、パンデミックのときに買わせたんだね」

姉は、木島玲にすぐに電話をかけ、

「木島たち、すぐに来てくれるって」

と萌衣に報告した。
消防団のメンバーは、わらじ作りや紙漉きといった江戸時代から続く仕事をしている人たちばかりで構成されているらしい。
靴や紙といった機械を使って大量生産されているものよりも、昔ながらの製法で作られたわらじや和紙を、高い金を払ってでも買いたい人たちがいるという。コレクターアイテムになっているということなのだろう。
だから消防団はいつでも出動可能なようだった。
消毒液だけでなく、池自体を彼女の父親ごと塞ぐためのセメントを持ってくるという。
池の水を抜くことを決めたときにはもう、すべて準備されていたということだろう。

イルマは当時テレビで見た白い防護服の人たちのことを思い出していた。
自治体や保健所と連携した専門の消毒業者か、消防や自衛隊の化学防護部隊か、どちらも「ウイルスを殺すための消毒液」を撒いてた。
確か、消毒液の中身は主に、漂白剤の主成分である次亜塩素酸ナトリウムを薄めた溶液や、アルコール系の消毒剤だ。
建物の出入り口、エレベーター、手すり、路面などを霧状にして吹きかけていた。
ただ、あれは「空気中のウイルスを殺す」というよりは、感染者が触れたかもしれない場所を消毒するためのものだった。
空間に漂うウイルスを消毒によって殺すというものではなかった。

木島たち消防団は、5分もしないうちにイルマたちの前に現れた。
全員が白目病をすでに発症済みであり、E.O.P.レンズの手術も終えているのだろう。誰ひとり防護服は着ていなかった。
イルマは少し拍子抜けした。
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