情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア -THE NEW WORLD MAKER-

あめの みかな

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ーー5000部とか7000部刷ってもらったところで、田舎の本屋には並ばない、増刷もされない、おまけに次の仕事もなくて、印税を50万とか100万とかもらって終わりの人がたくさんいるの。新人賞取ったばっかりの作家とかね。ケータイ小説が大ブームだったときとか、今のなろう作家とかもそう。売れる人は売れたけど売れなかった人はたぶんそんなもんだよ。本にしてもらえるだけですごいことなのに、それだけで作家人生が終わっていく人がたくさんいるんだよ。

ーーずいぶん詳しいんだな。

ーーひよりのネットの知り合いにはそういう人たちがたくさんいるからね。SNSをしてたら自然と目に入ってくるの。

ーー要は名前を売ったもん勝ちってことか。

ーーそ。でも、あんたが書いた小説なんて、わたしは絶対に読まないけど。イルマ、萌衣、そっちに戻るよ。わたしのコピーの左手の薬指を握って。

ふたりはエミリの言う通りにした。
その瞬間、ふたりが薬指を握ったコピーは、本物のエミリと入れ替わった。

「も~、エミリちゃん、心配させないでよ~」

「心配?萌衣、わたしがいない間に、あんたがイルマに色目使ってたこと、わたし知ってるんだからね」

「え!?わたし、色目なんて使ってないよ?見てよ、この目。真っ白だから!」

「そういう自虐ネタはいいから。このイルマのスマホの録音に、ふたりの会話も入ってるからね?」

「あ~、しまった~。そのこと忘れてた~ごめんね~エミリちゃ~ん。ほんの出来心っていうか~」

「姉さん、なんで記憶が消えてないの?」

「んー?なんでだろ?コピーが全部覚えててくれたからかな?」

姉は、そう言って左手の薬指をイルマに見せた。
そして、膝の上に置かれていたイルマのスマホを手に取ると、録音を停止した。
コピーとはいえ空気椅子はあまりにかわいそうだったから、イルマと萌衣は何か椅子の代わりになるものをと、そのあたりにたまたま落ちていたなんだかよくわからないものを拾って座らせてあげていた。

「何これ?」

「椅子の代わりになるもの、かな?」

「何その、バールのようなものみたいな言い方」

「だって、そうとしかいいようがないっていうか……」

それはまるで、エミリのコピーが空気椅子をすることになることを知っていた誰かが、そこに置いていったとしか思えない「椅子のような何か」だった。

それは、見た瞬間に「形」を認識するより先に「椅子である」と脳が勝手に結論づけてしまう。
なのに、よく見ようとすると形が崩れる。
輪郭が分解されて、面と面のあいだに薄い「間」がある。
その「間」は空気じゃなくて、“見る者の記憶”を素材にしてできている。

だから見る人によって少し違う。
イルマには木製のように見えて、萌衣には金属っぽく、エミリには布の感触がある。
けれど全員が、それを「椅子」と呼ぶことだけは一致している。

もしこれが誰かのギフトだとしたなら、「概念のリサイクル」のような力だった。
過去に誰かが強く想像した“椅子”のイメージや“座る”という行為の情報を、この世界に複製物として再構成しているのかもしれない。

物理的には存在してるのに、それが何でできているのか、誰も説明できないものだった。

「たぶん、ひよりが置いていったやつだね、これ」

イルマはずっと、ひよりは未来予知系のギフトを持っているのだと思っていた。その派生なのかなんなのか、こんなよくわからないものを作る力も持っているらしい。

「どうする?佐伯さん。あれ?田山さんだっけ?このスマホの録音を警察に渡せば、ギフトのこととかはよくわからないだろうけど、萌衣がイルマに色目使ってるけど!あんたの母親殺しと遺体遺棄については警察はちゃんと動いてくれると思うよ」

エミリの正面には、佐伯治が立っていた。
彼女に逃げられ、慌てて彼も亜空間の生徒指導室から出てきたということだろう。

「いや、自首するよ。もう疲れた。よくよく考えてみれば、ある程度E.O.P.レベルが高い者が見れば、ぼくが犯人だってことは君たち以外でも気づけるんだよな」

「そうだよ。わたしやひよりや木島だけじゃない。旧足切村の住人は500人以上、その中でE.O.P.レンズの手術を受けてるのは400人はいると思う。ひよりやあんたみたいに今は足切村に住んでない人もいるしね。みんながみんなあんたを見て、人殺しだってわかるわけじゃないけど」

「母さんの死体が見つかったときには、ぼくはもう詰んでたってことか」

まったく余計なことをしてくれたもんだと佐伯は萌衣を見て笑った。
その顔は清々しい顔をしているように見えた。罪から逃れ続けることよりも、罰を受ける覚悟をした方が、人は前向きに生きられるのかもしれなかった。

「自首の仕方は知ってる?」

「新しい駐在は来てるかな?」

「来てないと思う。花野が逮捕されたのは今朝のことだし」

「じゃあ、厩戸見署まで歩くか……」

警察署は結構遠い。歩いていくとしたら1時間はかかる。

「手術してないから、目がずっと霞んでるんでしょ?わたしの車で送っていこうか?」

佐伯は首を横に振った。

「君たちに、謝らなければいけないことがある。あの生徒指導室のような亜空間が、君たちに認知症を発症させるというのは嘘なんだ」

「なんとなくだけど、わかってたよ。全然何ともなかったからね」

「認知症を発症するのは、部屋を出てからだ。君たちは間もなく、若年性認知症になるはずだ」

それは、とても恐ろしい謝罪だった。最低の置き土産だった。
姉や自分が彼の母親のようになってしまうかもしれないのだ。

「それはもう、ぼくにはどうすることもできない。だから、君たちはその病を治せる犠巫徒を探した方がいい」

佐伯はそう言い残すと、たまたま通りがかったタクシーを呼び止めた。

「厩戸見署に行ってください。えぇ、警察です。人を殺したので、これから自首をするんです」

タクシー運転手はその言葉に驚き、そして、佐伯をまじまじと見て納得したようだった。
役名もないエキストラのようなその運転手ですら、E.O.P.レンズによって彼の罪が見えるのだ。

「アルゴリアって言ったっけ。ここは本当に情報迷宮都市なんだね」

イルマはふと、E.O.P.レンズを持つ者だけに見えているこの世界について、そう思った。
そして、車がなければ移動もままならないような田舎も田舎の街には、その名はまったくふさわしくないなと思った。
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