情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア -THE NEW WORLD MAKER-

あめの みかな

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クラスメイトの鵜山恭助(うやま きょうすけ)から電話があったのは翌朝のことだった。

ーーなぁ、村戸、多様性の中にロリコンとショタコンが含まれてないのって何でだと思う?あれも立派な性指向だろ?

昨日の朝、登校途中のイルマに突然そんなことを言ってきた男だ。

「昨日、担任の佐伯ってやつが逮捕されたらしい。覚えてるか?」

佐伯はどうやら今まさに受け持っていた生徒にすら覚えられていなかったようだった。

「佐伯先生がどうかしたのか?」

友達からの電話で知らないふりをするのは気が退けた。
同時に、無事自首してくれたんだなとイルマは思ったが、彼の記憶の中でも佐伯の顔や声は薄れつつあった。

「足切池から出てきた遺体のひとつが、そいつの母親だったらしい。介護疲れからの母親殺しだってさ。だから今日からしばらく学校は休みになるらしいぜ。まぁ、いい判断だと思うよ。マスコミがわんさか押し掛けてくるだろうしな。そういえば、昨日、26年前に市内で起きた殺人事件の犯人も逮捕されたらしい。知ってるか?」

ちょうど、つい先程までイルマが開いていた新聞の一面にそんな記事があった。

「当時10歳と8歳の小学生の兄妹が、仕事が休みでふたりを見てたはずの父親の昼寝中に殺されたってやつか?母親が犯人だったらしいな」

精神疾患が原因の可能性があるのか、母親の名前や顔写真は記事になってはいなかった。
不倫夫を殺害するはずつもりで睡眠薬を飲み物に混ぜて眠らせたが、途中でなぜか矛先が子どもたちに向いたと記事にはあった。
自分を裏切った夫を、この世界でひとりにし孤立させてやりたくなった、子どもたちは連れていくつもりだったとあった。連れていくということは、母親も死ぬつもりだったということだろうか。

「でも、どうやら、犯人はおかしなことを言っているらしいぞ」

「おかしなこと?」

鵜山の父親は確か、厩戸見署の刑事だった。父親から聞いたのかもしれない。

「家の外から子どもを操って互いに首を絞めさせたってな。警察は隠してるけど、26年前の司法解剖の結果でも、互いに首を絞めあったとしか考えられないらしいぜ。どう思う?」

そんなことができるとしたらギフトしかないだろうと思ったが、イルマは黙っていた。

「そういえば昨日、朝会ったよな?ホームルーム前に確か佐伯に呼び出されてたけど、なんで早退したんだ?」

「少し、目の調子がよくないような気がしてね」

そうとしか言いようがなかった。
目はすこぶる好調だったが。E.O.P.レベルも日に日に高くなっていた。佐伯の自首を促すことに成功したからかもしれなかった。

「あぁ、そういえば白内障?の手術をしたんだっけか。大丈夫なのか?」

「気のせいだったみたいだよ」

「そっか。それならいいんだ」

鵜山は、今日か明日お前の家に遊びに行っていいか?と言ったが、イルマは断ることにした。
彼は旧・足切村の住人ではないからだった。
白目病のウィルスは、なぜか村の外にまでは飛んでいかないようだったが、彼が一度でも村に立ち入れば間違いなく感染してしまう。
高校で知り合った数少ない友人を白目病にしたくなかった。
E.O.P.レンズの手術も受けさせたくはない。ギフトなんていうわけのわからない超能力も持ってほしくなかった。普通の友達のままでいてほしかった。

「お前、俺んちには来たことあるのに、俺はお前んちには行ったら駄目なの?」

そういう友達が避けられてしまいかねないことはわかっていた。

「家庭の事情ってことで納得してくれないかな?」

そうとしか説明できないのがもどかしかった。


足切池から出てきた10の遺体。
そのうちの二体、池田祥子と田山順子を殺して棄てたのは、駐在の花野とイルマの担任教師の佐伯だった。

残る遺体は8体。

姉のエミリは、イルマや萌衣がいるリビングに置かれたホワイトボードに、8体の遺体の名前を書いていた。

「ホワイトボードなんてうちにあったっけ?」

それは正確にはホワイトボードではなかった。
昨日の「椅子のような何か」と同じで、「ホワイトボードのような何か」としか言いようがないものだった。

「なんかわかんないけど、あったんだよね」

姉はそう言って笑った。あまり気にしていないようだった。

見た瞬間、「形」を認識するより先に「ホワイトボードである」と脳が勝手に結論づけてしまう。
よく見ようとすると形が崩れる。
輪郭が分解されて、面と面のあいだに薄い「間」がある。
その「間」は空気ではなくて、“見る者の記憶”を素材にしてできているようなそんな感覚がする。

本当に「椅子のような何か」と同じだった。
イルマはそれを、先日この村を訪ねてきた茶川ひよりのギフトによって作られたものだと思っていたが、本当にそうなのか疑問に思えてきた。
ひよりは村戸家までは訪ねてはこなかったからだ。

「ホワイトボードのようなもの」は、今回も見る者によって少し違う形をしているのだろう。
椅子がイルマには木製のように見え、萌衣には金属っぽく、エミリには布の感触があったように。
目の見えない萌衣は、触ることで金属だと認識していた。
けれど全員が、それを「ホワイトボード」と呼ぶことだけは一致している。

やはり、誰かのギフトによる産物であり、「概念のリサイクル」ということでいいのだろうか?
過去に誰かが強く想像した“ホワイトボード”のイメージや“書く”という行為の情報を、この世界に複製物として再構成しているのだろうか。

目の前のホワイトボードのようなものは、物理的には存在してるのに、それが何でできているのか、誰も説明できないものだった。

姉が書いた遺体の名前。
そのうちのひとりは、木村学という人物だった。
体は男だが、心は女、いわゆるトランスジェンダーの高校生で、年齢は17歳。殺されたのは4年前のことらしい。
当時は厩戸見高校の2年生だったようだ。
姉の神の目によって、犯人は彼の実の父親で元自衛官の木村壮介という男だということがわかっていた。

「元自衛官って最近よく聞く肩書きだよね」

「一回でも転職してる人は大体元なんとかになるのにね。元自衛官とか元刑事とか、それを売りにしてる人結構いるよね」

「芸人にもいるしね。やたら好感度が高いっていう女の子。イルマね、あの子が出てるとすぐにチャンネル変えるの」

芸風があまり好きではなかっただけなのだが、

「イルマくん、面食いだもんね~」

萌衣にはそんな風にからかわれてしまった。


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