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「そっちの姉弟……村戸エミリに村戸イルマと言ったか?」
木村壮介はエミリとイルマを交互に見た。
木村は、イルマがギフトで産み出した甲冑にその体を抑え込まれている。
彼のギフトはもうイルマたちの誰にも効かない。
鵜山京一郎に見捨てられることはほぼ確実だろう。
だが、木村はまだ負けた顔はしていなかった。
まだ何か作戦があるのかもしれない。
イルマは彼が落とした拳銃を念のため拾っておくことにした。
「お前らは8年前に引っ越してきたんだったか?」
「そうだ。だからどうした?」
「お前らは知らないかもしれないが、田舎っていうのは、ライフラインひとつひとつに、どこどこと契約するのが当たり前っていう馬鹿げた決まりがあるんだ。水道は基本ひとつだけだ。自治体か、その指定を受けた水道事業者しか扱えないからな。だから水通には『選ぶ』という概念はない。だが、電気とガスは違う。電気は、自由化されているから、いろんな会社に変えられる。ガスは、都市ガスの地域ならある程度選べる。プロパンガスの地域ならもっと自由度は高い。この村はいまだにプロパンガスだ。そうだろ?」
「そうね、いまだにプロパンガスだよ」
「合併して市になったはずなのにな。まだまだ田舎だから、この街は。足切村は、今はもう村じゃない」
彼の言う通り、地名として足切の名が残っているが、もう村ではなかった。
厩戸見市足切13-30-3、それが村戸家の住所だった。
「だが、この村の住人たちは、いまだに足切村があると思ってる」
「あなたの言う通りだと思うわ。この村の住人は昔と何にも変わってない」
「田舎は、電気もガスも、どこと契約するかが全部決まってる。堀田商店のガスを使うのが決まり、みたいなな。この家も堀田商店だろ?」
イルマは姉の顔を見た。ガス会社など気にしたことがなかったからだった。
姉はイルマの視線に気づくと黙って頷いた。
「すべては、ガス屋を変えたのがきっかけだった」
この男は一体なんの話をしてるんだろう。
イルマにはわからなかった。
だが、これから木村がし始める話は、彼の歪んだ人生そのものだった。
「俺のお袋は、よその村からこの村に嫁いできた女でな、そういう決まりを知らなかった。家を訪ねてきた営業マンの口車に乗せられて、ガスを違う会社に変えてしまった。それは村中に一気に広まった。お袋は隣の家のオバサンに『うちは昔から堀田さんのガスを使ってるのよ』って言われて、初めて自分がとんでもないことをやらかしたと気づいたらしい。『堀田商店のボンベが立ってる家は村の人間』、この村にはそういう暗黙の線があるんだ。堀田商店の軽トラが家の前に止まってるだけで、『あそこ、また支払いが遅れてるんじゃないか』って噂される。監視というよりは、なんていうんだろうな、この村は息をするようにお互いを見張りあってる。そんな感じだった。お袋は最初は『変わり者の嫁』ですんでいた。だが、そういう小さなことがきっかけで、お袋にとって『都会では当たり前』の行動が、この村の連中にとっては『気が狂った女に見える』ようになっていった。俺は、物心ついたときには木村の家に嫁いだ気が狂った女の息子って呼ばれるようになってたよ」
だから、木村家は村八分にあった。
そして、村から出ることも許されなかったということだろう。
「助けてくれたのは、京一郎……鵜山だけだった。その鵜山も、俺をかばったせいで村八分にされたよ。京一郎だけじゃなく、鵜山家そのものがな」
木村家は、鵜山家を巻き込んだことで夜逃げするしかなくなってしまったというなのだろう。
その後鵜山家も同じように夜逃げしたのだろう。
痛ましい話だった。痛ましい話だったが、
「それと、お前が息子を殺したことは関係ないだろ。子どもの頃にそういうつらい思いをしたんだったら、どうしてトランスジェンダーの息子を認めなかった?」
木村が息子にした仕打ちの方がはるかに痛ましいと思ったのだ。
きっと殺すだけじゃなかったはずだ。
息子を汚い言葉で激しく何度も追い詰めたことだろう。手をあげたりしたこともあったかもしれない。
「お前みたいなガキにわかるかよ。認められるわけないだろ?簡単に認めろっていう奴は、マイノリティっていうんだったか?そういう子どもを持つ親の苦悩がわかってないんだよ」
木村はこんな男だったからだ。
きっとトランスジェンダーという言葉の意味すら、いまだによくわかっていないだろうと思った。
「あなたは、息子さんの苦悩をわかってたの?今のこの国でトランスジェンダーの人がどれだけ生きづらい思いをしているのか、理解しようとした?」
親の苦悩と言いながら、息子を理解するために本を読んだり調べたりはしなかっただろう。医者からは聞いたことがあったかもしれない。それすらも妻に任せていたかもしれなかった。
「まるで自分が被害者であるかのように言ってるけど、あなたは加害者。息子を殺した、ただの人殺しでしょ?」
「違うよ、エミリちゃん。この人はそれを警察に見逃してもらうためにわたしたちを殺しに来たんだよ。だから、人殺し以下だよ。ただの殺し屋。ううん、虐殺者かな?」
「そうだね、萌衣の言う通りだね。ねぇ、オジサン、わたしたちを殺したら、それ一回きりで罪を揉み消してもらえると思ってた?」
「鵜山とはそういう約束だった」
「成功しても、また次の殺人依頼が来るだけだよ。引き受けなければ揉み消しはしないと脅される。失敗したら見捨てられるだけ。罪は揉み消してはもらえない。下手したら、ううん、下手しなくても、あんたは間違いなく殺される」
鵜山京一郎という刑事も足切村出身なのだ。
間違いなくギフトを持っている。
「そうか。鵜山は最初から俺の罪を見逃す気なんてなかったというわけか。俺をかばったせいで、あいつもこの村から出ていかなきゃいけなくなったんだもんな。そりゃそうか」
木村の顔に敗北が浮かんだのは、そのときだった。
「鵜山京一郎は、どうしてぼくたちを殺そうとしてる?」
「さぁ?足切村の人間が憎いだけじゃないのか?」
木村は本当に何も知らないだけのようだった。
「うぉっ、なんだこの甲冑みたいなの?ドラクエか?FFか?」
木島玲がやってきたのは、ちょうどそのときだった。
木村壮介はエミリとイルマを交互に見た。
木村は、イルマがギフトで産み出した甲冑にその体を抑え込まれている。
彼のギフトはもうイルマたちの誰にも効かない。
鵜山京一郎に見捨てられることはほぼ確実だろう。
だが、木村はまだ負けた顔はしていなかった。
まだ何か作戦があるのかもしれない。
イルマは彼が落とした拳銃を念のため拾っておくことにした。
「お前らは8年前に引っ越してきたんだったか?」
「そうだ。だからどうした?」
「お前らは知らないかもしれないが、田舎っていうのは、ライフラインひとつひとつに、どこどこと契約するのが当たり前っていう馬鹿げた決まりがあるんだ。水道は基本ひとつだけだ。自治体か、その指定を受けた水道事業者しか扱えないからな。だから水通には『選ぶ』という概念はない。だが、電気とガスは違う。電気は、自由化されているから、いろんな会社に変えられる。ガスは、都市ガスの地域ならある程度選べる。プロパンガスの地域ならもっと自由度は高い。この村はいまだにプロパンガスだ。そうだろ?」
「そうね、いまだにプロパンガスだよ」
「合併して市になったはずなのにな。まだまだ田舎だから、この街は。足切村は、今はもう村じゃない」
彼の言う通り、地名として足切の名が残っているが、もう村ではなかった。
厩戸見市足切13-30-3、それが村戸家の住所だった。
「だが、この村の住人たちは、いまだに足切村があると思ってる」
「あなたの言う通りだと思うわ。この村の住人は昔と何にも変わってない」
「田舎は、電気もガスも、どこと契約するかが全部決まってる。堀田商店のガスを使うのが決まり、みたいなな。この家も堀田商店だろ?」
イルマは姉の顔を見た。ガス会社など気にしたことがなかったからだった。
姉はイルマの視線に気づくと黙って頷いた。
「すべては、ガス屋を変えたのがきっかけだった」
この男は一体なんの話をしてるんだろう。
イルマにはわからなかった。
だが、これから木村がし始める話は、彼の歪んだ人生そのものだった。
「俺のお袋は、よその村からこの村に嫁いできた女でな、そういう決まりを知らなかった。家を訪ねてきた営業マンの口車に乗せられて、ガスを違う会社に変えてしまった。それは村中に一気に広まった。お袋は隣の家のオバサンに『うちは昔から堀田さんのガスを使ってるのよ』って言われて、初めて自分がとんでもないことをやらかしたと気づいたらしい。『堀田商店のボンベが立ってる家は村の人間』、この村にはそういう暗黙の線があるんだ。堀田商店の軽トラが家の前に止まってるだけで、『あそこ、また支払いが遅れてるんじゃないか』って噂される。監視というよりは、なんていうんだろうな、この村は息をするようにお互いを見張りあってる。そんな感じだった。お袋は最初は『変わり者の嫁』ですんでいた。だが、そういう小さなことがきっかけで、お袋にとって『都会では当たり前』の行動が、この村の連中にとっては『気が狂った女に見える』ようになっていった。俺は、物心ついたときには木村の家に嫁いだ気が狂った女の息子って呼ばれるようになってたよ」
だから、木村家は村八分にあった。
そして、村から出ることも許されなかったということだろう。
「助けてくれたのは、京一郎……鵜山だけだった。その鵜山も、俺をかばったせいで村八分にされたよ。京一郎だけじゃなく、鵜山家そのものがな」
木村家は、鵜山家を巻き込んだことで夜逃げするしかなくなってしまったというなのだろう。
その後鵜山家も同じように夜逃げしたのだろう。
痛ましい話だった。痛ましい話だったが、
「それと、お前が息子を殺したことは関係ないだろ。子どもの頃にそういうつらい思いをしたんだったら、どうしてトランスジェンダーの息子を認めなかった?」
木村が息子にした仕打ちの方がはるかに痛ましいと思ったのだ。
きっと殺すだけじゃなかったはずだ。
息子を汚い言葉で激しく何度も追い詰めたことだろう。手をあげたりしたこともあったかもしれない。
「お前みたいなガキにわかるかよ。認められるわけないだろ?簡単に認めろっていう奴は、マイノリティっていうんだったか?そういう子どもを持つ親の苦悩がわかってないんだよ」
木村はこんな男だったからだ。
きっとトランスジェンダーという言葉の意味すら、いまだによくわかっていないだろうと思った。
「あなたは、息子さんの苦悩をわかってたの?今のこの国でトランスジェンダーの人がどれだけ生きづらい思いをしているのか、理解しようとした?」
親の苦悩と言いながら、息子を理解するために本を読んだり調べたりはしなかっただろう。医者からは聞いたことがあったかもしれない。それすらも妻に任せていたかもしれなかった。
「まるで自分が被害者であるかのように言ってるけど、あなたは加害者。息子を殺した、ただの人殺しでしょ?」
「違うよ、エミリちゃん。この人はそれを警察に見逃してもらうためにわたしたちを殺しに来たんだよ。だから、人殺し以下だよ。ただの殺し屋。ううん、虐殺者かな?」
「そうだね、萌衣の言う通りだね。ねぇ、オジサン、わたしたちを殺したら、それ一回きりで罪を揉み消してもらえると思ってた?」
「鵜山とはそういう約束だった」
「成功しても、また次の殺人依頼が来るだけだよ。引き受けなければ揉み消しはしないと脅される。失敗したら見捨てられるだけ。罪は揉み消してはもらえない。下手したら、ううん、下手しなくても、あんたは間違いなく殺される」
鵜山京一郎という刑事も足切村出身なのだ。
間違いなくギフトを持っている。
「そうか。鵜山は最初から俺の罪を見逃す気なんてなかったというわけか。俺をかばったせいで、あいつもこの村から出ていかなきゃいけなくなったんだもんな。そりゃそうか」
木村の顔に敗北が浮かんだのは、そのときだった。
「鵜山京一郎は、どうしてぼくたちを殺そうとしてる?」
「さぁ?足切村の人間が憎いだけじゃないのか?」
木村は本当に何も知らないだけのようだった。
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