42 / 109
#42
しおりを挟む
ーー天照大御神が高天原を照らすその時、彼女の影より“黄泉照(よみてらす)”が生まれた。
天照が「生の光」なら、黄泉照は「死の光」。
天の秩序を守る天照に対し、黄泉照は「終わりを与える」女神であった。
だがその存在は、あまりに危険だった。
死を理解しすぎる神は、やがて生の側を疑う。
高天原の神々は、黄泉照を地の底――黄泉国へと封じた。
黄泉照神話 ー 黄泉の太陽の黙示録 ー 序:闇より生まれしもう一つの光 より。
イルマもエミリも萌衣も、リビングのソファで気を失うように眠った。
真夜中にイルマが目を覚ますと、萌衣は窓のそばの椅子に座り、窓の外の景色を眺めていた。
「何を見てるの?」
街灯の少ない田舎だったから、窓の外は真っ暗で何も見えはしなかった。
「何も。どうせ見えないし。しいていうなら、わたしの家の神社に伝わるおかしな神話について考えてた」
「おかしな神話?足切様の話とは違うの?」
「うん。うちの神社が黄泉路っていう裏の神道の神社でもあるって話はしたでしょ?神道のベースに日本神話があるように、黄泉路にも神話があるの」
数日前、イルマと姉は萌衣から確かにそういう話を聞いていた。
黄泉路の神社は、足切神社だけでなく、Y市の西日野町というところにもあると聞いた。
神道の神社に比べれば数は少ないが、黄泉路の神社はそのふたつだけでなく確か全国にあるんだったか。
「イルマくんにも聞かせてあげる」
萌衣はそう言うと、イルマに向かって微笑んだ。
その笑顔にドキリとした。
はかなく、美しい笑顔だった。
萌衣は、足切神社を自分の代で終わらせると言っていた。
神社がいつなくなるかはわからないが、聞いておくのも悪くないかもしれないと思った。
「ねぇ、わたし、イルマくんとお散歩がしたい。お散歩しながら、お話ししましょ?」
こんな夜中に?と思ったが、萌衣には昼も夜もないのだろう。常に視界は闇の中にあるからだ。
とはいえ、彼女は生まれつき視力がない先天性の盲目というわけではない。
先天性ならば光や色の経験がないから、「明るさ=昼、暗さ=夜」といった視覚的感覚は存在しないだろう。
ただ、体内時計があるので、体のだるさや眠気で昼夜のリズムは感じられるはずだ。
彼女のように、白目病の手術が受けられず失明した後天性の盲目の人は、過去に見えていた記憶があるから、脳の中で「昼」や「夜」のイメージは残っている。
常に視界が闇の中にあるというよりは、実際に今見えているわけではないので、経験としての明暗はなくなってしまっているというべきだろうか。
北海道ですら40度を超えるほど暑かった夏ももう終わり、すでに10月も終わりに差し掛かっている。虫もそんなに飛んではいないだろう。懐中電灯さえあれば、外に出てみるのも悪くないと思った。
懐中電灯は探さなくても、「懐中電灯のようなもの」ならば、イルマの五臓六腑のうちのひとつを使えば作り出すことができた。
「イルマくん、手をつないで。白杖があるから転んだりはしないけど、少しだけ不安だから」
目の代わりになるようなものを作ってあげられないだろうか。そんなことをふと思った。
SF映画に出てくる義眼のようなものだ。だが、さすがに現実世界にないようなものは作ることができないようだった。ギフトの使い方や考え方次第ではできそうな気もしたが、今は思い付かなかった。
「いいよ。寒いから、フード付きのローブも羽織る?」
「じゃあ、着せてもらっていい?」
イルマは萌衣にローブを羽織らせると、彼女の手を握り、家の外に出た。
昔は自分が彼女にいろんなことをしてもらう側だった。姉がいなかった時間、萌衣にたくさん甘えたのを覚えていた。だからなんだかとても不思議な気持ちだった。
自分はもう、この程度のことなら萌衣を甘えさせてあげられる年になっていたのだ。
外では鈴虫が鳴いていた。
「きれいな声ね」
それが鳴き声ではなく羽音だと知ったのはまだ去年か一昨年のことだった。
「そうだね」
鳴き声だろうが羽音だろうが好きな音だった。
「足切神社の御神体である足切様のうしろにね、後戸(うしろど)って呼ばれてる場所があるんだ。そこにね、黄泉照大神(よみてらすのおおかみ)っていう神様の神像が安置されてるの」
萌衣は夜道を歩きながら、イルマにそんな話をした。
どうやら足切神社に祀られているのは足切様だけでなく、そんな名前の秘匿された謎多き神がいたらしい。
「黄泉照は後戸の神とも呼ばれてるの。中世の時代には非常に強い霊力を持つとされてたんだって」
「戦国時代のころ?」
「たぶんね。うちの神社ができる前だけど。黄泉照は芸能の神としてそれなりの信仰を集めてたみたい。江戸時代には何故か急速に衰退したって言われてるけど。今では秘神とされててね、足切様以上に像が公開されることはないの」
萌衣が話してくれた足切神社に伝わる神話を話してくれた。
「黄泉照神話」というものだった。
それは「黄泉の国の太陽の黙示録」だという。
第一章:イザナミ、黄泉に堕つ
イザナミがカグツチを産んで死んだとき、その魂は黄泉の淵をさまよい、やがて黄泉照の声を聞く。
「イザナミ。あなたは創り、焼かれ、棄てられた。ならば今度は、終わりを創りなさい。」
黄泉照はイザナミに「神々を終わらせる力」を与える。
それは死者を操り、穢れを力に変える“反光(そらのうつし)”。
イザナミはその光で黄泉の軍勢を興した。
第二章:見るなの禁忌
イザナギは妻を取り戻すために黄泉へ赴く。
しかし、彼を迎えたのはイザナミの姿を借りた黄泉照。
黄泉照は彼の愛を試すように囁く。
「見るなと言っても、見るのが人というもの。あなたが見た時、真実が生まれるでしょう。」
イザナギは禁を破り、イザナミの屍を見る。
その瞬間、黄泉照は二人の魂を裂き、「見る者と見られる者は、永遠に交わらぬ」という呪いを授けた。
この“見るなの禁忌”こそが、黄泉照の最初の勝利だった。
第三章:黄泉の四柱
イザナミの涙より四柱の神が生まれ、彼らは黄泉照の旗のもとに集った。
ヒルコは、かつて葦舟に捨てられた子。神々に捨てられた者たちの守護者。
アハシマは海底を這う双頭の巨人。神々の“棄民”の象徴。
カグツチは火の憤怒の化身。母を焼いた罪を神々に返す炎。
アマツミカボシは天より堕ちた星神。反逆の光を振るう闇の王子。
彼らは“四凶神(しきょうしん)”と呼ばれ、
葦原中国(あしはらのなかつくに)に黄泉の門を開いた。
天照が「生の光」なら、黄泉照は「死の光」。
天の秩序を守る天照に対し、黄泉照は「終わりを与える」女神であった。
だがその存在は、あまりに危険だった。
死を理解しすぎる神は、やがて生の側を疑う。
高天原の神々は、黄泉照を地の底――黄泉国へと封じた。
黄泉照神話 ー 黄泉の太陽の黙示録 ー 序:闇より生まれしもう一つの光 より。
イルマもエミリも萌衣も、リビングのソファで気を失うように眠った。
真夜中にイルマが目を覚ますと、萌衣は窓のそばの椅子に座り、窓の外の景色を眺めていた。
「何を見てるの?」
街灯の少ない田舎だったから、窓の外は真っ暗で何も見えはしなかった。
「何も。どうせ見えないし。しいていうなら、わたしの家の神社に伝わるおかしな神話について考えてた」
「おかしな神話?足切様の話とは違うの?」
「うん。うちの神社が黄泉路っていう裏の神道の神社でもあるって話はしたでしょ?神道のベースに日本神話があるように、黄泉路にも神話があるの」
数日前、イルマと姉は萌衣から確かにそういう話を聞いていた。
黄泉路の神社は、足切神社だけでなく、Y市の西日野町というところにもあると聞いた。
神道の神社に比べれば数は少ないが、黄泉路の神社はそのふたつだけでなく確か全国にあるんだったか。
「イルマくんにも聞かせてあげる」
萌衣はそう言うと、イルマに向かって微笑んだ。
その笑顔にドキリとした。
はかなく、美しい笑顔だった。
萌衣は、足切神社を自分の代で終わらせると言っていた。
神社がいつなくなるかはわからないが、聞いておくのも悪くないかもしれないと思った。
「ねぇ、わたし、イルマくんとお散歩がしたい。お散歩しながら、お話ししましょ?」
こんな夜中に?と思ったが、萌衣には昼も夜もないのだろう。常に視界は闇の中にあるからだ。
とはいえ、彼女は生まれつき視力がない先天性の盲目というわけではない。
先天性ならば光や色の経験がないから、「明るさ=昼、暗さ=夜」といった視覚的感覚は存在しないだろう。
ただ、体内時計があるので、体のだるさや眠気で昼夜のリズムは感じられるはずだ。
彼女のように、白目病の手術が受けられず失明した後天性の盲目の人は、過去に見えていた記憶があるから、脳の中で「昼」や「夜」のイメージは残っている。
常に視界が闇の中にあるというよりは、実際に今見えているわけではないので、経験としての明暗はなくなってしまっているというべきだろうか。
北海道ですら40度を超えるほど暑かった夏ももう終わり、すでに10月も終わりに差し掛かっている。虫もそんなに飛んではいないだろう。懐中電灯さえあれば、外に出てみるのも悪くないと思った。
懐中電灯は探さなくても、「懐中電灯のようなもの」ならば、イルマの五臓六腑のうちのひとつを使えば作り出すことができた。
「イルマくん、手をつないで。白杖があるから転んだりはしないけど、少しだけ不安だから」
目の代わりになるようなものを作ってあげられないだろうか。そんなことをふと思った。
SF映画に出てくる義眼のようなものだ。だが、さすがに現実世界にないようなものは作ることができないようだった。ギフトの使い方や考え方次第ではできそうな気もしたが、今は思い付かなかった。
「いいよ。寒いから、フード付きのローブも羽織る?」
「じゃあ、着せてもらっていい?」
イルマは萌衣にローブを羽織らせると、彼女の手を握り、家の外に出た。
昔は自分が彼女にいろんなことをしてもらう側だった。姉がいなかった時間、萌衣にたくさん甘えたのを覚えていた。だからなんだかとても不思議な気持ちだった。
自分はもう、この程度のことなら萌衣を甘えさせてあげられる年になっていたのだ。
外では鈴虫が鳴いていた。
「きれいな声ね」
それが鳴き声ではなく羽音だと知ったのはまだ去年か一昨年のことだった。
「そうだね」
鳴き声だろうが羽音だろうが好きな音だった。
「足切神社の御神体である足切様のうしろにね、後戸(うしろど)って呼ばれてる場所があるんだ。そこにね、黄泉照大神(よみてらすのおおかみ)っていう神様の神像が安置されてるの」
萌衣は夜道を歩きながら、イルマにそんな話をした。
どうやら足切神社に祀られているのは足切様だけでなく、そんな名前の秘匿された謎多き神がいたらしい。
「黄泉照は後戸の神とも呼ばれてるの。中世の時代には非常に強い霊力を持つとされてたんだって」
「戦国時代のころ?」
「たぶんね。うちの神社ができる前だけど。黄泉照は芸能の神としてそれなりの信仰を集めてたみたい。江戸時代には何故か急速に衰退したって言われてるけど。今では秘神とされててね、足切様以上に像が公開されることはないの」
萌衣が話してくれた足切神社に伝わる神話を話してくれた。
「黄泉照神話」というものだった。
それは「黄泉の国の太陽の黙示録」だという。
第一章:イザナミ、黄泉に堕つ
イザナミがカグツチを産んで死んだとき、その魂は黄泉の淵をさまよい、やがて黄泉照の声を聞く。
「イザナミ。あなたは創り、焼かれ、棄てられた。ならば今度は、終わりを創りなさい。」
黄泉照はイザナミに「神々を終わらせる力」を与える。
それは死者を操り、穢れを力に変える“反光(そらのうつし)”。
イザナミはその光で黄泉の軍勢を興した。
第二章:見るなの禁忌
イザナギは妻を取り戻すために黄泉へ赴く。
しかし、彼を迎えたのはイザナミの姿を借りた黄泉照。
黄泉照は彼の愛を試すように囁く。
「見るなと言っても、見るのが人というもの。あなたが見た時、真実が生まれるでしょう。」
イザナギは禁を破り、イザナミの屍を見る。
その瞬間、黄泉照は二人の魂を裂き、「見る者と見られる者は、永遠に交わらぬ」という呪いを授けた。
この“見るなの禁忌”こそが、黄泉照の最初の勝利だった。
第三章:黄泉の四柱
イザナミの涙より四柱の神が生まれ、彼らは黄泉照の旗のもとに集った。
ヒルコは、かつて葦舟に捨てられた子。神々に捨てられた者たちの守護者。
アハシマは海底を這う双頭の巨人。神々の“棄民”の象徴。
カグツチは火の憤怒の化身。母を焼いた罪を神々に返す炎。
アマツミカボシは天より堕ちた星神。反逆の光を振るう闇の王子。
彼らは“四凶神(しきょうしん)”と呼ばれ、
葦原中国(あしはらのなかつくに)に黄泉の門を開いた。
0
あなたにおすすめの小説
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。
神崎あら
青春
10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。
それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。
そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる