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市役所の職員には落ち度はなかったはずだった。悪いのは市役所のシステムの方だろう。そしてそれは職員にはどうしようもないことだ。
たとえば、マイナ保険証は病院や薬局ではパスワードを忘れてしまっても顔認証システムが使えるが、市役所では顔認証システムは使えない。
顔認証システムには相当な税金が使われていそうだが、市役所には見慣れたあの機械がないからだ。
そのため、パスワードの入力が必要になる。だからといって市役所の職員を怒鳴ったところでどうにもならない。
そういうシステム的な問題だったのだろう。
マイナンバーカードのパスワードを忘れてしまったとしたら、それは忘れた人間の落ち度であり、パスワード変更の手続きをさせてもらう側になる。怒鳴れる立場ではないし、そもそも職員を怒鳴ったところで顔認証システムの市役所に機械が導入されるわけではない。
山田の場合も、一職員の裁量で前例や特例を作ってしまい、そんなことがもし広まってしまえば、それが市民の間で当たり前になってしまう。そうなると、それはもう一職員の問題ではなく市役所の問題になってしまう。特に警察が関わるものであるのなら、本当にどうにもならないことだったのだろう。
だが、山田はそのことに気づくことができなかった。だから職員に怒りをぶつけたのだ。
山田という男は、おそらくは知能指数が低いか、論理的な思考ができない男だったのだろう。大学には行っているかもしれない。だが、それほどレベルの高い大学ではない。Fランクと呼ばれる大学でも、大学は大学だ。だからプライドも高かったのだろう。
マイナンバーカードを作りたくないという発言から、何かしらの思想や陰謀論に染まっていたとも考えられる。
この街を出ていくということは住所変更のようなものだったのだろうか?
だが、数か月前だとすると夏だ。転勤の時期ではない。転勤が必ずしも春だとは限らないが。
癇癪持ちで仕事でもトラブルを起こしやすかったのかもしれない。リストラされたか、自分からやめることになったりしたのかもしれない。
この街は街おこしのために日本で一番最低賃金を高くしている街だ。
フリーターでもアルバイトを掛け持ちせずに充分に生活をしていけるだけの給与をもらえる。
工藤明もこの街の銀行員であったから、年収は銀行員の平均年収よりも高かったはずだが、あの男はイルマにも分かりやすく上司と自分の給料の差を説明してくれただけだろう。
山田が仕事をやめて引っ越そうとしていたのだとしたら、相当なことをしでかしたのかもしれない。
私生活もうまくいってなかったのだろう。だから心に余裕がなかった。きっとそんなところだろうと思った。
山田に怒鳴られ続けた市役所の職員が犯人であり、その犯人の名前が、鞍馬葉子だった。
年も24歳で、目の前にいる女と一致していた。
尾上カナイという名前は偽名なのだ。
姉の名前がイルマには狐野エミリと見えるようになっていたように、E.O.P.レベルを上げて他人から見える名前を変更したのだ。
正確には、目の前にいるのは本物の鞍馬葉子ではないのかもしれなかった。
イルマの目には、鞍馬が市役所に勤務していたことや、山田を殺害したという情報が見えなかったからだ。
名前以外の情報も改竄しているのかもしれないが、本物の鞍馬葉子と本物の尾上カナイが入れ替わっているのではないか。イルマにはそんな気がした。
鞍馬葉子には山田を殺す動機があった。それは間違いない。
だが、目の前にいる女は、高校時代に死んだイルマの姉の死体を動かしていると言っていた。それが本当なら、殺した後面倒な死体の処理を行わなくてもよかった。死体を動かし、生きているように見せかければいいからだ。
鞍馬や姉の向こう、リビングの奥で死亡している藤島大地も、いつ動き出すかわからなかった。
工藤明と同じでやはり素雲教の信者のようだった。
だが、鞍馬は違うようだった。
藤島を殺していることから、それは間違いなかった。
あまりに印象が薄く名前がもはや思い出せないが、認知症の母親を殺したイルマの担任の教師のように、鵜山京一郎という刑事から殺人を依頼されたのかもしれない。
藤島がなぜ田中大輔という男を殺したのかはわからない。『救済のため』という理屈だったそうだが、それ以上のことはーーやはり見えた。
イルマはまた、いつの間にかE.O.P.レベルが上がっていたようだった。
藤島の死体に目を凝らすだけで、それが見えるようになっていた。
ーー身内に『千のコスモの会』の会員がいる限り、死ぬまで骨をしゃぶりつくされる。
これは田中大輔の言葉だろうか。
藤島の友人関係には、田中大輔の名前があり、その関係性は「親友」であると同時に「いとこ」とあった。
さらに田中に対する罪状として「自殺幇助」とあった。
自殺とは、言うまでもなく自ら命を絶つことだ。自殺することは犯罪ではない。殺人罪の「人」とは、他人を指すからだ。自らを殺すことは罪にはならない。
自殺教唆は、自殺の意思のない者に、故意に自殺意思を生じさせることを言う。自殺を決意させる方法には、特に限定はない。たとえば、「死んでほしい」などと執拗にメッセージを送って、被害者本人を自殺に追い込む行為が自殺教唆にあたる。
藤島が田中に行った自殺幇助とは、すでに自殺を決意している者に対して、自殺行為を容易にさせることや自殺行為の援助をすることだ。つまり、自ら命を絶とうとしている人の自殺行為を手伝った場合に自殺幇助罪に問われることになる。
藤島は田中を本当に救済しようとしたのかもしれなかった。
ーーなんでお母さんに死んだらいいなんて言うの?聖地に行くからお金を貸して。聖地に行かないと死んでしまう。鬱なのに、あんたがわたしに死ねって言うから、わけわからんことになってる。
これは、田中が自殺を決意するほど苦しめていた母親の言葉だろうか?
身内に『千のコスモの会』の会員がいる限り、死ぬまで骨をしゃぶりつくされる。
この言葉と結びつけると、田中の母親は千のコスモの会の信者だったのだろう。
与党議員と密接な繋がりがあり、多額の献金を要求することで問題になっていた宗教団体だった。
聖地は確か、レヴァンテという名前の国のグランディという土地だった。
たとえば、マイナ保険証は病院や薬局ではパスワードを忘れてしまっても顔認証システムが使えるが、市役所では顔認証システムは使えない。
顔認証システムには相当な税金が使われていそうだが、市役所には見慣れたあの機械がないからだ。
そのため、パスワードの入力が必要になる。だからといって市役所の職員を怒鳴ったところでどうにもならない。
そういうシステム的な問題だったのだろう。
マイナンバーカードのパスワードを忘れてしまったとしたら、それは忘れた人間の落ち度であり、パスワード変更の手続きをさせてもらう側になる。怒鳴れる立場ではないし、そもそも職員を怒鳴ったところで顔認証システムの市役所に機械が導入されるわけではない。
山田の場合も、一職員の裁量で前例や特例を作ってしまい、そんなことがもし広まってしまえば、それが市民の間で当たり前になってしまう。そうなると、それはもう一職員の問題ではなく市役所の問題になってしまう。特に警察が関わるものであるのなら、本当にどうにもならないことだったのだろう。
だが、山田はそのことに気づくことができなかった。だから職員に怒りをぶつけたのだ。
山田という男は、おそらくは知能指数が低いか、論理的な思考ができない男だったのだろう。大学には行っているかもしれない。だが、それほどレベルの高い大学ではない。Fランクと呼ばれる大学でも、大学は大学だ。だからプライドも高かったのだろう。
マイナンバーカードを作りたくないという発言から、何かしらの思想や陰謀論に染まっていたとも考えられる。
この街を出ていくということは住所変更のようなものだったのだろうか?
だが、数か月前だとすると夏だ。転勤の時期ではない。転勤が必ずしも春だとは限らないが。
癇癪持ちで仕事でもトラブルを起こしやすかったのかもしれない。リストラされたか、自分からやめることになったりしたのかもしれない。
この街は街おこしのために日本で一番最低賃金を高くしている街だ。
フリーターでもアルバイトを掛け持ちせずに充分に生活をしていけるだけの給与をもらえる。
工藤明もこの街の銀行員であったから、年収は銀行員の平均年収よりも高かったはずだが、あの男はイルマにも分かりやすく上司と自分の給料の差を説明してくれただけだろう。
山田が仕事をやめて引っ越そうとしていたのだとしたら、相当なことをしでかしたのかもしれない。
私生活もうまくいってなかったのだろう。だから心に余裕がなかった。きっとそんなところだろうと思った。
山田に怒鳴られ続けた市役所の職員が犯人であり、その犯人の名前が、鞍馬葉子だった。
年も24歳で、目の前にいる女と一致していた。
尾上カナイという名前は偽名なのだ。
姉の名前がイルマには狐野エミリと見えるようになっていたように、E.O.P.レベルを上げて他人から見える名前を変更したのだ。
正確には、目の前にいるのは本物の鞍馬葉子ではないのかもしれなかった。
イルマの目には、鞍馬が市役所に勤務していたことや、山田を殺害したという情報が見えなかったからだ。
名前以外の情報も改竄しているのかもしれないが、本物の鞍馬葉子と本物の尾上カナイが入れ替わっているのではないか。イルマにはそんな気がした。
鞍馬葉子には山田を殺す動機があった。それは間違いない。
だが、目の前にいる女は、高校時代に死んだイルマの姉の死体を動かしていると言っていた。それが本当なら、殺した後面倒な死体の処理を行わなくてもよかった。死体を動かし、生きているように見せかければいいからだ。
鞍馬や姉の向こう、リビングの奥で死亡している藤島大地も、いつ動き出すかわからなかった。
工藤明と同じでやはり素雲教の信者のようだった。
だが、鞍馬は違うようだった。
藤島を殺していることから、それは間違いなかった。
あまりに印象が薄く名前がもはや思い出せないが、認知症の母親を殺したイルマの担任の教師のように、鵜山京一郎という刑事から殺人を依頼されたのかもしれない。
藤島がなぜ田中大輔という男を殺したのかはわからない。『救済のため』という理屈だったそうだが、それ以上のことはーーやはり見えた。
イルマはまた、いつの間にかE.O.P.レベルが上がっていたようだった。
藤島の死体に目を凝らすだけで、それが見えるようになっていた。
ーー身内に『千のコスモの会』の会員がいる限り、死ぬまで骨をしゃぶりつくされる。
これは田中大輔の言葉だろうか。
藤島の友人関係には、田中大輔の名前があり、その関係性は「親友」であると同時に「いとこ」とあった。
さらに田中に対する罪状として「自殺幇助」とあった。
自殺とは、言うまでもなく自ら命を絶つことだ。自殺することは犯罪ではない。殺人罪の「人」とは、他人を指すからだ。自らを殺すことは罪にはならない。
自殺教唆は、自殺の意思のない者に、故意に自殺意思を生じさせることを言う。自殺を決意させる方法には、特に限定はない。たとえば、「死んでほしい」などと執拗にメッセージを送って、被害者本人を自殺に追い込む行為が自殺教唆にあたる。
藤島が田中に行った自殺幇助とは、すでに自殺を決意している者に対して、自殺行為を容易にさせることや自殺行為の援助をすることだ。つまり、自ら命を絶とうとしている人の自殺行為を手伝った場合に自殺幇助罪に問われることになる。
藤島は田中を本当に救済しようとしたのかもしれなかった。
ーーなんでお母さんに死んだらいいなんて言うの?聖地に行くからお金を貸して。聖地に行かないと死んでしまう。鬱なのに、あんたがわたしに死ねって言うから、わけわからんことになってる。
これは、田中が自殺を決意するほど苦しめていた母親の言葉だろうか?
身内に『千のコスモの会』の会員がいる限り、死ぬまで骨をしゃぶりつくされる。
この言葉と結びつけると、田中の母親は千のコスモの会の信者だったのだろう。
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