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千のコスモの会の聖地であるレヴァンテという国のグランディという土地は遠い。確かヨーロッパの方にあった。
イルマは海外旅行にいったことはなかったが、往復の飛行機代だけでおそらく数十万円はかかるだろう。
ホテル代やらなんやらを考えたら100万円ほどはかかるかもしれない。
田中大輔の母親は、教団に多額の献金をしていたのかもしれない。千のコスモの会では、財産を持つことが罪であるとされており、そのすべてを教団に献金しなければ地獄に落ちると教えられるとニュースでやっていた。そのため、家や土地を売る者が数多くいるらしい。
100万円は大金だ。田中の職業次第では3~5ヶ月分くらいの給料になるだろう。この街で働いていたのなら、2~3ヶ月分くらいですんだかもしれないがそれでも大金だ。
全財産を手放した母親に金を無心され、田中は死にたがっていた?
藤島が自殺幇助をしたのは、そういう理由かもしれなかった。
いや、だとしても罪は罪だ。藤島大地は犯罪者でしかない。
今は田中や藤島のことを考えるのはやめよう。
イルマは目の前で起きている現実に向き直った。
ーーお前はわたしの『ホワイトフォクシーズ』のうちのひとりだったはずだ。何故わたしの式神のような存在に過ぎない『四尾の狐』が、わたしに似たギフトを持っている?
ーーあんた知ってたはずだよねぇ?こいつが高校のときにとっくに死んでること。その死体を使って、わたしのギフトで動かしてあげてるだけだってこと。
先ほど鞍馬葉子が姉のエミリや萌衣に言ったこの言葉から、姉は高校時代に一度死んでいるのかもしれない。
そのことがイルマにとってははるかに問題だった。
「わたしはお前に命令を下したはずだ。木島玲と共にこの村を滅ぼせと」
「そんな命令、知らない……! 足切村を滅ぼす? とっくに滅んでるようなもんでしょ? 足切村はもう地図にはないんだから」
姉とイルマが引っ越してきた8年前にはもう足切村は厩戸見市の一部だった。足切村は地図には存在しなかった。
「市町村合併によって、因習村の名が地図から消えただけだ。罪人とその子孫が足を切られ続けてきた村を、いつまでも地図に残しておくわけにはいかなかったらしいからな」
「滅ぼしたければ、あなたが滅ぼせばいいじゃない? あなたもギフトを持ってるんでしょ?」
鞍馬葉子が持つという死体を操るネクロマンサーのようなギフトがあれば、簡単な話に思えた。
「お前は知らないのか? 日本では土葬が禁止されている。1948年、戦後すぐのことだ。『墓地、埋葬等に関する法律』が制定されて以降、多くの自治体が条例で土葬を制限したからだ。最初に禁止されたのは足切村を含むこの辺りの地域だった。きっと、わたしと同じギフトを持つ者がいたんだろうな」
その法律自体が土葬を直接禁止しているわけではないが、都市部の墓地不足や衛生問題から、各自治体の条例で火葬が義務付けられるようになったため、結果的に土葬が実質的に禁止される形になったという。
ほんの80年ほど前まで土葬が禁止されていなかったことにイルマは驚かされた。土葬されていたのはせいぜい江戸時代までで、明治には完全に火葬に切り替わっていたのだと思っていた。
「今でも土葬ができるのは、ごく限られた地域だけだ。Y県やG県、I県、M県、T県、K県などの一部の地域だけ。 僻地や離島などでも土葬が風習として残っている地域もあるようだがな」
またイルマの目に情報が流れ込んできた。
明治時代に、コレラなどの伝染病の流行による公衆衛生上の理由や、人口増加に伴う土葬用墓地の不足から、火葬が推奨されるようになったという。
そのときも足切村から真っ先に火葬が行われたとあった。ネクロマンサーのようなギフトを持つ者がいたのだろう。
だが、当初は火葬禁止令が出された時期もあったらしい。その理由はわからない。ネクロマンサーのような力が必要だったからかもしれない。国が欲していたということだろうか。
しかし、すぐに撤廃され、衛生的な観点から土葬の制限が取られるようになった。あくまで制限だ。
当時は富国強兵の時代だ。日清・日露戦争や第一次世界大戦や太平洋戦争と、死体を動かす力はずっと必要とされてきたのだ。
やはり、イルマの認識は間違ってはいなかったが、法律や条例という形でしっかりと制度化されたのが戦後だったということのようだった。
「誰だか知らないけど、長々とご説明ありがとう。でも、ごめんなさい、わたしには見えるの。それくらいのこと」
「自分のことは見えていないようだがな。だが、さすがは神の目の持ち主といったところか。素雲教が欲しがるだけのことはある。警察もお前の力を欲しがっているらしいしな」
「わたしを殺すつもりなのか、どこかに連れていくつもりなのかはわからないけど、わたしの弟や萌衣が来る前に済ませるべきだったわね。あなたのギフトじゃ、あのふたりには勝てないわ」
鞍馬葉子は萌衣の存在には気づいていたが、イルマの存在には気づいていなかったらしい。そのときになってようやくイルマの顔を見た。
「お前はあのときの子どもか。大きくなったな。もう高校生か?」
彼女はイルマのことも知っているようだった。
「ぼくのことを知ってるのか?」
当然だ。イルマの問いに、彼女はまるでそう言わんばかりの顔をした。
「殺されかけてるわたしを守るためなら、わたしたちの脳に住み着いてるナノマシンも正当防衛と判断する」
姉はイルマに助けを乞うていた。今すぐにでも助け出したかった。だが、イルマは鞍馬葉子には隙がないように感じていた。
姉の襟首をつかみもちあげているため、左手は塞がり、右手にはナイフがある。背中はがら空きだ。
しかし、そんな体勢であっても、鞍馬にはどこから攻撃をしかけても払い除けられてしまうような圧倒的な強さを感じた。
彼女はこれまでに見てきたどんな犠巫徒よりも強い。気やオーラのようなものをまとっているような、近づくだけで殺されてしまうような、そんな恐怖を感じた。
「人体発火は起きないというわけか? それはすでに死んでいる人間を守るためにも成立するのか?」
鞍馬にとって姉が一度死んだ存在という認識は変わらないようだった。
「姉さんが死んでるっていうのは本当なのか?」
姉を助ける前に、鞍馬を殺してしまう前にどうしてもそれを訊きたいと思った。
イルマは海外旅行にいったことはなかったが、往復の飛行機代だけでおそらく数十万円はかかるだろう。
ホテル代やらなんやらを考えたら100万円ほどはかかるかもしれない。
田中大輔の母親は、教団に多額の献金をしていたのかもしれない。千のコスモの会では、財産を持つことが罪であるとされており、そのすべてを教団に献金しなければ地獄に落ちると教えられるとニュースでやっていた。そのため、家や土地を売る者が数多くいるらしい。
100万円は大金だ。田中の職業次第では3~5ヶ月分くらいの給料になるだろう。この街で働いていたのなら、2~3ヶ月分くらいですんだかもしれないがそれでも大金だ。
全財産を手放した母親に金を無心され、田中は死にたがっていた?
藤島が自殺幇助をしたのは、そういう理由かもしれなかった。
いや、だとしても罪は罪だ。藤島大地は犯罪者でしかない。
今は田中や藤島のことを考えるのはやめよう。
イルマは目の前で起きている現実に向き直った。
ーーお前はわたしの『ホワイトフォクシーズ』のうちのひとりだったはずだ。何故わたしの式神のような存在に過ぎない『四尾の狐』が、わたしに似たギフトを持っている?
ーーあんた知ってたはずだよねぇ?こいつが高校のときにとっくに死んでること。その死体を使って、わたしのギフトで動かしてあげてるだけだってこと。
先ほど鞍馬葉子が姉のエミリや萌衣に言ったこの言葉から、姉は高校時代に一度死んでいるのかもしれない。
そのことがイルマにとってははるかに問題だった。
「わたしはお前に命令を下したはずだ。木島玲と共にこの村を滅ぼせと」
「そんな命令、知らない……! 足切村を滅ぼす? とっくに滅んでるようなもんでしょ? 足切村はもう地図にはないんだから」
姉とイルマが引っ越してきた8年前にはもう足切村は厩戸見市の一部だった。足切村は地図には存在しなかった。
「市町村合併によって、因習村の名が地図から消えただけだ。罪人とその子孫が足を切られ続けてきた村を、いつまでも地図に残しておくわけにはいかなかったらしいからな」
「滅ぼしたければ、あなたが滅ぼせばいいじゃない? あなたもギフトを持ってるんでしょ?」
鞍馬葉子が持つという死体を操るネクロマンサーのようなギフトがあれば、簡単な話に思えた。
「お前は知らないのか? 日本では土葬が禁止されている。1948年、戦後すぐのことだ。『墓地、埋葬等に関する法律』が制定されて以降、多くの自治体が条例で土葬を制限したからだ。最初に禁止されたのは足切村を含むこの辺りの地域だった。きっと、わたしと同じギフトを持つ者がいたんだろうな」
その法律自体が土葬を直接禁止しているわけではないが、都市部の墓地不足や衛生問題から、各自治体の条例で火葬が義務付けられるようになったため、結果的に土葬が実質的に禁止される形になったという。
ほんの80年ほど前まで土葬が禁止されていなかったことにイルマは驚かされた。土葬されていたのはせいぜい江戸時代までで、明治には完全に火葬に切り替わっていたのだと思っていた。
「今でも土葬ができるのは、ごく限られた地域だけだ。Y県やG県、I県、M県、T県、K県などの一部の地域だけ。 僻地や離島などでも土葬が風習として残っている地域もあるようだがな」
またイルマの目に情報が流れ込んできた。
明治時代に、コレラなどの伝染病の流行による公衆衛生上の理由や、人口増加に伴う土葬用墓地の不足から、火葬が推奨されるようになったという。
そのときも足切村から真っ先に火葬が行われたとあった。ネクロマンサーのようなギフトを持つ者がいたのだろう。
だが、当初は火葬禁止令が出された時期もあったらしい。その理由はわからない。ネクロマンサーのような力が必要だったからかもしれない。国が欲していたということだろうか。
しかし、すぐに撤廃され、衛生的な観点から土葬の制限が取られるようになった。あくまで制限だ。
当時は富国強兵の時代だ。日清・日露戦争や第一次世界大戦や太平洋戦争と、死体を動かす力はずっと必要とされてきたのだ。
やはり、イルマの認識は間違ってはいなかったが、法律や条例という形でしっかりと制度化されたのが戦後だったということのようだった。
「誰だか知らないけど、長々とご説明ありがとう。でも、ごめんなさい、わたしには見えるの。それくらいのこと」
「自分のことは見えていないようだがな。だが、さすがは神の目の持ち主といったところか。素雲教が欲しがるだけのことはある。警察もお前の力を欲しがっているらしいしな」
「わたしを殺すつもりなのか、どこかに連れていくつもりなのかはわからないけど、わたしの弟や萌衣が来る前に済ませるべきだったわね。あなたのギフトじゃ、あのふたりには勝てないわ」
鞍馬葉子は萌衣の存在には気づいていたが、イルマの存在には気づいていなかったらしい。そのときになってようやくイルマの顔を見た。
「お前はあのときの子どもか。大きくなったな。もう高校生か?」
彼女はイルマのことも知っているようだった。
「ぼくのことを知ってるのか?」
当然だ。イルマの問いに、彼女はまるでそう言わんばかりの顔をした。
「殺されかけてるわたしを守るためなら、わたしたちの脳に住み着いてるナノマシンも正当防衛と判断する」
姉はイルマに助けを乞うていた。今すぐにでも助け出したかった。だが、イルマは鞍馬葉子には隙がないように感じていた。
姉の襟首をつかみもちあげているため、左手は塞がり、右手にはナイフがある。背中はがら空きだ。
しかし、そんな体勢であっても、鞍馬にはどこから攻撃をしかけても払い除けられてしまうような圧倒的な強さを感じた。
彼女はこれまでに見てきたどんな犠巫徒よりも強い。気やオーラのようなものをまとっているような、近づくだけで殺されてしまうような、そんな恐怖を感じた。
「人体発火は起きないというわけか? それはすでに死んでいる人間を守るためにも成立するのか?」
鞍馬にとって姉が一度死んだ存在という認識は変わらないようだった。
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