情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア -THE NEW WORLD MAKER-

あめの みかな

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#55

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「どうしたんだ?壊していいぞ。その代わり、ご主人様の心臓は潰れるけどな」

まだ10時間ほど前に戦ったばかりの、トランスジェンダーの息子を殺した元自衛官の男から、姉や萌衣、木島を守るために五臓六腑すべてを別のものに変えたばかりだったからだ。
自分以外の人間の五臓六腑を変化させることも元に戻すことも、今のイルマには容易いことだった。

あの元自衛官の男の名は何だったろうか? 木村壮介という名前だっただろうか?
あまりよくない傾向だと思った。
物忘れが始まっていた。
認知症の母親を殺した担任教師から受けたギフトのせいで、若年性認知症が始まっているのかもしれない。
こんな連中に構っている暇などなかった。
病気を完治させるヒーラーか、あるいは肉体の時を巻き戻すことのできるギフトを持つ犠巫徒を早く見つけなければいけなかった。
自分のことはいい。姉を早く治さなければいけない。可能なら萌衣の目も治したかった。
いや、萌衣はーー
味方ではないかもしれなくても、信じられなくても、治したいと思ってしまう自分は甘いだろうか? イルマにはよくわからなくなってしまっていた。
敵だったときは、そのとき考えればいい。

「ウィン、あんたはやっぱり顔だけだね。頭悪すぎ。ペラペラ喋ってる暇があったら、さっさとそいつの首を切り落とせばよかったんだよ」

「すみません……葉子様」

狐野ウィンは拘束具にとらわれたまま謝罪すると、恨みがましい目をして鞍馬の体の中に消えていった。主人の心臓から作られた拘束具を壊されることを恐れたのだろう。
姉はそのやりとりを見終わると、フフフと笑った。

「何がおかしい?狐野エミリ」

「だって今の、口を動かす暇があったら手を動かせってやつでしょ? なんか、中小企業にいまだにいるパワハラ上司みたいだなって思ったから」

もしかしたら、姉の会社にはそういう人がいるのかもしれない。
姉は、自分の話を他人の話のようにして話すことがときどきあった。ドラマなどでよく女性キャラクターがするやつだった。

「大企業にはちゃんとコンプラの部署があるけど、中小企業にはそんなのないでしょ? あんたみたいなお局様が山ほどいるって聞いたことあるなぁって」

そういうものなのかとイルマは感心した。いや、感心している場合ではなかったのだが。

「鞍馬葉子、あんたは誰に言われて姉さんを殺しにきた? 素雲教か? それとも警察にいる鵜山か?」

イルマは鞍馬にそう問うた。おそらくそのどちらでもないであろうことはわかっていた。
素雲教も警察も姉の神の目を欲しがっている。鞍馬は先ほどそう言っていたからだ。

「さっきから言ってるだろう?お前たち姉弟と木島玲はわたしのギフト『ホワイトフォクシーズ』によって動いているだけの死体だ。その死体がわたしの命令に背き、勝手な行動を取っているだけじゃなく、ギフトにまで目覚めて、また警察の真似事をし始めた。だからわたしはお前たちを回収しにきただけだ」

そういう約束だった、そうだろ? と、鞍馬は萌衣を見て言った。
萌衣は奥歯を噛み締めていた。彼女の癖だった。ギリギリという音が聞こえてきた。今にも奥歯が割れてしまいそうだった。
高校時代にふたりは何かしらの約束をしたということなのだろう。

「さっきから気になってたんだが、そこの男の死体はなんだ?狐野エミリ、お前が殺したのか?」

藤島大地の死体に目をやると鞍馬が言った。
イルマは彼女が殺したのだと思い込んでいたが、どうやら違っていたらしかった。
その様子から、彼女が来たときにはすでに死んでいたのだろう。

「萌衣さん、ぼくや姉さんが本当にすでに死んでいて、この人のギフトで死体が動かされているだけだとしたら、この人を生かしたまま捕獲することができれば、ぼくたちが死体に戻ることはないよね?」

殺せば確実にギフトが解ける。それはなんとなくわかっていた。だから、鞍馬葉子のことは生かして捕える必要があった。
電動キックボードに乗っていた男、工藤明と同じように『時間という概念が存在しない世界のようなもの』を作り出し、その世界に取り込めば、いますぐにでも殺さず無力化することができるはずだった。
だが、確証がなかった。

「イルマくん、まだわたしを信じてくれるの?」

萌衣を信じられるかどうかはわからない。味方かどうかもわからない。敵かもしれない。

「萌衣さんを疑うことは、ぼくの初恋が間違いだったことになるから。信じられるかどうかじゃない気がするんだよね」

イルマはただただ萌衣を信じたかった。
萌衣が自分を殺すわけがない。たぶん自分は姉の死を受け入れることができず、自殺しようとしたことがあったのだろう。そして、本当に死んでしまったのだろう。
萌衣が鞍馬葉子のギフトに頼ったのは、彼女にとって姉や自分がそれくらい大切な、失いたくない存在だったからだろう。木島玲もまた、萌衣にとってはそういう存在だったのだ。

「エミリちゃんもイルマくんも、ギフトで命を繋ぎ止められたのは確かだよ。でもふたりとも、人格までは奪われなかった。力を利用しただけ。玲くんもそう。だから、『ホワイトフォクシーズ』なら本来目覚めることのないはずのギフトに目覚めたんだよ。ギフトで産み出された存在は犠巫徒になれるはずがないのに。たぶん足切様の……ううん、白目病のおかげなんだと思う」

狐野ウィンがギフトを使わなかったのは、使わなかったのではなく使うことができなかったのだろう。自分の肉体すら持ってはいなかったからだ。
姉の『リモート・ワーカーズ』で産み出された姉のコピーがギフトを使うことができないのとたぶん同じ理由だった。

「3人はもう『ホワイトフォクシーズ』じゃないんだと思う。人の肉体の中にギフトで命が繋ぎ止められたことで、人を超える存在になったんだと思う。3人は特別な犠巫徒なの」

萌衣はやはり敵ではなかったのだ。
自分や姉や木島の見張り役だったのかもしれない。
だが、それは最初だけだったのだろう。

「ねぇ、聞いてた? うちのイルマはあんたを無力化する方法を知ってるみたいだけど、どうする?」

姉は強気だった。信じてくれていた。そして、勝てると確信していた。

「そんなギフト、あると思うか?」

懐疑的だったのはこの場で鞍馬葉子だけだった。

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