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高校にはもう2ヶ月以上行ってはいなかった。
イルマの担任教師だった男が、認知症の母親を殺し、足切池に遺棄した罪について自首をしてから1週間、高校は休みになっていたが、その後は通常通りに戻っていた。
高校に行っていなかったのは、どこに犠巫徒がいるかわからないからと、姉や萌衣に登校を止められていたからだった。
姉も、出勤や恋人とのデートはアイカワラズ『リモートワーカーズ』にまかせていた。
「ねぇ、イルマくん、萌衣ちゃんの彼氏って会ったことある? どんな人なのかな?」
萌衣は、ハロウィンの日にイルマがプレゼントした「失明した人間の目が見えるようになる眼鏡のようなもの」をつけてくれていた。
彼女がそれをつけてくれていることが、イルマはとても嬉しかった。
あの日、「失明した人間の目が見えるようになる眼鏡のようなもの」と「失明した人間の目が見えるようになるコンタクトレンズのようなもの」を彼女にプレゼントしたのは、彼女の誕生日がハロウィン当日である10月31日だったからだ。
「コンタクトレンズのようなもの」は、カラーコンタクトで、白目病にで白濁化した萌衣の黒目を再現することもできるものだったが、なかなかつけてもらえなかった。
萌衣曰く、目に何かを入れることが怖いというありがちな理由だけでなく、「眼鏡のようなもの」を使うか、ギフトである「キャッスル」を使うかしないと目が見えないため、「コンタクトレンズのようなもの」をうまく目に入れたりはずしたりができないかららしかった。
それはイルマにとって盲点だった。
だから、イルマは「失明した人間の目が見えるようになる眼鏡のようなもの」を「失明した人間の目が見えるようになるだけでなく、白濁した黒目も元通りに見える眼鏡のようなもの」に作り替えていた。
イルマにとって初恋の萌衣は、白濁した目のままでも、十分すぎるくらいかわいらしくきれいだった。再会したときに二度目の恋をした。
7~8年前に出会ったばかりの頃と、彼女の見た目はあまり変わっておらず、女子高生だと言われればそう見えてしまうほど童顔でもあった。
「眼鏡のようなもの」をかけてくれたとき、イルマは萌衣に三度目の恋をした。
「それ、ぼくが萌衣さんに聞こうと思ってたことだよ。萌衣さんも知らないんだ?」
姉の恋人については、名前を聞いたことがあったかもしれない。同じ会社の人で年上だったような気もする。
だが、それ以上のことは思い出せなかった。
いまだに担任教師だった男のギフトの効果は続いており、若年性認知症によって、イルマの頭からは記憶が次々と抜け落ちてしまっていたからだった。
だが、確信をもって言えることがひとつだけあった。
イルマは姉の彼氏の顔を見たことは一度もなかった。実物も写真も見たことがない。
姉の話にときどき登場するくらいで、本当にそんな男が存在するのかどうかすらわからなかった。
萌衣もまた、そうらしかった。
彼女はあの亜空間の生徒指導室には入っていない。だから、若年性認知症にはなっていないはずだったが、そもそも姉の恋人の話をほとんど聞いたことがないようだった。
萌衣もこの2ヶ月以上、足切神社には戻らず、村戸家に居候したままだった。
姉や萌衣と過ごす毎日は楽しかった。
だが、イルマが登校しないうちに高校は冬休みが始まってしまっていた。
クラスメイトの鵜山恭助(うやま きょうすけ)から、出席日数は大丈夫か? とイルマを心配する電話が一度だけあった。
イルマはその問いに大丈夫じゃないかもしれないとだけ答えた。
なぜ学校に来ないんだ? と問われたが、理由は説明できなかった。
姉や自分の身に危険が迫っているからだと説明しても信じてもらえないだろう。それに彼には嘘をつきたくもなかった。
たとえ信じてくれたとしても、鵜山がもしそのことを刑事である父親に話したりすれば困ったことになってしまう。
鵜山は、高校でのイルマの唯一の友達だったが、彼の父親は厩戸見署の刑事であり、姉の「神の目」を欲しがっている鵜山京一郎だ。
だから彼とはもう会うことはないかもしれないなと思った。
2ヶ月間、警察や素雲教の刺客は現れていなかったが、刺客は今日襲われるかもしれないし、明日襲われるかもしれない。
イルマはいつ友達の父親と戦うことになるかもしれない状況にあったのだ。
高校などもうさっさとやめてしまって、高校卒業資格を取るための勉強を始めた方がいいのかもしれない。
大学にも行きたかったが、通信制かすべてリモートですませることができる大学以外は危険かもしれなかった。
資格を取って手に職をつけることの出来る大学か、あるいは専門学校がいいだろう。将来的に仕事を選ぶときはリモートワークが可能な仕事しか選択肢はないかもしれない。
はじまりはデジタル社会に疲れた両親のデジタルデトックスや田舎暮らしへの憧れだった。
それが自分達を人体発火に追い込むことや、イルマや姉に不自由な人生を送らせることになるとは、両親も夢にも思わなかっただろう。
見た目は田舎だが、この街や村は今や情報迷宮≪実験≫都市だ。
一部の人間は、情報迷宮都市アルゴリアと呼んでいた。
アルゴリアとは、おそらくアルゴリズムを語源としているのだろう。もしかしたら、旧世紀の人々が恐れたというノストラダムスの大予言に登場するアンゴルモアの大王という存在も、アルゴリアの語源のひとつかもしれない。
アルゴリアはナノマシン入りのワクチンを接種し、犯罪行為から普段の言動までがすべてがスコアで管理されたディストピアだ。
白目病を煩いE.O.P.レンズの手術を受けたものだけがそれを知っている。知らずに生きていけたらどんなに楽だったろうか。
そんなことばかり、イルマはこの2ヶ月の間考えていた。
足切池から発見された9体の遺体のうち、その犯人のうちの2人は警察に自首あるいは逮捕させることができていたが、それ以外の3人はイルマの体の中にいるという状況だった。
鞍馬葉子に至っては尾上カナイではないため、犯人ですらなかった。
本物の尾上カナイが鞍馬葉子と名乗っていたとしても見つけるには相当骨が折れるだろう。
イルマの担任教師だった男が、認知症の母親を殺し、足切池に遺棄した罪について自首をしてから1週間、高校は休みになっていたが、その後は通常通りに戻っていた。
高校に行っていなかったのは、どこに犠巫徒がいるかわからないからと、姉や萌衣に登校を止められていたからだった。
姉も、出勤や恋人とのデートはアイカワラズ『リモートワーカーズ』にまかせていた。
「ねぇ、イルマくん、萌衣ちゃんの彼氏って会ったことある? どんな人なのかな?」
萌衣は、ハロウィンの日にイルマがプレゼントした「失明した人間の目が見えるようになる眼鏡のようなもの」をつけてくれていた。
彼女がそれをつけてくれていることが、イルマはとても嬉しかった。
あの日、「失明した人間の目が見えるようになる眼鏡のようなもの」と「失明した人間の目が見えるようになるコンタクトレンズのようなもの」を彼女にプレゼントしたのは、彼女の誕生日がハロウィン当日である10月31日だったからだ。
「コンタクトレンズのようなもの」は、カラーコンタクトで、白目病にで白濁化した萌衣の黒目を再現することもできるものだったが、なかなかつけてもらえなかった。
萌衣曰く、目に何かを入れることが怖いというありがちな理由だけでなく、「眼鏡のようなもの」を使うか、ギフトである「キャッスル」を使うかしないと目が見えないため、「コンタクトレンズのようなもの」をうまく目に入れたりはずしたりができないかららしかった。
それはイルマにとって盲点だった。
だから、イルマは「失明した人間の目が見えるようになる眼鏡のようなもの」を「失明した人間の目が見えるようになるだけでなく、白濁した黒目も元通りに見える眼鏡のようなもの」に作り替えていた。
イルマにとって初恋の萌衣は、白濁した目のままでも、十分すぎるくらいかわいらしくきれいだった。再会したときに二度目の恋をした。
7~8年前に出会ったばかりの頃と、彼女の見た目はあまり変わっておらず、女子高生だと言われればそう見えてしまうほど童顔でもあった。
「眼鏡のようなもの」をかけてくれたとき、イルマは萌衣に三度目の恋をした。
「それ、ぼくが萌衣さんに聞こうと思ってたことだよ。萌衣さんも知らないんだ?」
姉の恋人については、名前を聞いたことがあったかもしれない。同じ会社の人で年上だったような気もする。
だが、それ以上のことは思い出せなかった。
いまだに担任教師だった男のギフトの効果は続いており、若年性認知症によって、イルマの頭からは記憶が次々と抜け落ちてしまっていたからだった。
だが、確信をもって言えることがひとつだけあった。
イルマは姉の彼氏の顔を見たことは一度もなかった。実物も写真も見たことがない。
姉の話にときどき登場するくらいで、本当にそんな男が存在するのかどうかすらわからなかった。
萌衣もまた、そうらしかった。
彼女はあの亜空間の生徒指導室には入っていない。だから、若年性認知症にはなっていないはずだったが、そもそも姉の恋人の話をほとんど聞いたことがないようだった。
萌衣もこの2ヶ月以上、足切神社には戻らず、村戸家に居候したままだった。
姉や萌衣と過ごす毎日は楽しかった。
だが、イルマが登校しないうちに高校は冬休みが始まってしまっていた。
クラスメイトの鵜山恭助(うやま きょうすけ)から、出席日数は大丈夫か? とイルマを心配する電話が一度だけあった。
イルマはその問いに大丈夫じゃないかもしれないとだけ答えた。
なぜ学校に来ないんだ? と問われたが、理由は説明できなかった。
姉や自分の身に危険が迫っているからだと説明しても信じてもらえないだろう。それに彼には嘘をつきたくもなかった。
たとえ信じてくれたとしても、鵜山がもしそのことを刑事である父親に話したりすれば困ったことになってしまう。
鵜山は、高校でのイルマの唯一の友達だったが、彼の父親は厩戸見署の刑事であり、姉の「神の目」を欲しがっている鵜山京一郎だ。
だから彼とはもう会うことはないかもしれないなと思った。
2ヶ月間、警察や素雲教の刺客は現れていなかったが、刺客は今日襲われるかもしれないし、明日襲われるかもしれない。
イルマはいつ友達の父親と戦うことになるかもしれない状況にあったのだ。
高校などもうさっさとやめてしまって、高校卒業資格を取るための勉強を始めた方がいいのかもしれない。
大学にも行きたかったが、通信制かすべてリモートですませることができる大学以外は危険かもしれなかった。
資格を取って手に職をつけることの出来る大学か、あるいは専門学校がいいだろう。将来的に仕事を選ぶときはリモートワークが可能な仕事しか選択肢はないかもしれない。
はじまりはデジタル社会に疲れた両親のデジタルデトックスや田舎暮らしへの憧れだった。
それが自分達を人体発火に追い込むことや、イルマや姉に不自由な人生を送らせることになるとは、両親も夢にも思わなかっただろう。
見た目は田舎だが、この街や村は今や情報迷宮≪実験≫都市だ。
一部の人間は、情報迷宮都市アルゴリアと呼んでいた。
アルゴリアとは、おそらくアルゴリズムを語源としているのだろう。もしかしたら、旧世紀の人々が恐れたというノストラダムスの大予言に登場するアンゴルモアの大王という存在も、アルゴリアの語源のひとつかもしれない。
アルゴリアはナノマシン入りのワクチンを接種し、犯罪行為から普段の言動までがすべてがスコアで管理されたディストピアだ。
白目病を煩いE.O.P.レンズの手術を受けたものだけがそれを知っている。知らずに生きていけたらどんなに楽だったろうか。
そんなことばかり、イルマはこの2ヶ月の間考えていた。
足切池から発見された9体の遺体のうち、その犯人のうちの2人は警察に自首あるいは逮捕させることができていたが、それ以外の3人はイルマの体の中にいるという状況だった。
鞍馬葉子に至っては尾上カナイではないため、犯人ですらなかった。
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