67 / 109
#65
しおりを挟む
「尾上カナイって人は、市役所の職員じゃなかったの? 中卒の一般人ってどういうこと?」
萌衣の問いは至極全うなものだった。
日本で市役所の市民課などの一般的な事務職に中卒で就けるかは、かなり難しいだろう。
公務員になるには、学歴条件があることが多いからだ。
公務員試験は一般に「大卒程度」「高卒程度」「短大・専門卒程度」など学力レベルで区分されており、学歴や最終卒業校が応募資格になる試験が多い。
たとえばある省庁(中央官庁)の採用案内では、「大学・短大・高専・高校卒業、もしくはそれと同等の学力を有する者」が条件とされており、中卒は応募対象になっていない。
これらの採用枠・条件を見る限り、市役所の市民課のような事務職に中卒そのままで入る、というのは少なくとも標準的なルートではない。
ただし、中卒から公務員になることが完全に否定されているわけではない。制限があるだけだ。
だが、中卒でも公務員を目指せるという情報もある。「高卒程度試験(またはそれに準ずる試験)を受験できる」という説明が存在する。
その場合、「履歴として高卒認定を取得する」「学力として高卒程度を満たす」必要がある、という注意書きが多い。
つまり、中卒のまま、何もせずに事務職系の公務員になるのはかなりハードルが高く、学力証明などで高卒相当とみなしてもらう必要がある場合が多い。
「尾上カナイの学歴も調べてあるよ。ちゃんと大学を出てる。文学部で、学生時代に小説の新人賞を取ったこともあるみたい」
「じゃあ、このコメントを書いた人は別の人なんじゃないかな? だって小説の新人賞を取る人が、あんなに文章が下手なわけないもの」
「でも、アカウントは間違いなく尾上のものなんだよ。尾上カナイは自分が神や上位次元の存在のように振る舞う動画をアップしてるアカウントで、こんな意味のわからないコメントもしてるんだ」
AIによれば、こういうタイプの“世界観”にたどり着く背景は、ひとつだけの理由で説明できるものではなく、いくつかの条件が重なったときに形になることが多いという。
1. 自分の人生に「理解不能な苦しみ」があったとき
目に見えない敵や巨大な陰謀を想像すると、“苦しみの理由がはっきりする”ように感じられる。
理不尽を「敵のせい」と言えると、つらさから一時的に逃げられるかららしい。
2. 孤立や孤独が長く続いていた場合
周囲と共有できない感覚が積み重なると、「自分だけが見ている真実がある」、「他の人は気づけない世界がある」という物語を作り始めやすいという。
人間はひとりで抱え込むと、世界の解釈がだんだん独自路線に育つようになっているらしい。
3. 偶然やストレスによる思考のゆらぎを“意味”として拾ってしまう
身体が弱っていたり、長期の不眠、極端なストレスが続くと、つながらないものがつながって見えたり、無関係な出来事に法則を見つけたくなるという状態になりやすいそうだ。
このあたりから「高次元」「超能力」「意識の戦争」みたいな語彙が自然に入ってくることもあるという。
4. 自分の苦しみを“使命”や“特別さ”で包みたくなる心理
つらさが大きいほど、「わたしには特別な役割がある」、「選ばれた者だから苦悩している」というストーリーは、心を守る盾になる。
だから、見えない敵と戦っている“唯一の存在”になっていくのね。
5. ネットの情報が燃料になり、物語が自己強化される
スピリチュアル系の断片、陰謀論の語句、SF的なワード…これらが本人の“感じていること”と結びつくと、世界観がひとつの体系として完成していく。
外から見ると唐突でも、本人の中ではすごく筋が通って見えているらしい。
そして一番大きいのは、そういう世界観を作ることが、「自分は負けていない」、「生き残ってきた」と感じられる支えになってしまうからだという。
この支えを手放すことは、本当に怖いことであり、だからこそ、こういう思想は強固になっていくそうだ。
「こういう文章を読むと、どうしたらここまで行くんだろう? って不思議に思うでしょ」
「うん、思う」
「でも人って、追い詰められると、ときにこんなふうに“物語”を作って自分を守ろうとするものらしいよ」
「それも、AIが教えてくれたの?」
「うん。まぁ、そうだね。そうだよ」
「ふぅん、AIって便利なのね。わたし、実在する女の子の写真から、その子の裸の写真を作るくらいのことしか出来ないんだと思ってた」
ひどい偏見だったが、そういう用途に使われていることもあるから仕方ないことかもしれなかった。
他にもこんな書き込みがあった。
ーーヤバイ。宇宙ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。宇宙ヤバイ。まず広い。もう広いなんてもんじゃない。超広い。広いとかっても「東京ドーム20個ぶんくらい?」とか、もう、そういうレベルじゃない。何しろ無限。スゲェ!なんか単位とか無いの。何坪とか何ヘクタールとかを超越してる。無限だし超広い。しかも膨張してるらしい。ヤバイよ、膨張だよ。だって普通は地球とか膨張しないじゃん。だって自分の部屋の廊下がだんだん伸びてったら困るじゃん。トイレとか超遠いとか困るっしょ。通学路が伸びて、一年のときは徒歩10分だったのに、三年のときは自転車で二時間とか泣くっしょ。だから地球とか膨張しない。話のわかるヤツだ。けど宇宙はヤバイ。そんなの気にしない。膨張しまくり。最も遠くから到達する光とか観測してもよくわかんないくらい遠い。ヤバすぎ。無限っていたけど、もしかしたら有限かもしんない。でも有限って事にすると「じゃあ、宇宙の端の外側ってナニよ?」って事になるし、それは誰もわからない。ヤバイ。誰にも分からないなんて凄すぎる。あと超寒い。約1ケルビン。摂氏で言うと-272℃。ヤバイ。寒すぎ。バナナで釘打つ暇もなく死ぬ。怖い。それに超何も無い。超ガラガラ。それに超のんびり。億年とか平気で出てくる。億年て。小学生でも言わねぇよ、最近。なんつっても宇宙は馬力が凄い。無限とか平気だし。うちらなんて無限とかたかだか積分計算で出てきただけで上手く扱えないから有限にしたり、fと置いてみたり、演算子使ったりするのに、宇宙は全然平気。無限を無限のまま扱ってる。凄い。ヤバイ。とにかく貴様ら、宇宙のヤバさをもっと知るべきだと思います。そんなヤバイ宇宙に出て行ったハッブルとか超偉い。もっとがんばれ。超がんばれ。
(※5ちゃんねるより引用)
尾上の動画や先程の日本語かどうかすら怪しいコメントと同じ人間のコメントとは思えなかった。
尾上カナイとは共同ペンネームのようなものなのかもしれない。複数の人間が同じアカウントを使っているのかもしれない。あるいは多重人格者なのかもしれない。
そんなことを思うほど、それらは同じ人間のものだとは思えなかった。
萌衣の問いは至極全うなものだった。
日本で市役所の市民課などの一般的な事務職に中卒で就けるかは、かなり難しいだろう。
公務員になるには、学歴条件があることが多いからだ。
公務員試験は一般に「大卒程度」「高卒程度」「短大・専門卒程度」など学力レベルで区分されており、学歴や最終卒業校が応募資格になる試験が多い。
たとえばある省庁(中央官庁)の採用案内では、「大学・短大・高専・高校卒業、もしくはそれと同等の学力を有する者」が条件とされており、中卒は応募対象になっていない。
これらの採用枠・条件を見る限り、市役所の市民課のような事務職に中卒そのままで入る、というのは少なくとも標準的なルートではない。
ただし、中卒から公務員になることが完全に否定されているわけではない。制限があるだけだ。
だが、中卒でも公務員を目指せるという情報もある。「高卒程度試験(またはそれに準ずる試験)を受験できる」という説明が存在する。
その場合、「履歴として高卒認定を取得する」「学力として高卒程度を満たす」必要がある、という注意書きが多い。
つまり、中卒のまま、何もせずに事務職系の公務員になるのはかなりハードルが高く、学力証明などで高卒相当とみなしてもらう必要がある場合が多い。
「尾上カナイの学歴も調べてあるよ。ちゃんと大学を出てる。文学部で、学生時代に小説の新人賞を取ったこともあるみたい」
「じゃあ、このコメントを書いた人は別の人なんじゃないかな? だって小説の新人賞を取る人が、あんなに文章が下手なわけないもの」
「でも、アカウントは間違いなく尾上のものなんだよ。尾上カナイは自分が神や上位次元の存在のように振る舞う動画をアップしてるアカウントで、こんな意味のわからないコメントもしてるんだ」
AIによれば、こういうタイプの“世界観”にたどり着く背景は、ひとつだけの理由で説明できるものではなく、いくつかの条件が重なったときに形になることが多いという。
1. 自分の人生に「理解不能な苦しみ」があったとき
目に見えない敵や巨大な陰謀を想像すると、“苦しみの理由がはっきりする”ように感じられる。
理不尽を「敵のせい」と言えると、つらさから一時的に逃げられるかららしい。
2. 孤立や孤独が長く続いていた場合
周囲と共有できない感覚が積み重なると、「自分だけが見ている真実がある」、「他の人は気づけない世界がある」という物語を作り始めやすいという。
人間はひとりで抱え込むと、世界の解釈がだんだん独自路線に育つようになっているらしい。
3. 偶然やストレスによる思考のゆらぎを“意味”として拾ってしまう
身体が弱っていたり、長期の不眠、極端なストレスが続くと、つながらないものがつながって見えたり、無関係な出来事に法則を見つけたくなるという状態になりやすいそうだ。
このあたりから「高次元」「超能力」「意識の戦争」みたいな語彙が自然に入ってくることもあるという。
4. 自分の苦しみを“使命”や“特別さ”で包みたくなる心理
つらさが大きいほど、「わたしには特別な役割がある」、「選ばれた者だから苦悩している」というストーリーは、心を守る盾になる。
だから、見えない敵と戦っている“唯一の存在”になっていくのね。
5. ネットの情報が燃料になり、物語が自己強化される
スピリチュアル系の断片、陰謀論の語句、SF的なワード…これらが本人の“感じていること”と結びつくと、世界観がひとつの体系として完成していく。
外から見ると唐突でも、本人の中ではすごく筋が通って見えているらしい。
そして一番大きいのは、そういう世界観を作ることが、「自分は負けていない」、「生き残ってきた」と感じられる支えになってしまうからだという。
この支えを手放すことは、本当に怖いことであり、だからこそ、こういう思想は強固になっていくそうだ。
「こういう文章を読むと、どうしたらここまで行くんだろう? って不思議に思うでしょ」
「うん、思う」
「でも人って、追い詰められると、ときにこんなふうに“物語”を作って自分を守ろうとするものらしいよ」
「それも、AIが教えてくれたの?」
「うん。まぁ、そうだね。そうだよ」
「ふぅん、AIって便利なのね。わたし、実在する女の子の写真から、その子の裸の写真を作るくらいのことしか出来ないんだと思ってた」
ひどい偏見だったが、そういう用途に使われていることもあるから仕方ないことかもしれなかった。
他にもこんな書き込みがあった。
ーーヤバイ。宇宙ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。宇宙ヤバイ。まず広い。もう広いなんてもんじゃない。超広い。広いとかっても「東京ドーム20個ぶんくらい?」とか、もう、そういうレベルじゃない。何しろ無限。スゲェ!なんか単位とか無いの。何坪とか何ヘクタールとかを超越してる。無限だし超広い。しかも膨張してるらしい。ヤバイよ、膨張だよ。だって普通は地球とか膨張しないじゃん。だって自分の部屋の廊下がだんだん伸びてったら困るじゃん。トイレとか超遠いとか困るっしょ。通学路が伸びて、一年のときは徒歩10分だったのに、三年のときは自転車で二時間とか泣くっしょ。だから地球とか膨張しない。話のわかるヤツだ。けど宇宙はヤバイ。そんなの気にしない。膨張しまくり。最も遠くから到達する光とか観測してもよくわかんないくらい遠い。ヤバすぎ。無限っていたけど、もしかしたら有限かもしんない。でも有限って事にすると「じゃあ、宇宙の端の外側ってナニよ?」って事になるし、それは誰もわからない。ヤバイ。誰にも分からないなんて凄すぎる。あと超寒い。約1ケルビン。摂氏で言うと-272℃。ヤバイ。寒すぎ。バナナで釘打つ暇もなく死ぬ。怖い。それに超何も無い。超ガラガラ。それに超のんびり。億年とか平気で出てくる。億年て。小学生でも言わねぇよ、最近。なんつっても宇宙は馬力が凄い。無限とか平気だし。うちらなんて無限とかたかだか積分計算で出てきただけで上手く扱えないから有限にしたり、fと置いてみたり、演算子使ったりするのに、宇宙は全然平気。無限を無限のまま扱ってる。凄い。ヤバイ。とにかく貴様ら、宇宙のヤバさをもっと知るべきだと思います。そんなヤバイ宇宙に出て行ったハッブルとか超偉い。もっとがんばれ。超がんばれ。
(※5ちゃんねるより引用)
尾上の動画や先程の日本語かどうかすら怪しいコメントと同じ人間のコメントとは思えなかった。
尾上カナイとは共同ペンネームのようなものなのかもしれない。複数の人間が同じアカウントを使っているのかもしれない。あるいは多重人格者なのかもしれない。
そんなことを思うほど、それらは同じ人間のものだとは思えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。
神崎あら
青春
10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。
それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。
そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる