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#66
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尾上カナイについてわかっていることはそれくらいだった。
イルマと萌衣は次の遺体について話すことにした。
二つ目の遺体は、小林亮太、58歳。観光NPOの代表だった。
犯人は厩戸見市の議員、姫織星彦(ひめおり ほしひこ)。
補助金の横領を知ってしまったために、消されてしまったそうだ。
銀行の支店長である佐藤千尋を殺した工藤明とその動機はよく似ていた。工藤の殺人も、姫織という男の殺人も、どこにでもあるような話でしかないのだろう。
「地域の表の顔と裏の利権が露出した事件って感じなのかな。遺体も犯人も、ひよりさんの漫画に名前が出てきただけで、まだ表の顔も裏の顔も露出はしてないけどね」
「小林……?もしかして……」
萌衣は何かを知っているようだった。
「もしかして、萌衣さんの知り合い?」
「うん……たぶん、そういう名前の人だったと思う。イルマくんやエミリちゃんが引っ越してくる前のことだけど。うちの神社やお祭りをなんとか観光に活かせないかって頑張ってくれてた人がいたの。でも突然いなくなっちゃったんだよね」
「顔は覚えてないの?」
「うん……その頃は目が見えてたはずなんだけど、小学生とか中学生の頃のことだから」
小林亮太は、長年足切池の整備を担当していた人物らしい。
そんな人が10年以上も池の底に沈んでいたというのは皮肉だなとイルマは思った。
三つ目の遺体は、グエン・コン・グエン(Nguyen Công Nguyễn)、29歳。
不法滞在の外国人男性だった。
犯人は雇い主の建設会社、唐草建設の社長、唐草星蘭(からくさ せいらん)。
星蘭は、前社長であった父親の死後、会社を引き継ぎ、市からの仕事をほとんど請け負うくらいの商才を発揮する敏腕女性社長だった。市内で唐草建設の名を知らない者などいないだろう。
33歳とまだ若く、女性であることや若さを武器にしたか、あるいは談合か、そのどちらかだというのが、姉の見立てだった。
本当に商才がある可能性もあるはずだが、女性社長というだけで同じ女性からも色眼鏡で見られてしまうらしい。女の敵は女という言葉を聞いたことがあるが、こういうことなのかもしれない。
いや、グエン・コン・グエンは事故死であり、その事故死を隠蔽するために、星蘭は他の外国人従業員に対し、足切池にその死体を遺棄するよう命じている。
姉は遺体を見ただけでそこまで見えていたのだから、星蘭に商才などなかったと考える方が自然なのかもしれなかった。
「グエンは言葉も記録も奪われた存在ってことになるのかな」
「そうだね、彼は死体が見つかったことで、初めて日本にいた証になったのかもしれないね」
悲しい話だった。
四つ目の遺体の名前は山中歩美、町の小さなパン屋の娘で21歳。
犯人は、同じパン屋で働く従業員で、多々良崇(たたら たかし)という男だった。
パン屋の継承問題や恋愛のもつれから殺害されていた。
家業の跡取り争いで殺人が起きるのは珍しくない。
問題は五つ目の、最後の遺体だった。
前田剛、65歳。元地元新聞の記者。古い失踪事件を追っていたようだった。
前田を殺し、足切池に遺棄した犯人は警察関係者であり、その名前は鵜山京一郎だった。
「鵜山京一郎って、エミリちゃんの『神の目』を欲しがってる警察の人だよね? 前田さんが追いかけていた古い失踪事件ってどんな事件?」
前田剛が追いかけていた古い失踪事件は、警察にまつわる事件でもあり足切村にまつわる事件でもあった。
「足切事件だよ」
「この村で起きた事件?」
「萌衣さんが知らないわけないよね」
「どういう意味?」
足切事件とは、2005年7月12日、A県足切村ーー現・A県厩戸見市足切にある神社の駐車場から、当時4歳の女児が行方不明になり、翌13日朝、境内にある池で女児の遺体が発見された、殺人・死体遺棄事件だ。
イルマは萌衣にその事件についての新聞記事を見せた。
「遺体として発見されたのは、萌衣さんだよ」
幼い萌衣の写真がその記事には載っていた。
イルマやエミリ、木島だけでなく、萌衣もまたすでに死亡している人間だったのだ。
いや、目の前にいる萌衣は萌衣ですらないのかもしれない。その頃はまだ鞍馬葉子も「ホワイト・フォクシーズ」に目覚めていなかっただろうからだ。
本物の足切萌衣は、20年前の夏に死に、その遺体はとっくに火葬されている。
目の前にいる萌衣は、親戚の家の子どもか、村の別の家の子どもか、あるいは施設からもらわれてきた養女だったのだろう。
死亡した萌衣の代わりに萌衣として育てられただけで、足切神社とは無関係の少女なのだ。
「もしかして、萌歌や萌音は白目病の手術を受けさせてもらえたのに、わたしだけが白目病の手術を受けさせてもらえなかったのは……」
萌衣は何も知らなかったのか、その記事を見て青ざめていた。
「萌衣さんは足切神社の正当な後継者ではなかったんだと思う。だから、萌衣さんのお父さんやお母さんは、白目病で失明させることで正当な後継者にしたかったんじゃないかな」
そうとしか考えられなかった。
事件の翌年の2006年、事件とは無関係だった兵頭新次(ひょうどう しんじ)が、被疑者として逮捕・被告人として起訴された。
「この兵頭新次って人は、萌衣さんの叔父さんにあたる人だよね。足切神社は女の子しか生まれなかったら木島家から婿をもらい、男子しか生まれなかったときは、兵頭家から嫁をもらう。そういうしきたりがあるんだったよね?」
兵頭家は元々は江戸時代にT藩の藩主に仕えていた武士の家系であり、足切村に集められた罪人やその子孫の監視役でもあり、罪人ですらない子孫の足を切り続けてきた一族でもある。
「20年前に発見されたこの記事の萌衣さんの遺体は、足が切り落とされてたそうだよ」
だから、兵頭新次が疑われることになった。
刑事裁判で有罪が確定し服役していたが、遺留物のDNA型が、2009年5月の再鑑定の結果、彼のものと一致しないことが判明し、彼は無実の冤罪被害者だったことが明らかとなっていた。
服役中だった兵頭新次はただちに釈放され、その後の再審で無罪が確定した。
当事件を含めて、厩戸見市内を流れる烏賊田川(いかだがわ)周辺で遺体が発見された3事件は烏賊田川連続幼女誘拐殺人事件とされていた。
「ねぇ、萌衣さん。萌衣さんは一体誰なの?」
イルマと萌衣は次の遺体について話すことにした。
二つ目の遺体は、小林亮太、58歳。観光NPOの代表だった。
犯人は厩戸見市の議員、姫織星彦(ひめおり ほしひこ)。
補助金の横領を知ってしまったために、消されてしまったそうだ。
銀行の支店長である佐藤千尋を殺した工藤明とその動機はよく似ていた。工藤の殺人も、姫織という男の殺人も、どこにでもあるような話でしかないのだろう。
「地域の表の顔と裏の利権が露出した事件って感じなのかな。遺体も犯人も、ひよりさんの漫画に名前が出てきただけで、まだ表の顔も裏の顔も露出はしてないけどね」
「小林……?もしかして……」
萌衣は何かを知っているようだった。
「もしかして、萌衣さんの知り合い?」
「うん……たぶん、そういう名前の人だったと思う。イルマくんやエミリちゃんが引っ越してくる前のことだけど。うちの神社やお祭りをなんとか観光に活かせないかって頑張ってくれてた人がいたの。でも突然いなくなっちゃったんだよね」
「顔は覚えてないの?」
「うん……その頃は目が見えてたはずなんだけど、小学生とか中学生の頃のことだから」
小林亮太は、長年足切池の整備を担当していた人物らしい。
そんな人が10年以上も池の底に沈んでいたというのは皮肉だなとイルマは思った。
三つ目の遺体は、グエン・コン・グエン(Nguyen Công Nguyễn)、29歳。
不法滞在の外国人男性だった。
犯人は雇い主の建設会社、唐草建設の社長、唐草星蘭(からくさ せいらん)。
星蘭は、前社長であった父親の死後、会社を引き継ぎ、市からの仕事をほとんど請け負うくらいの商才を発揮する敏腕女性社長だった。市内で唐草建設の名を知らない者などいないだろう。
33歳とまだ若く、女性であることや若さを武器にしたか、あるいは談合か、そのどちらかだというのが、姉の見立てだった。
本当に商才がある可能性もあるはずだが、女性社長というだけで同じ女性からも色眼鏡で見られてしまうらしい。女の敵は女という言葉を聞いたことがあるが、こういうことなのかもしれない。
いや、グエン・コン・グエンは事故死であり、その事故死を隠蔽するために、星蘭は他の外国人従業員に対し、足切池にその死体を遺棄するよう命じている。
姉は遺体を見ただけでそこまで見えていたのだから、星蘭に商才などなかったと考える方が自然なのかもしれなかった。
「グエンは言葉も記録も奪われた存在ってことになるのかな」
「そうだね、彼は死体が見つかったことで、初めて日本にいた証になったのかもしれないね」
悲しい話だった。
四つ目の遺体の名前は山中歩美、町の小さなパン屋の娘で21歳。
犯人は、同じパン屋で働く従業員で、多々良崇(たたら たかし)という男だった。
パン屋の継承問題や恋愛のもつれから殺害されていた。
家業の跡取り争いで殺人が起きるのは珍しくない。
問題は五つ目の、最後の遺体だった。
前田剛、65歳。元地元新聞の記者。古い失踪事件を追っていたようだった。
前田を殺し、足切池に遺棄した犯人は警察関係者であり、その名前は鵜山京一郎だった。
「鵜山京一郎って、エミリちゃんの『神の目』を欲しがってる警察の人だよね? 前田さんが追いかけていた古い失踪事件ってどんな事件?」
前田剛が追いかけていた古い失踪事件は、警察にまつわる事件でもあり足切村にまつわる事件でもあった。
「足切事件だよ」
「この村で起きた事件?」
「萌衣さんが知らないわけないよね」
「どういう意味?」
足切事件とは、2005年7月12日、A県足切村ーー現・A県厩戸見市足切にある神社の駐車場から、当時4歳の女児が行方不明になり、翌13日朝、境内にある池で女児の遺体が発見された、殺人・死体遺棄事件だ。
イルマは萌衣にその事件についての新聞記事を見せた。
「遺体として発見されたのは、萌衣さんだよ」
幼い萌衣の写真がその記事には載っていた。
イルマやエミリ、木島だけでなく、萌衣もまたすでに死亡している人間だったのだ。
いや、目の前にいる萌衣は萌衣ですらないのかもしれない。その頃はまだ鞍馬葉子も「ホワイト・フォクシーズ」に目覚めていなかっただろうからだ。
本物の足切萌衣は、20年前の夏に死に、その遺体はとっくに火葬されている。
目の前にいる萌衣は、親戚の家の子どもか、村の別の家の子どもか、あるいは施設からもらわれてきた養女だったのだろう。
死亡した萌衣の代わりに萌衣として育てられただけで、足切神社とは無関係の少女なのだ。
「もしかして、萌歌や萌音は白目病の手術を受けさせてもらえたのに、わたしだけが白目病の手術を受けさせてもらえなかったのは……」
萌衣は何も知らなかったのか、その記事を見て青ざめていた。
「萌衣さんは足切神社の正当な後継者ではなかったんだと思う。だから、萌衣さんのお父さんやお母さんは、白目病で失明させることで正当な後継者にしたかったんじゃないかな」
そうとしか考えられなかった。
事件の翌年の2006年、事件とは無関係だった兵頭新次(ひょうどう しんじ)が、被疑者として逮捕・被告人として起訴された。
「この兵頭新次って人は、萌衣さんの叔父さんにあたる人だよね。足切神社は女の子しか生まれなかったら木島家から婿をもらい、男子しか生まれなかったときは、兵頭家から嫁をもらう。そういうしきたりがあるんだったよね?」
兵頭家は元々は江戸時代にT藩の藩主に仕えていた武士の家系であり、足切村に集められた罪人やその子孫の監視役でもあり、罪人ですらない子孫の足を切り続けてきた一族でもある。
「20年前に発見されたこの記事の萌衣さんの遺体は、足が切り落とされてたそうだよ」
だから、兵頭新次が疑われることになった。
刑事裁判で有罪が確定し服役していたが、遺留物のDNA型が、2009年5月の再鑑定の結果、彼のものと一致しないことが判明し、彼は無実の冤罪被害者だったことが明らかとなっていた。
服役中だった兵頭新次はただちに釈放され、その後の再審で無罪が確定した。
当事件を含めて、厩戸見市内を流れる烏賊田川(いかだがわ)周辺で遺体が発見された3事件は烏賊田川連続幼女誘拐殺人事件とされていた。
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