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#67
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「ねぇ、萌衣さん。萌衣さんは一体誰なの?」
イルマは萌衣に尋ねた。
本物の足切萌衣は20年前に死んでいたからだ。
4歳で足切神社の境内で行方不明となり、神隠しにあったと言われていた。その数日後に足を切られた状態で足切池に浮かんでいた。
他に外傷はなく、死因は出血性ショックだとされる。
出血性ショックが起きるときは、体内から急激に血液が失われたときだ。
人は体重の約13分の1~14分の1の血液のうち、20%以上が失われるとショック状態に陥る可能性がある。一般的に成人で約4~5Lの血液のうち、約1Lが失われれば出血性ショックは起きる。
4歳の女の子の平均体重は約15~17kg。そのうち血液は約 1.1~1.3Lほどしかないだろう。4歳の子どもは200mLの出血でもかなり危険な状態に近づく。300~400mLで出血性ショックが現れるリスクが高い。200mLは紙コップ1杯くらいだ。
失血により血液量が減ると、全身に十分な血液を送ることができず、血圧が急激に低下する。
血流不足が続くと、皮膚の蒼白や冷や汗、脈が弱く速くなり、意識障害が起き、呼吸回数も増える。臓器の機能が低下し、多臓器不全を引き起こす。
適切な治療が遅れると、多臓器不全から生命が失われることになる。
出血性ショックから死亡までの平均時間は約2時間と言われている。
足切萌衣の遺体は、行方不明になったときからずっと、足切池に浮かんでいたともされ、その遺体は数日後に全員が視認できるようになっただけだという村人の証言もある。
遺体が見える人と見えない人がいたのではないかともされていた。
おそらくは、真犯人がそういうギフトを持っていたのだろう。
「わたしは萌衣だよ?そんな事件、知らない。わたしは偽物なんかじゃないよ。本物だよ」
イルマはこの3ヶ月、ずっと見てみぬふりをしてきたことがあった。
その視界に映る萌衣の名前だ。
足切萌衣。確かにその名前が見える。戸籍上、足切萌衣は20年前に死んだ人物と目の前の人物のふたりがいるのだろう。
だが、萌衣にはもうひとつ名前があった。
その名前は黒く塗りつぶされていた。4文字の名前だった。それはまるでテトラグラマトンーーみだりに口にしてはいけない神の名前のようだった。
ーー神々は死に、仏は偽り。ならば、この世を治めるのは“魔”のみ。
そして、その瞬間どこかからそんな声が聞こえてきた。
それは、
「尾上カナイ……?」
彼女の声だった。
イルマは尾上とは面識はない。だが声は聞いたことがあった。
YouTubeの動画や、市役所の職員が録音したデータで聞いた声とまっまく同じだった。
ーーその契約により、ひとりの男が“第六天魔王”となった。それは、人の王でもなく、神の使いでもなく、偽りの仏が人に取り憑いた存在であった。人々はその名を恐れて封じた。だが、記録の奥には続きがある。
どこから聴こえてきているのかわからなかった。まるで脳に直接響いてきているかのようだった。
「萌衣さん、これは何?」
「黄泉路の神話、『偽りの仏縁起(いつわりのぶつえんぎ)』、第三章、第六天魔王の誕生の一節」
「第六天魔王って、織田信長のことだよね?」
ーー第六にあらず、他にも在り。第一より第五、そして第七以降──その名は史より抹され、いまも偉人の影に潜みおわす。
また別の声がした。やはり直接頭の中に響いてきた。
だが、頭の中に直接語りかけられているように感じるのは錯覚かもしれない。
人が発する声と同じように、空気の振動を利用していることがわかったからだ。
今のイルマの目は、空気の振動からその声が誰のものかがわかる。
その声は姫織星彦のものだった。
もちろん姿は見えない。面識もない。だが、イルマの視界にはそれらの声に情報がテロップとして現れるのだ。
尾上カナイと姫織星彦のもので間違いないなかった。
ふたりとも、足切池から出てきた遺体を殺害・遺棄した犯人だ。
おそらくギフトも持っているのだろう。
姉はいない。村戸家には今、イルマと萌衣のふたりしかいない。
相手のギフトもわからない状況で、ふたり同時に攻めてこられるのは厄介だった。
姿が見えなければ、萌衣の『キャッスル』で狙撃することはできない。鞍馬葉子たちのようにイルマの『ニュー・ワールド・メイカー』でその五臓六腑の中に閉じ込めることもできない。
姉が今日家にいないことは把握済みであり、ふたりのギフトは対策済みということだろう。
「イルマくんが悪いんだよ。わたしのことを怪しむんだから。玲くんみたいにずっと騙されてるか、エミリちゃんみたいにずっと騙されてるふりをしてくれてたらよかったのに」
「萌衣さんは、この犯人たちと仲間だったってことなんだね」
つまり、萌衣も敵だということだった。
「そうだよ」
ーー第一の魔は、言葉を操り国を欺いた賢人。第二の魔は、天を飛ぶ術を広めた異国の術師。第三の魔は、永遠の若さを得た皇族の影。第四の魔は、歌をもって民を狂わせた女。第五の魔は、刃をもって神を屠った将。そして第六天魔王は、すべての力を統べ、“神なき天を支配する王”と化した。
多々良崇の声。
ーー第七以降の魔は、歴史に名を残しながらも、その本質は“人に偽りの悟りを見せる者”であった。ゆえに、時代を動かす英雄たちの影には、いつも“もうひとつの顔”が潜んでいた。彼らは皆、黄泉照の微笑を胸に刻まれていたのである。
鵜山京一郎の声。
そして、
「この縁起は、東大寺の奥、誰も知らぬ地下の経蔵に封じられたという。“神仏習合”の真実を記すそれは、ただひとつの警句で結ばれている。神は死に、仏は偽り、されど祈る者あれば、魔もまた神となる」
最後は萌衣が続けた。
「鵜山京一郎もわたしの仲間なの。彼も足切村出身の犠巫徒だから。前田剛という記者が追いかけていた古い失踪事件、4歳だった足切萌衣が行方不明になり、足を切断されて足切池に浮かんでいた足切事件は、兵頭新次が犯人ということにしなくちゃいかなかったの。足切神社の正当な巫女を殺した真犯人を暴くわけにはいかなかった」
「足切事件の真犯人は鵜山京一郎だったんだね」
「どうしてそう思うの?」
「なんとなくそんな気がしただけだよ」
証拠はない。証拠など残ってはいないだろう。鵜山京一郎は警察の人間だからだ。いくらでも証拠の隠滅ができる。
萌衣は嬉しそうに微笑んだ。
イルマは萌衣に尋ねた。
本物の足切萌衣は20年前に死んでいたからだ。
4歳で足切神社の境内で行方不明となり、神隠しにあったと言われていた。その数日後に足を切られた状態で足切池に浮かんでいた。
他に外傷はなく、死因は出血性ショックだとされる。
出血性ショックが起きるときは、体内から急激に血液が失われたときだ。
人は体重の約13分の1~14分の1の血液のうち、20%以上が失われるとショック状態に陥る可能性がある。一般的に成人で約4~5Lの血液のうち、約1Lが失われれば出血性ショックは起きる。
4歳の女の子の平均体重は約15~17kg。そのうち血液は約 1.1~1.3Lほどしかないだろう。4歳の子どもは200mLの出血でもかなり危険な状態に近づく。300~400mLで出血性ショックが現れるリスクが高い。200mLは紙コップ1杯くらいだ。
失血により血液量が減ると、全身に十分な血液を送ることができず、血圧が急激に低下する。
血流不足が続くと、皮膚の蒼白や冷や汗、脈が弱く速くなり、意識障害が起き、呼吸回数も増える。臓器の機能が低下し、多臓器不全を引き起こす。
適切な治療が遅れると、多臓器不全から生命が失われることになる。
出血性ショックから死亡までの平均時間は約2時間と言われている。
足切萌衣の遺体は、行方不明になったときからずっと、足切池に浮かんでいたともされ、その遺体は数日後に全員が視認できるようになっただけだという村人の証言もある。
遺体が見える人と見えない人がいたのではないかともされていた。
おそらくは、真犯人がそういうギフトを持っていたのだろう。
「わたしは萌衣だよ?そんな事件、知らない。わたしは偽物なんかじゃないよ。本物だよ」
イルマはこの3ヶ月、ずっと見てみぬふりをしてきたことがあった。
その視界に映る萌衣の名前だ。
足切萌衣。確かにその名前が見える。戸籍上、足切萌衣は20年前に死んだ人物と目の前の人物のふたりがいるのだろう。
だが、萌衣にはもうひとつ名前があった。
その名前は黒く塗りつぶされていた。4文字の名前だった。それはまるでテトラグラマトンーーみだりに口にしてはいけない神の名前のようだった。
ーー神々は死に、仏は偽り。ならば、この世を治めるのは“魔”のみ。
そして、その瞬間どこかからそんな声が聞こえてきた。
それは、
「尾上カナイ……?」
彼女の声だった。
イルマは尾上とは面識はない。だが声は聞いたことがあった。
YouTubeの動画や、市役所の職員が録音したデータで聞いた声とまっまく同じだった。
ーーその契約により、ひとりの男が“第六天魔王”となった。それは、人の王でもなく、神の使いでもなく、偽りの仏が人に取り憑いた存在であった。人々はその名を恐れて封じた。だが、記録の奥には続きがある。
どこから聴こえてきているのかわからなかった。まるで脳に直接響いてきているかのようだった。
「萌衣さん、これは何?」
「黄泉路の神話、『偽りの仏縁起(いつわりのぶつえんぎ)』、第三章、第六天魔王の誕生の一節」
「第六天魔王って、織田信長のことだよね?」
ーー第六にあらず、他にも在り。第一より第五、そして第七以降──その名は史より抹され、いまも偉人の影に潜みおわす。
また別の声がした。やはり直接頭の中に響いてきた。
だが、頭の中に直接語りかけられているように感じるのは錯覚かもしれない。
人が発する声と同じように、空気の振動を利用していることがわかったからだ。
今のイルマの目は、空気の振動からその声が誰のものかがわかる。
その声は姫織星彦のものだった。
もちろん姿は見えない。面識もない。だが、イルマの視界にはそれらの声に情報がテロップとして現れるのだ。
尾上カナイと姫織星彦のもので間違いないなかった。
ふたりとも、足切池から出てきた遺体を殺害・遺棄した犯人だ。
おそらくギフトも持っているのだろう。
姉はいない。村戸家には今、イルマと萌衣のふたりしかいない。
相手のギフトもわからない状況で、ふたり同時に攻めてこられるのは厄介だった。
姿が見えなければ、萌衣の『キャッスル』で狙撃することはできない。鞍馬葉子たちのようにイルマの『ニュー・ワールド・メイカー』でその五臓六腑の中に閉じ込めることもできない。
姉が今日家にいないことは把握済みであり、ふたりのギフトは対策済みということだろう。
「イルマくんが悪いんだよ。わたしのことを怪しむんだから。玲くんみたいにずっと騙されてるか、エミリちゃんみたいにずっと騙されてるふりをしてくれてたらよかったのに」
「萌衣さんは、この犯人たちと仲間だったってことなんだね」
つまり、萌衣も敵だということだった。
「そうだよ」
ーー第一の魔は、言葉を操り国を欺いた賢人。第二の魔は、天を飛ぶ術を広めた異国の術師。第三の魔は、永遠の若さを得た皇族の影。第四の魔は、歌をもって民を狂わせた女。第五の魔は、刃をもって神を屠った将。そして第六天魔王は、すべての力を統べ、“神なき天を支配する王”と化した。
多々良崇の声。
ーー第七以降の魔は、歴史に名を残しながらも、その本質は“人に偽りの悟りを見せる者”であった。ゆえに、時代を動かす英雄たちの影には、いつも“もうひとつの顔”が潜んでいた。彼らは皆、黄泉照の微笑を胸に刻まれていたのである。
鵜山京一郎の声。
そして、
「この縁起は、東大寺の奥、誰も知らぬ地下の経蔵に封じられたという。“神仏習合”の真実を記すそれは、ただひとつの警句で結ばれている。神は死に、仏は偽り、されど祈る者あれば、魔もまた神となる」
最後は萌衣が続けた。
「鵜山京一郎もわたしの仲間なの。彼も足切村出身の犠巫徒だから。前田剛という記者が追いかけていた古い失踪事件、4歳だった足切萌衣が行方不明になり、足を切断されて足切池に浮かんでいた足切事件は、兵頭新次が犯人ということにしなくちゃいかなかったの。足切神社の正当な巫女を殺した真犯人を暴くわけにはいかなかった」
「足切事件の真犯人は鵜山京一郎だったんだね」
「どうしてそう思うの?」
「なんとなくそんな気がしただけだよ」
証拠はない。証拠など残ってはいないだろう。鵜山京一郎は警察の人間だからだ。いくらでも証拠の隠滅ができる。
萌衣は嬉しそうに微笑んだ。
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