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鵜山京一郎が本物の4歳の萌衣殺しの犯人だという証拠はない。
証拠など残ってはいないだろう。彼は警察の人間だからだ。いくらでも証拠の隠滅ができる。
イルマの言葉を聞いた萌衣は嬉しそうに微笑んだ。
「イルマくんも、SNSに山ほどいる迷探偵たちと同じなんだね。見聞きした少ない情報から犯人を断定して、証拠もないのに犯人って決めつけて、こうだったに違いないって物語を作ってる」
それは、いつもの優しい笑顔ではなく、イルマを心底馬鹿にする笑いだった。
「迷探偵がいるのは、SNSだけじゃないでしょ。警察だってそうだよ。だから兵頭新次のような冤罪事件が起きる。兵頭は無罪になったけど、この国の司法は状況証拠だけで死刑が確定したり、司法解剖の結果と供述調書に矛盾があったとしても、被告人の記憶違いとか興奮状態にあったとか、そんな理由で刑が確定したりするんだ」
だからイルマも言い返すことにした。
「そういうことが二度と起きないために、鵜山京一郎や警察はエミリちゃんの『神の目』がほしいみたいだよ」
「それ、冤罪を産み出して、事件の真相を明らかにしようとした記者まで闇に葬った男が言っていいセリフじゃないよね?」
鵜山京一郎は、兵頭新次に自分の罪を押し付けようとした。
足切事件の真犯人を暴こうとしていた前田剛という記者まで殺していた。
そんな人間に、冤罪を産み出さないために姉の『神の目』が必要だなどと言う資格などなかった。
だが、イルマにはわかったことがあった。
「やっとわかったよ。ぼくたちにE.O.P.レンズが与えられたのは、姉さんのような『神の目』を持つ存在を生み出すためだったんだね」
萌衣は黙って頷いた。
「エミリちゃんはね、人類の最高傑作なんだよ。『神の目』は『ラプラスの悪魔』と同義なの」
ラプラスの悪魔とは、フランスの数学者ラプラスが提唱した「宇宙の全ての粒子の位置と運動量を完全に把握できれば、未来の全てを完全に予測できる」する仮想の超知性の概念だ。
古典物理学の世界観では理論上可能とされていたが、量子力学の不確定性原理により、素粒子の位置と運動量を同時に完全に測定することは不可能とされ、現代科学では存在しないと考えられている。
つまり、『神の目』とは、素粒子の位置と運動量を同時に完全に測定することさえも可能な目ということなのだろう。
そして、わかったことはもうひとつあった。
「姉さんはもう、萌衣さんたちに拉致されてるんだね」
そうとしか考えられなかった。
尾上カナイや鵜山京一郎たちをはじめとする犯罪者たちが、姉を拉致したのだろう。
姉は『神の目』を持っていても、そのギフト『リモート・ワーカーズ』には殺傷能力は皆無だ。ギフトで襲われればなす術もない。
「姉さんは無事なの?」
「無事だよ。高校のときみたいに、また死なれちゃったら困るし。エミリちゃんを生き返らせることができる鞍馬葉子はイルマくんの体の中だしね。だから、大事に大事に扱ってるから心配ないよ」
姉や木島玲、そしてイルマが7年前に死んだことは、萌衣たちにとってイレギュラーだったのだろう。
鞍馬葉子の『ホワイト・フォクシーズ』がなければ、3人とも7年前に死んだままだったからだ。
7年前に姉は白目病にかかり、E.O.P.レンズの手術を受けた。
両親も同時期に手術を受けた。
両親は間もなく失踪したが、家族を捨てたわけではなかった。
姉やイルマのためにE.O.P.レベルのスコア管理のためのスコアブックを残してくれていた。
いや、今思うと両親の失踪理由の時系列はおかしかった。
厩戸見市の住人がナノマシン入りのワクチンを接種したのは4年前のことだ。脳に蓄積したナノマシンによって犯罪のスコア管理が行われるやうになり、スコアが一定値を下回ると人体発火が起きるようになったのも4年前のことだ。
E.O.P.レンズのレベルと、ナノマシンのスコアが連動するようになったのも4年前なのだ。
あのスコアブックは両親が残したものなのではなく、姉がイルマのために作ったものだったのかもしれない。
両親は本当にイルマとエミリを捨てただけだったのかもしれない。
おかしなことはまだあった。
7年前の段階で、姉が『神の目』に到達することを予測できた人間などいるはずがなかったことだ。
姉や木島やイルマを生き返らせる必要などなかったはずなのだ。
だが鞍馬葉子は、萌衣に泣いて頼まれたと言っていた。
予測していたとしか考えられなかった。
そんなことができる人間はーー
ひとりだけいた。
茶川ひよりだ。
未来予知の能力を持つ彼女なら、そのことが予知できたはずだ。
同時に茶川ひよりもまた萌衣と同じ側の人間だったということになる。
イルマは思わず笑ってしまった。
自分のまわりはすべて敵だらけだったのだ。
それだけでなく、萌衣はついさきほどこう言った。
ーーイルマくんが悪いんだよ。わたしのことを怪しむんだから。玲くんみたいにずっと騙されてるか、エミリちゃんみたいにずっと騙されてるふりをしてくれてたらよかったのに。
つまり木島は何も知らないが、姉はすべてを知った上で、萌衣やひよりに騙されたふりをしていたことになる。
『神の目』を持つ姉には、あらかじめすべてが見えていたのだろう。
姉が始めた、足切池から発見された遺体についての捜査会議の真似事も、すべてが茶番だったのだ。
だが姉は、奥の手である左手の薬指をイルマに預けて出掛けていた。
それは今、イルマの服のポケットの中にある。
握るだけで、姉をここに引き戻すことができる。
だが、今握ることはできなかった。
姉の左手の薬指は確かに奥の手だったが、イルマが安全な場所にいなければ、引き戻したところでまた萌衣たちに拉致されるだけだ。
「だからね、イルマくん、エミリちゃんの左手の薬指、わたしにちょうだい?」
そして、萌衣はすべてを見抜いていた。
証拠など残ってはいないだろう。彼は警察の人間だからだ。いくらでも証拠の隠滅ができる。
イルマの言葉を聞いた萌衣は嬉しそうに微笑んだ。
「イルマくんも、SNSに山ほどいる迷探偵たちと同じなんだね。見聞きした少ない情報から犯人を断定して、証拠もないのに犯人って決めつけて、こうだったに違いないって物語を作ってる」
それは、いつもの優しい笑顔ではなく、イルマを心底馬鹿にする笑いだった。
「迷探偵がいるのは、SNSだけじゃないでしょ。警察だってそうだよ。だから兵頭新次のような冤罪事件が起きる。兵頭は無罪になったけど、この国の司法は状況証拠だけで死刑が確定したり、司法解剖の結果と供述調書に矛盾があったとしても、被告人の記憶違いとか興奮状態にあったとか、そんな理由で刑が確定したりするんだ」
だからイルマも言い返すことにした。
「そういうことが二度と起きないために、鵜山京一郎や警察はエミリちゃんの『神の目』がほしいみたいだよ」
「それ、冤罪を産み出して、事件の真相を明らかにしようとした記者まで闇に葬った男が言っていいセリフじゃないよね?」
鵜山京一郎は、兵頭新次に自分の罪を押し付けようとした。
足切事件の真犯人を暴こうとしていた前田剛という記者まで殺していた。
そんな人間に、冤罪を産み出さないために姉の『神の目』が必要だなどと言う資格などなかった。
だが、イルマにはわかったことがあった。
「やっとわかったよ。ぼくたちにE.O.P.レンズが与えられたのは、姉さんのような『神の目』を持つ存在を生み出すためだったんだね」
萌衣は黙って頷いた。
「エミリちゃんはね、人類の最高傑作なんだよ。『神の目』は『ラプラスの悪魔』と同義なの」
ラプラスの悪魔とは、フランスの数学者ラプラスが提唱した「宇宙の全ての粒子の位置と運動量を完全に把握できれば、未来の全てを完全に予測できる」する仮想の超知性の概念だ。
古典物理学の世界観では理論上可能とされていたが、量子力学の不確定性原理により、素粒子の位置と運動量を同時に完全に測定することは不可能とされ、現代科学では存在しないと考えられている。
つまり、『神の目』とは、素粒子の位置と運動量を同時に完全に測定することさえも可能な目ということなのだろう。
そして、わかったことはもうひとつあった。
「姉さんはもう、萌衣さんたちに拉致されてるんだね」
そうとしか考えられなかった。
尾上カナイや鵜山京一郎たちをはじめとする犯罪者たちが、姉を拉致したのだろう。
姉は『神の目』を持っていても、そのギフト『リモート・ワーカーズ』には殺傷能力は皆無だ。ギフトで襲われればなす術もない。
「姉さんは無事なの?」
「無事だよ。高校のときみたいに、また死なれちゃったら困るし。エミリちゃんを生き返らせることができる鞍馬葉子はイルマくんの体の中だしね。だから、大事に大事に扱ってるから心配ないよ」
姉や木島玲、そしてイルマが7年前に死んだことは、萌衣たちにとってイレギュラーだったのだろう。
鞍馬葉子の『ホワイト・フォクシーズ』がなければ、3人とも7年前に死んだままだったからだ。
7年前に姉は白目病にかかり、E.O.P.レンズの手術を受けた。
両親も同時期に手術を受けた。
両親は間もなく失踪したが、家族を捨てたわけではなかった。
姉やイルマのためにE.O.P.レベルのスコア管理のためのスコアブックを残してくれていた。
いや、今思うと両親の失踪理由の時系列はおかしかった。
厩戸見市の住人がナノマシン入りのワクチンを接種したのは4年前のことだ。脳に蓄積したナノマシンによって犯罪のスコア管理が行われるやうになり、スコアが一定値を下回ると人体発火が起きるようになったのも4年前のことだ。
E.O.P.レンズのレベルと、ナノマシンのスコアが連動するようになったのも4年前なのだ。
あのスコアブックは両親が残したものなのではなく、姉がイルマのために作ったものだったのかもしれない。
両親は本当にイルマとエミリを捨てただけだったのかもしれない。
おかしなことはまだあった。
7年前の段階で、姉が『神の目』に到達することを予測できた人間などいるはずがなかったことだ。
姉や木島やイルマを生き返らせる必要などなかったはずなのだ。
だが鞍馬葉子は、萌衣に泣いて頼まれたと言っていた。
予測していたとしか考えられなかった。
そんなことができる人間はーー
ひとりだけいた。
茶川ひよりだ。
未来予知の能力を持つ彼女なら、そのことが予知できたはずだ。
同時に茶川ひよりもまた萌衣と同じ側の人間だったということになる。
イルマは思わず笑ってしまった。
自分のまわりはすべて敵だらけだったのだ。
それだけでなく、萌衣はついさきほどこう言った。
ーーイルマくんが悪いんだよ。わたしのことを怪しむんだから。玲くんみたいにずっと騙されてるか、エミリちゃんみたいにずっと騙されてるふりをしてくれてたらよかったのに。
つまり木島は何も知らないが、姉はすべてを知った上で、萌衣やひよりに騙されたふりをしていたことになる。
『神の目』を持つ姉には、あらかじめすべてが見えていたのだろう。
姉が始めた、足切池から発見された遺体についての捜査会議の真似事も、すべてが茶番だったのだ。
だが姉は、奥の手である左手の薬指をイルマに預けて出掛けていた。
それは今、イルマの服のポケットの中にある。
握るだけで、姉をここに引き戻すことができる。
だが、今握ることはできなかった。
姉の左手の薬指は確かに奥の手だったが、イルマが安全な場所にいなければ、引き戻したところでまた萌衣たちに拉致されるだけだ。
「だからね、イルマくん、エミリちゃんの左手の薬指、わたしにちょうだい?」
そして、萌衣はすべてを見抜いていた。
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