情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア -THE NEW WORLD MAKER-

あめの みかな

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#69

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「鵜山京一郎はね、足切萌衣を殺したくて殺したんじゃないんだよ。兵頭新次に自分の罪を押し付けようとしたことも、足切事件の真犯人を暴こうとしていた前田剛という記者を殺したことも、彼の意思なんかじゃないの。命令されてただけ」

だとしても殺しは殺しだ。ただの実行犯にすぎないとしても許されるというわけじゃない。それは萌衣もわかっているはずだった。

「萌衣さんも、鵜山と同じで誰かに命令されてるんでしょ?」

彼女もまた、鵜山と変わらない立場だからだ。
そして、その誰かが警察ではないことはわかっていた。
萌衣は警察とは無関係だからだ。
もっと得たいの知れない何かだった。
そんなものはひとつしかなかった。

「素雲教の教祖だよね。ラース様って呼ばれてる人でしょ?」

特定の宗教団体やその関係者をターゲットとした、インターネット上での嫌がらせ行為や攻撃を継続的に行う集団だ。
宗教団体を自称しているが、実際には特定の思想や教義に基づくものではなく、インターネット掲示板などを拠点とする匿名ユーザーの集まりでしかない。
萌衣は大きく手を叩いて満面の笑みをその美しい顔に浮かべた。
正解ということだろう。

「わたしは誰か、イルマくんのさっきの問いに答えてあげる。わたしは鵜山京一郎の娘。だから、足切家の養女になる前の名前は鵜山萌衣。名前は元々萌衣だったの。イルマくんの友達の鵜山恭介はわたしの弟だよ。あの子はわたしのことを知らないけどね」

「鵜山の娘だったから、名前がたまたま萌衣だったから、たまたま同い年だったから、足切家の養女になって、かからなくてもいい白目病にかかって、手術を受けることさえできなかったの?」

萌衣には選択をすることなどできなかっただろうことはわかっていた。当時はまだ4歳だったからだ。
自分の一度きりの大切な人生の重要な選択であっても、大人の都合で振り回されるのが子どもというものだ。
同時にイルマは、あぁ、だからかとも思った。
いくらギフトによって死蝋化が進んでいたとはいえ、萌衣の影にいつもついてまわるだけの存在に成り下がっていたとはいえ、彼女が父親であるはずの足切神社の神主を足切池の底に流れてくる水脈を止めるために使い、その上にセメントを流し込むのはおかしいと思っていた。
あれは彼女なりの義理の父親への復讐だったのだろう。神主が自分のギフトによって完全に死蝋化し、自我や体の形までを失ってしまったのも、彼女が何らかの方法でギフトを暴走させた結果かもしれなかった。

「わたしは何にも後悔なんてしてないよ。足切萌衣は生きていてはいけなかったの。あの子は物心つく前からギフトを使いこなしてた。生まれてからのたった4年間で、ありとあらゆる事故や事件、戦争、災害、疫病、何百何千何万もの悲劇を引き起こしてきたの。彼女のギフトは『足切様』そのもの。彼女の存在は『厄災』そのもの」

「たとえそうだとしても、本物の萌衣さんが死んでからも、3.11やパンデミックや戦争は起きてきたでしょ?悲惨な事件や事故だって起き続けてる。今だってそうだ。これからもそうだよ」

「足切萌衣は死後もそのギフトは『厄災』として存在し続けてる。だから、素雲教は『救厄』の力を持つ者を集め始めたの。鵜山京一郎ーーわたしのパパも尾上カナイも姫織星彦も多々良崇、それからイルマくんの体の中にいる人たちや、警察に捕まった人たち、全員が足切萌衣のギフトに対抗するために選ばれたんだよ」

「全員、ただの人殺しだよ」

「そのすべては『救厄』のために行われたことなの。イルマくんにはわからないかもしれないけど、生きていてはいけない人を」

どうかしていると思った。
イルマの五臓六腑の中には、救済のために従兄弟で親友である青年の自殺幇助をした男がいる。自殺幇助ををした後、遺体を足切池に捨てた者がいる。
その男だけではなく、全員が自分達の殺人を正当化していた。

「それにね、イルマくん、足切萌衣はいつか『大厄災』と呼ばれるものを引き起こすことがわかってたんだよ」

「大厄災?南海トラフ地震でも起こすの?」

「大厄災は、数千年に一度ずつ起きる、人類文明のリセットのことだよ。どっかの漫画家が夢に見て、今年の7月5日に起きると言われてた巨大地震のことは知ってるでしょ?」

確かにそんな噂は聞いていた。
夢を漫画にしたものがベストセラーになり、その予言と称されたものに陰謀論者たちが次々と尾ひれをつけていった。
その結果、日本列島は二つに割れるとまで言われていた。

「その地震は東国にとって千載一遇のチャンスだったの。丁湾有事を起こし、そこを拠点として沖縄や九州、四国に攻め込まれるはずだった。災害への対応で自衛隊が手一杯になっているときにね。東国はアメリカや世界各国に対して、こう言うの。『日本に加勢することがあれば核を撃ち込む』ってね。ロビエトがアクアライナに攻め込むときに使ったのと同じ手だよ。米軍基地から米軍は撤退を余儀なくされ、非核三原則を守り続けてきたこの国はただただ蹂躙される。それから先は、核を持つ国が持たざる国を蹂躙する時代が始まるの」

そして、人類文明がリセットされる世界最終戦争が始まるのだという。

「そんなこと、起きなかったじゃないか」

「起きなかった。確かにそうだね。でも、それはわたしたちが止めたからなの。わたしたちは『救厄の聖者たち』と呼ばれる存在だったから。存在してるだけで『大厄災』を止めることができるの。でも、今、今度こそ『大厄災』が起きようとしてる。イルマくんが『時間という概念が存在しない世界のようなもの』に、わたしたちのうちのふたりを閉じ込めてしまったから」

「鞍馬葉子と藤島大地を返せばいいの?」

「そうだね。すぐに返してくれたら、手荒な真似をしなくてもすむんだ」

「工藤明って奴は?」

「その子はいらない。素雲教の関係者だけど、ギフトを持ってないんだもん」

足止めくらいには役に立ったじゃないかと、工藤明に足止めされたイルマは思った。

「それにね、足切池から上がった遺体は9体じゃなく、10体だったでしょ?」

確かにその通りだった。
すべての始まりは、イルマが白目病の手術を受けた翌日、退院したイルマが病院から乗ってきたタクシーの運転手だった。
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