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多々良崇のギフトは、HEAVENLY FOREST(天国の森)。
インフルエンザのときに見るような悪夢が現実としておそいかかってくるというものだったという。
「やたら巨大な数字が押し寄せてくるようなやつか」
「世界が繰り返す無限ループとかな」
「自分が何かの粒子になって漂ってたりってもあるよな」
「音がやたら増幅されて、うるさいやら恐いやらで、泣きたくなるのとかも」
「胸に圧がかかるような夢もきついよなぁ。あれ、起きてもまだ続いてる気がするだろ」
「全然物語になってない映像の断片ばかり続くのが、個人的にきついかな。小難しいフランスの映画みたいで」
イルマも経験したことがあるが、インフルエンザのときは、通常よりもおかしな夢を見るようになる。
体温が39度前後になるため、思考がまとまらなくなるからだと聞いたことがあった。
脳の過活動、いわゆる混乱状態によって、映像や音や感情がランダムに混ざりあい、時間感覚が崩れることによって、長い夢を一瞬で見た気がしたり、不安や恐怖が強く出るため、追われる夢、終わらないループ、抽象的な圧迫感などが増える。
「今年公開された映画でも、インフルエンザのときに見る夢みたいって言われてた映画があったよな」
恭介は言った。
あぁ、そんな映画もあったなとイルマは思い出した。
姉は昔その映画の監督のファンだったが、何作か前から「どうせテレビでやるからわざわざ映画館まで観に行かなくてもいい」と言うようになった。
そんなことを言い出したらほとんどの映画がそうだろうと思ったのを覚えていた。
半年か一年待てばどんな映画でもテレビや配信に来るからだ。
最後に映画館で観た映画はなんだっただろうか。イルマはもうそれすらも思い出せなくなっていた。
「ぼくたちの現実も、相当インフルエンザのときの夢みたいだけどね」
「インフルエンザのときの夢の方がまだましだろ?」
自嘲気味に言ったイルマに恭介がそう答えたのは、夢では萌衣は死なないからだろう。
萌衣はもう喋らない。動くこともない。恭介の腕の中でただ抱かれているだけだ。
「てか、お前、もうインフルエンザのときの夢って言いたいだけだろ?」
「流行ってるからイルマもせいぜい気を付けろってことだよ」
姫織星彦のギフトは『デストルクトゥール・ル・ソベール』。
7種類のチョコレートを作り出し、それを食べる、食べさせることで、病気や怪我にすることや治すことができるものだった。
鵜山京一郎が言っていたことは本当だったのだ。
つまり、これでイルマや姉の若年性認知症を治すことができる犠巫徒はいなくなってしまったことになる。
どこかに似たギフトを持つ者がいればいいが、そう簡単にはいかないだろう。
尾上カナイのギフトは『スクワット(無断占拠)』。
日本全国にある空き家に対象となる者を閉じ込めるものだったという。
空き家のドアや窓はすべてふさがれ、脱出不可能な状態にするものだったらしい。
「つまり、姉さんが拉致監禁されてるのはそこだということか」
「勘がいいな」
その空き家が今も脱出不可能かどうかはわからないが、姉の左手の薬指はイルマの服のポケットにある。
もうこの家に脅威はない。いつでも姉を呼び戻せる状態だったが、姉に萌衣の焼死体を見せたくなかった。
「萌衣姉ちゃんとはたまに電話で話してたんだ。最近はいつもお前のことを楽しそうに話してたよ。8つも年上の姉ちゃんを射止めるなんて、お前はすげぇ奴なんだなって思ってた」
「別にすごくないよ。姉さんがいるから、年上の女の子の扱いが少しわかるだけ」
「わかってねぇな。それがすごいんだよ。俺だって条件は一緒だからな」
「恭介は離れて暮らしてたんだから一緒じゃないだろ」
そうだなと寂しそうに恭介は言った。
本来なら、萌衣と恭介も、エミリとイルマのように共に暮らせるはずだった。
だが、鵜山京一郎が、素雲教がそれを許さなかった。ふたりを引き裂いた。
「ぼくの初恋も萌衣さんだったよ」
「だったら、付き合えばよかったのに。学校休んでる間、2ヶ月もこの家で一緒に暮らしてたんだろ?」
「そうだね。今さらどうにもならないけど、ちゃんと気持ちを伝えて付き合えばよかった」
「イルマ、お前のギフトで姉ちゃんを『時間という概念が存在しない世界のようなもの』に閉じ込めてくれるか? お前の中に一緒にいさせてやってくれ」
「いいのか?」
「あぁ、その方が姉ちゃんも喜ぶ」
イルマは恭介に言われた通りにすると、
「お前の親父さんはどうする?」
彼にそう尋ねた。
死体をここに置いておくわけにはいかない。だからと言って警察を呼ぶわけにもいかない。鵜山京一郎がいなくなったとはいえ、警察は信用できなかった。
「親父の死体は、俺の五臓六腑のひとつを使ってくれ。親父がしてきたことは、息子である俺の責任でもある」
「お前は何にも悪くないだろ。親父さんが悪事に手を染めたのも、ラース様って奴のせいだろ?」
素雲教の教祖、ラース。
男か女かもわからないという話だが、その名前からイルマはひとり心当たりがあった。
白目病の手術を受けた病院で、彼の担当看護師だった羅臼ユズリハという女だった。
「そうだとしても、親父の罪は消えない。俺が背負っていく。背負っていくっていうか、俺の体の中に入るんだけどな」
冗談交じりにそう言った恭介の五臓六腑のひとつを使い、イルマは鵜山京一郎の死体もまた『時間という概念が存在しない世界のようなもの』に閉じ込めた。
「あぁ、それと、お前の姉さんが悲しまないように、『姉ちゃんのようなもの』を作ってくれ。お前の中に姉ちゃんがいれば作れるだろ?」
それはもはや神の領分ではないか。自分がしていいのか?
そんな疑問がふとイルマの頭をよぎった。
「もしかして、『姉ちゃんのようなもの』を作るのは神の領分だなんて思ってないよな?」
恭介はイルマの葛藤を一瞬で見破った。
「そんな倫理観は捨てちまえ。人は、教会が言ってるみたいに神が作ったんじゃない。何十万年も前にとっくにいたんだ」
アフリカ東部で発見されたというミトコンドリア・イヴとY染色体アダムのことだろう。
6000年ほど前に神が人を作ったと主張する教会は、それはそれ、これはこれと別物のように扱っているが、考古学的な資料がすべてだ。
インフルエンザのときに見るような悪夢が現実としておそいかかってくるというものだったという。
「やたら巨大な数字が押し寄せてくるようなやつか」
「世界が繰り返す無限ループとかな」
「自分が何かの粒子になって漂ってたりってもあるよな」
「音がやたら増幅されて、うるさいやら恐いやらで、泣きたくなるのとかも」
「胸に圧がかかるような夢もきついよなぁ。あれ、起きてもまだ続いてる気がするだろ」
「全然物語になってない映像の断片ばかり続くのが、個人的にきついかな。小難しいフランスの映画みたいで」
イルマも経験したことがあるが、インフルエンザのときは、通常よりもおかしな夢を見るようになる。
体温が39度前後になるため、思考がまとまらなくなるからだと聞いたことがあった。
脳の過活動、いわゆる混乱状態によって、映像や音や感情がランダムに混ざりあい、時間感覚が崩れることによって、長い夢を一瞬で見た気がしたり、不安や恐怖が強く出るため、追われる夢、終わらないループ、抽象的な圧迫感などが増える。
「今年公開された映画でも、インフルエンザのときに見る夢みたいって言われてた映画があったよな」
恭介は言った。
あぁ、そんな映画もあったなとイルマは思い出した。
姉は昔その映画の監督のファンだったが、何作か前から「どうせテレビでやるからわざわざ映画館まで観に行かなくてもいい」と言うようになった。
そんなことを言い出したらほとんどの映画がそうだろうと思ったのを覚えていた。
半年か一年待てばどんな映画でもテレビや配信に来るからだ。
最後に映画館で観た映画はなんだっただろうか。イルマはもうそれすらも思い出せなくなっていた。
「ぼくたちの現実も、相当インフルエンザのときの夢みたいだけどね」
「インフルエンザのときの夢の方がまだましだろ?」
自嘲気味に言ったイルマに恭介がそう答えたのは、夢では萌衣は死なないからだろう。
萌衣はもう喋らない。動くこともない。恭介の腕の中でただ抱かれているだけだ。
「てか、お前、もうインフルエンザのときの夢って言いたいだけだろ?」
「流行ってるからイルマもせいぜい気を付けろってことだよ」
姫織星彦のギフトは『デストルクトゥール・ル・ソベール』。
7種類のチョコレートを作り出し、それを食べる、食べさせることで、病気や怪我にすることや治すことができるものだった。
鵜山京一郎が言っていたことは本当だったのだ。
つまり、これでイルマや姉の若年性認知症を治すことができる犠巫徒はいなくなってしまったことになる。
どこかに似たギフトを持つ者がいればいいが、そう簡単にはいかないだろう。
尾上カナイのギフトは『スクワット(無断占拠)』。
日本全国にある空き家に対象となる者を閉じ込めるものだったという。
空き家のドアや窓はすべてふさがれ、脱出不可能な状態にするものだったらしい。
「つまり、姉さんが拉致監禁されてるのはそこだということか」
「勘がいいな」
その空き家が今も脱出不可能かどうかはわからないが、姉の左手の薬指はイルマの服のポケットにある。
もうこの家に脅威はない。いつでも姉を呼び戻せる状態だったが、姉に萌衣の焼死体を見せたくなかった。
「萌衣姉ちゃんとはたまに電話で話してたんだ。最近はいつもお前のことを楽しそうに話してたよ。8つも年上の姉ちゃんを射止めるなんて、お前はすげぇ奴なんだなって思ってた」
「別にすごくないよ。姉さんがいるから、年上の女の子の扱いが少しわかるだけ」
「わかってねぇな。それがすごいんだよ。俺だって条件は一緒だからな」
「恭介は離れて暮らしてたんだから一緒じゃないだろ」
そうだなと寂しそうに恭介は言った。
本来なら、萌衣と恭介も、エミリとイルマのように共に暮らせるはずだった。
だが、鵜山京一郎が、素雲教がそれを許さなかった。ふたりを引き裂いた。
「ぼくの初恋も萌衣さんだったよ」
「だったら、付き合えばよかったのに。学校休んでる間、2ヶ月もこの家で一緒に暮らしてたんだろ?」
「そうだね。今さらどうにもならないけど、ちゃんと気持ちを伝えて付き合えばよかった」
「イルマ、お前のギフトで姉ちゃんを『時間という概念が存在しない世界のようなもの』に閉じ込めてくれるか? お前の中に一緒にいさせてやってくれ」
「いいのか?」
「あぁ、その方が姉ちゃんも喜ぶ」
イルマは恭介に言われた通りにすると、
「お前の親父さんはどうする?」
彼にそう尋ねた。
死体をここに置いておくわけにはいかない。だからと言って警察を呼ぶわけにもいかない。鵜山京一郎がいなくなったとはいえ、警察は信用できなかった。
「親父の死体は、俺の五臓六腑のひとつを使ってくれ。親父がしてきたことは、息子である俺の責任でもある」
「お前は何にも悪くないだろ。親父さんが悪事に手を染めたのも、ラース様って奴のせいだろ?」
素雲教の教祖、ラース。
男か女かもわからないという話だが、その名前からイルマはひとり心当たりがあった。
白目病の手術を受けた病院で、彼の担当看護師だった羅臼ユズリハという女だった。
「そうだとしても、親父の罪は消えない。俺が背負っていく。背負っていくっていうか、俺の体の中に入るんだけどな」
冗談交じりにそう言った恭介の五臓六腑のひとつを使い、イルマは鵜山京一郎の死体もまた『時間という概念が存在しない世界のようなもの』に閉じ込めた。
「あぁ、それと、お前の姉さんが悲しまないように、『姉ちゃんのようなもの』を作ってくれ。お前の中に姉ちゃんがいれば作れるだろ?」
それはもはや神の領分ではないか。自分がしていいのか?
そんな疑問がふとイルマの頭をよぎった。
「もしかして、『姉ちゃんのようなもの』を作るのは神の領分だなんて思ってないよな?」
恭介はイルマの葛藤を一瞬で見破った。
「そんな倫理観は捨てちまえ。人は、教会が言ってるみたいに神が作ったんじゃない。何十万年も前にとっくにいたんだ」
アフリカ東部で発見されたというミトコンドリア・イヴとY染色体アダムのことだろう。
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