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#76
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「もしかして、『姉ちゃんのようなもの』を作るのは神の領分だなんて思ってないよな? そんな倫理観は捨てちまえ。人は、教会が言ってるみたいに神が作ったんじゃない。何十万年も前にとっくにいたんだ。神が人を作ったなんてのは、何千年も前の、実際にいたかどうかすらさだかじゃない預言者が勝手に言い始めただけだ」
恭介が言っているのは、大洪水の後、神による人類救済の出発点として選ばれ祝福された最初の預言者であり、伝説と歴史の間に生きた「信仰の父」とも呼ばれる人物のことだろう。
「日本だって、邪馬台国の存在を知らなかった連中が日本神話を作ったから、考古学的な資料と矛盾しまくってるだろ? それと同じだよ」
邪馬台国は魏志倭人伝に記されていたが、そのことが日本に伝わったのは江戸時代の後期だった。
神話と地続きにあったはずの王家やとりまきの貴族たちは、その歴史書の内容にきっと震えあがったことだろう。あるいは、現人神などではなくやはりただの人間だったと安堵したかもしれない。
「それにお前はもう『鳳凰のようなもの』や『不死鳥のようなもの』を作ってるんだ。よその国の神鳥を作った奴が今さら人間ひとり作るのにびびるなよ」
絶対零度の氷の麒麟のギフトを持つ男の言葉は重かった。
神など信じていない。
自分が神になるつもりもない。もちろん悪魔にも。
たまたま新しい世界の作り手としての力を持ってしまっただけのただの人間だ。
萌衣を生き返らせるわけでもない。クローンを作るわけでもない。
これから自分が作る『萌衣のようなもの』は、自分のためではない。姉を悲しませないためであり、恭介がそれを望んでいるからだ。
本当にそうだろうか?
自分がただ萌衣を欲しているだけではないのだろうか?
萌衣は、恭介を守るために自ら死を受け入れた。
いや、萌衣なら自分がこうするであろうことはわかっていたはずだった。
イルマは迷いは捨てることにした。
ーーニュー・ワールド・メイカー。
そして、自分の体の中にいる萌衣の遺体を元に『萌衣のようなもの』を作り出した。
その素材には、この2ヶ月以上ずっと『ホワイトボードのようなもの』になっていたものを使った。
『椅子のようなもの』でもよかったが、『ホワイトボードのようなもの』には彼女には不都合なことーー鵜山京一郎が、20年前に4歳の足切萌衣を殺したことや、その真犯人を暴こうとしていた前田剛という記者を殺したことが書かれていたからだ。
『萌衣のようなもの』は、美しい裸体でリビングに転がった。
その姿はまるで芸術作品のようだった。
タイトルをつけるとしたらーーいや、タイトルなど必要のないほど美しかった。
「うまくいったのか?」
「たぶんね。まだわからないけど、見た目は問題なさそうだね」
『人のようなもの』など作ったことなどなかったから、イルマにはそう答えることしかできなかった。
萌衣の普段着は燃えてしまっていたから、イルマはバスローブを取りに行こうとした。
「わざわざ取りにいかなくても、これでいいだろ?」
恭介がソファの上に畳んで置いてあった巫女衣装を『萌衣のようなもの』にかける。その表情には、姉が再び生を承けた喜びと、本当に姉かどうかはまだわからない、そんな不安が入り混じっていた。
イルマはただ、ゴクリと生唾を飲んだ。
巫女衣装をかけられた『萌衣のようなもの』は、裸体よりも美しく見えたのだ。
「萌衣姉ちゃん? 姉ちゃん、起きて。起きてよ」
懇願するように恭介がその体を揺すった。
呼吸はしているようだった。呼吸にあわせて胸が上下していた。イルマがその脚に触れると、人肌のぬくもりがあった。『萌衣のようなもの』は、ちゃんと生きていた。
やがて、「うぅん」という寝起きの声と共に『萌衣のようなもの』は目を覚まし、体を起こした。
「あれ? もしかして、恭ちゃんがいる? どうしたの?」
恭介がせっかくかけた巫女衣装がずれ、控えめな乳房があらわになっていた。
『萌衣のようなもの』は巫女衣装を手に取り、
「あれ? あれあれ?」
しばらく眺めると、
「もしかして、わたし裸!? なんで?」
小さく悲鳴を上げた。かわいかった。
「萌衣姉ちゃんが寝てるときに服脱いじゃったんだよ」
「えー? わたし、巫女の格好のまま眠っちゃったの? 下着もつけずに?」
少し無理があるなと思いながらも、恭介のとっさの機転にイルマは感心した。
自分ならそんな風には出来なかっただろう。姉にならきっとできる。
だが、『萌衣のようなもの』は違う。
乳房やその先にある美しい色をした突起物を見つめることしかできなかった。
『萌衣のようなもの』は、見た目も声も完全に萌衣そのものであり、そして、その記憶は昨日までの状態にした。
昨日までの記憶と言っても、素雲教に関する記憶は引き継がせなかった。
だから、彼女は自分の出自が鵜山家にあることは知っていても、それ以上のことは何も知らない。
自分の存在を本物か偽物か疑うことがないようにもした。
それで『萌衣のようなもの』は、足切萌衣として、そして鵜山萌衣としても生きていけるだろう。
「あっ、そうか。恭ちゃん、イルマくんと友達だって言ってたから、遊びに来たんだね」
「そうそう。こいつ、美人の姉ちゃんがいるって言ってたから紹介しろって前から言ってたんだけど、なかなか紹介してくれないからさ、おしかけてきたんだ。そしたら萌衣姉ちゃんが寝てたんだよ」
つい先程、炭のようになった姉と別れたばかりの恭介は目に涙をためてそう言った。
「ふうん、わたしがいるのにエミリちゃんのことが気になるんだ?」
『萌衣のようなもの』は、恭介の涙には気づいていなかった。
かつてイルマがあげた「失明した人間の目が見えるようになるだけでなく、白濁した黒目も元通りに見える眼鏡のようなもの」をつけてはいなかったからだ。
人体発火したとき、火がそれに燃え移ることはなく、床に落ちたままだった。
イルマはそれを拾うと、『萌衣のようなもの』の顔にかけてやった。
「ありがとう、イルマくん。恭ちゃんと違ってイルマくんはいつもわたしに優しいね」
「俺は家族愛は深いけど、シスコンじゃないの。第一、萌衣姉ちゃんは、こいつのことが好きなんだろ? 」
「ちょっ、恭ちゃん、何言ってるの!?」
『萌衣のようなもの』は、顔を真っ赤にして、イルマから視線をそらした。
その仕種は完全に萌衣そのものだった。
「ところでエミリちゃんはどうしたの?」
真っ赤な顔のままイルマを見上げた萌衣にそう問われると、彼はポケットの中の姉の左手の薬指を握った。
恭介が言っているのは、大洪水の後、神による人類救済の出発点として選ばれ祝福された最初の預言者であり、伝説と歴史の間に生きた「信仰の父」とも呼ばれる人物のことだろう。
「日本だって、邪馬台国の存在を知らなかった連中が日本神話を作ったから、考古学的な資料と矛盾しまくってるだろ? それと同じだよ」
邪馬台国は魏志倭人伝に記されていたが、そのことが日本に伝わったのは江戸時代の後期だった。
神話と地続きにあったはずの王家やとりまきの貴族たちは、その歴史書の内容にきっと震えあがったことだろう。あるいは、現人神などではなくやはりただの人間だったと安堵したかもしれない。
「それにお前はもう『鳳凰のようなもの』や『不死鳥のようなもの』を作ってるんだ。よその国の神鳥を作った奴が今さら人間ひとり作るのにびびるなよ」
絶対零度の氷の麒麟のギフトを持つ男の言葉は重かった。
神など信じていない。
自分が神になるつもりもない。もちろん悪魔にも。
たまたま新しい世界の作り手としての力を持ってしまっただけのただの人間だ。
萌衣を生き返らせるわけでもない。クローンを作るわけでもない。
これから自分が作る『萌衣のようなもの』は、自分のためではない。姉を悲しませないためであり、恭介がそれを望んでいるからだ。
本当にそうだろうか?
自分がただ萌衣を欲しているだけではないのだろうか?
萌衣は、恭介を守るために自ら死を受け入れた。
いや、萌衣なら自分がこうするであろうことはわかっていたはずだった。
イルマは迷いは捨てることにした。
ーーニュー・ワールド・メイカー。
そして、自分の体の中にいる萌衣の遺体を元に『萌衣のようなもの』を作り出した。
その素材には、この2ヶ月以上ずっと『ホワイトボードのようなもの』になっていたものを使った。
『椅子のようなもの』でもよかったが、『ホワイトボードのようなもの』には彼女には不都合なことーー鵜山京一郎が、20年前に4歳の足切萌衣を殺したことや、その真犯人を暴こうとしていた前田剛という記者を殺したことが書かれていたからだ。
『萌衣のようなもの』は、美しい裸体でリビングに転がった。
その姿はまるで芸術作品のようだった。
タイトルをつけるとしたらーーいや、タイトルなど必要のないほど美しかった。
「うまくいったのか?」
「たぶんね。まだわからないけど、見た目は問題なさそうだね」
『人のようなもの』など作ったことなどなかったから、イルマにはそう答えることしかできなかった。
萌衣の普段着は燃えてしまっていたから、イルマはバスローブを取りに行こうとした。
「わざわざ取りにいかなくても、これでいいだろ?」
恭介がソファの上に畳んで置いてあった巫女衣装を『萌衣のようなもの』にかける。その表情には、姉が再び生を承けた喜びと、本当に姉かどうかはまだわからない、そんな不安が入り混じっていた。
イルマはただ、ゴクリと生唾を飲んだ。
巫女衣装をかけられた『萌衣のようなもの』は、裸体よりも美しく見えたのだ。
「萌衣姉ちゃん? 姉ちゃん、起きて。起きてよ」
懇願するように恭介がその体を揺すった。
呼吸はしているようだった。呼吸にあわせて胸が上下していた。イルマがその脚に触れると、人肌のぬくもりがあった。『萌衣のようなもの』は、ちゃんと生きていた。
やがて、「うぅん」という寝起きの声と共に『萌衣のようなもの』は目を覚まし、体を起こした。
「あれ? もしかして、恭ちゃんがいる? どうしたの?」
恭介がせっかくかけた巫女衣装がずれ、控えめな乳房があらわになっていた。
『萌衣のようなもの』は巫女衣装を手に取り、
「あれ? あれあれ?」
しばらく眺めると、
「もしかして、わたし裸!? なんで?」
小さく悲鳴を上げた。かわいかった。
「萌衣姉ちゃんが寝てるときに服脱いじゃったんだよ」
「えー? わたし、巫女の格好のまま眠っちゃったの? 下着もつけずに?」
少し無理があるなと思いながらも、恭介のとっさの機転にイルマは感心した。
自分ならそんな風には出来なかっただろう。姉にならきっとできる。
だが、『萌衣のようなもの』は違う。
乳房やその先にある美しい色をした突起物を見つめることしかできなかった。
『萌衣のようなもの』は、見た目も声も完全に萌衣そのものであり、そして、その記憶は昨日までの状態にした。
昨日までの記憶と言っても、素雲教に関する記憶は引き継がせなかった。
だから、彼女は自分の出自が鵜山家にあることは知っていても、それ以上のことは何も知らない。
自分の存在を本物か偽物か疑うことがないようにもした。
それで『萌衣のようなもの』は、足切萌衣として、そして鵜山萌衣としても生きていけるだろう。
「あっ、そうか。恭ちゃん、イルマくんと友達だって言ってたから、遊びに来たんだね」
「そうそう。こいつ、美人の姉ちゃんがいるって言ってたから紹介しろって前から言ってたんだけど、なかなか紹介してくれないからさ、おしかけてきたんだ。そしたら萌衣姉ちゃんが寝てたんだよ」
つい先程、炭のようになった姉と別れたばかりの恭介は目に涙をためてそう言った。
「ふうん、わたしがいるのにエミリちゃんのことが気になるんだ?」
『萌衣のようなもの』は、恭介の涙には気づいていなかった。
かつてイルマがあげた「失明した人間の目が見えるようになるだけでなく、白濁した黒目も元通りに見える眼鏡のようなもの」をつけてはいなかったからだ。
人体発火したとき、火がそれに燃え移ることはなく、床に落ちたままだった。
イルマはそれを拾うと、『萌衣のようなもの』の顔にかけてやった。
「ありがとう、イルマくん。恭ちゃんと違ってイルマくんはいつもわたしに優しいね」
「俺は家族愛は深いけど、シスコンじゃないの。第一、萌衣姉ちゃんは、こいつのことが好きなんだろ? 」
「ちょっ、恭ちゃん、何言ってるの!?」
『萌衣のようなもの』は、顔を真っ赤にして、イルマから視線をそらした。
その仕種は完全に萌衣そのものだった。
「ところでエミリちゃんはどうしたの?」
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