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ーー素雲教の幹部に、安倍之瀬イエス(あべのせ いえす)って奴がいる。メシアを自称してて、そいつがラース様を操ってる真の教祖だって話もあるらしい。
恭介はそう言っていた。その男こそがナノマシンやE.O.P.レンズをギフトで作り出したのかもしれない。
「ラプラスの悪魔なんて、ひとりいれば十分だろ? それに君が本当に千手観察者なら、君ひとりで十分なはずだ。人間をわざわざラプラスの悪魔にする必要は何?」
「このせかいいがいにも、せかいはやまほどそんざいするからだよ。ギフトがあるせかいもあれば、ないせかいもある。ギフトがそんざいするせかいだけでも、いまのところこのせかいのほかによっつのせかいがそんざいしてることがわかってるんだ。ギフトじゃなくて、まほうがそんざいするせかいもあるんだよ」
マルチバースというやつだろうか。
歴史のどこかで枝分かれした無数の世界すべてを管理・監督するためには、最低四つはラプラスの悪魔が必要なのかもしれない。いや、四つでは足りないだろう。
ラプラスの悪魔は、せいぜいひとつの世界しか管理・監督できないからだ。
素雲教の者たちがイルマの成長を待ったのは、彼がギフトに目覚め、人さえも甦らせる力を持つことに気づかせるためだったのかもしれない。
気づくように仕向けられたのかもしれなかった。
萌衣の死は、鵜山京一郎や恭介にとってはイレギュラーであったかも知れないが、ラース様や安倍之瀬イエスにとってはシナリオ通りだったのだろう。
そのシナリオを提供したのも誰かはわかる。未来予知の能力を持つ茶川ひよりだ。彼女は完全にあちら側の人間なのだ。
イルマならば自分だけでなく他人の五臓六腑までも使い、『姉のようなもの』を大量に生産できる。他人の五臓六腑を元にして新たな生命を産み出したとしても、その他人に害は一切ない。その生命に死が訪れない限り、五臓六腑にも死はない。
80億人いる人類すべての五臓六腑を使えば、880億のラプラスの悪魔を作ることができ、同じ数だけの世界を管理・監督できるようになる。
その880億の世界にも80億の人類が存在し、イルマさえ世界間移動が可能となれば、その五臓六腑を使ってさらにラプラスの悪魔を作り出すこともできるだろう。
880億の世界×80億人×五臓六腑という、もはや暗算ではわからない数のラプラスの悪魔を作り出せてしまう。
ラプラスの悪魔である姉は悪ではないが、イルマの存在そのものが悪魔であり悪なのだ。
「だから、ぼくはきみののうとめも、ラースちゃんにとどけるんだ」
「そのヘラヘラした顔でよくそんな残酷なことが言えるね」
「だって、こわいかおでいうよりも、このかおでいったほうがこわいでしょ?」
「その顔は『微笑む菩薩(びしょうむぼさつ)』のものだろ? 隣の澄ました顔は『清浄の如来(せいじょうのにょらい)』、険しい顔は『輪廻導師(りんねどうし)』、子どもみたいな顔は『無垢の童子(むくのどうじ)』ってところか?」
黄泉路神話において、微笑む菩薩は救いは「支配」と思い込む、愛に飢えた存在だ。
望みを叶える代わりに、自我を少しずつ奪う。
微笑む菩薩がいないと生きられない世界を作ることを目的とし、見返りを求めないふりをした、いちばん重い愛を人に与える。
人を懐柔するためにはうってつけの存在だ。
だが、イルマが今話しているのは別の悪神だろう。
清浄の如来は秩序と純血を崇拝する潔癖狂。
「正しい人間」だけが残る理想世界の創造を目的とし、不完全なものを排除し、血統と歴史を書き換える。
輪廻導師(りんねどうし)は終わりを許さない執着の化身。
魂を転生させつづけ、苦しみごと循環させる。
永遠の修行で人間を「完成」させることを目的とする。
“解脱”は、輪廻導師にとって最大の冒涜であるらしい。
無垢の童子(むくのどうじ)の永遠の幼さは責任を負わない自由そのもの。
本能を刺激し、文明を退化させ、すべての大人を「おもちゃ」にする。
かわいらしさほど、暴力的なものはないということなのだろう。
イルマが今話しているのは、微笑む菩薩の顔を借りたこの無垢の童子だ。
「うんうん、そうだよー。でも、それだけじゃないんだよね」
もはやロビンソンではない悪神の集合体は、すでに増やした腕だけでなく、その顔までも増やしていった。
「その新しい顔は『黒釈迦(こくしゃか)』と『終焉明王(しゅうえんみょうおう)』ってやつか」
「そうだ。我らはこの国の代々の王や権力者たち、そして、この国以外の者たちを、1万年以上に渡って操り、この国を支配してきた『偽りの仏たち』そのものだ」
「仏のふりをしているだけだがな。我らはこの国の代々の王たちが見てきた『滅びの高天原』に蠢く七つの影である」
黒釈迦と終焉明王の顔は言う。
黒釈迦は、悟りの先に見た虚無に魅入られた賢者であり、価値観を反転し、希望を嘲笑に変える。
すべての信仰を腐らせ、世界を静寂へと向かわせる。
救世主の皮をかぶった虚無であり、信じる心を壊す者だ。
終焉明王は、破壊こそ救済と確信する狂烈な慈悲を持ち、文明の寿命を刈り取り、再誕を強制する存在であり、世界を燃やし、何度でもやり直させる。
死こそが彼にとっての救いであり、彼こそが高天原を滅ぼした張本人だった。
鵜山京一郎の言っていた『大厄災を起こす者』とは、4歳のときに殺された本物の足切萌衣のことではなく、終焉明王のことなのだろう。
「やっと確信できたよ。神が人間を作ったわけじゃないんだな。人間が神を作っただけ。だから、ギフトで君たちを再現することができるんだ」
悪神たちに向かってイルマは言った。
一見慈悲深い仏に見えるが、実際は人を縛り、導き、依存させるだけの存在だ。
八百万の神が存在するとされ、神仏習合によって仏までもが神となったこの国では悪神ですんでいるが、彼らは別の国や宗教では悪魔や堕天使と呼ばれる存在なのだろう。
「そうだ。人は縛られることを望み、導かれることを望み、そして神や仏に依存する。弱き人間たちが救いを求めて我らを産み出した」
そういう時代も確かにあっただろう。
現代でも神の存在にしがみつき、救いを求める者も少なくない。
だから信仰の自由を笠にして、財産を持つことは悪だと教え、信者から財産すべてを巻き上げるカルト教団が存在するのだ。
恭介はそう言っていた。その男こそがナノマシンやE.O.P.レンズをギフトで作り出したのかもしれない。
「ラプラスの悪魔なんて、ひとりいれば十分だろ? それに君が本当に千手観察者なら、君ひとりで十分なはずだ。人間をわざわざラプラスの悪魔にする必要は何?」
「このせかいいがいにも、せかいはやまほどそんざいするからだよ。ギフトがあるせかいもあれば、ないせかいもある。ギフトがそんざいするせかいだけでも、いまのところこのせかいのほかによっつのせかいがそんざいしてることがわかってるんだ。ギフトじゃなくて、まほうがそんざいするせかいもあるんだよ」
マルチバースというやつだろうか。
歴史のどこかで枝分かれした無数の世界すべてを管理・監督するためには、最低四つはラプラスの悪魔が必要なのかもしれない。いや、四つでは足りないだろう。
ラプラスの悪魔は、せいぜいひとつの世界しか管理・監督できないからだ。
素雲教の者たちがイルマの成長を待ったのは、彼がギフトに目覚め、人さえも甦らせる力を持つことに気づかせるためだったのかもしれない。
気づくように仕向けられたのかもしれなかった。
萌衣の死は、鵜山京一郎や恭介にとってはイレギュラーであったかも知れないが、ラース様や安倍之瀬イエスにとってはシナリオ通りだったのだろう。
そのシナリオを提供したのも誰かはわかる。未来予知の能力を持つ茶川ひよりだ。彼女は完全にあちら側の人間なのだ。
イルマならば自分だけでなく他人の五臓六腑までも使い、『姉のようなもの』を大量に生産できる。他人の五臓六腑を元にして新たな生命を産み出したとしても、その他人に害は一切ない。その生命に死が訪れない限り、五臓六腑にも死はない。
80億人いる人類すべての五臓六腑を使えば、880億のラプラスの悪魔を作ることができ、同じ数だけの世界を管理・監督できるようになる。
その880億の世界にも80億の人類が存在し、イルマさえ世界間移動が可能となれば、その五臓六腑を使ってさらにラプラスの悪魔を作り出すこともできるだろう。
880億の世界×80億人×五臓六腑という、もはや暗算ではわからない数のラプラスの悪魔を作り出せてしまう。
ラプラスの悪魔である姉は悪ではないが、イルマの存在そのものが悪魔であり悪なのだ。
「だから、ぼくはきみののうとめも、ラースちゃんにとどけるんだ」
「そのヘラヘラした顔でよくそんな残酷なことが言えるね」
「だって、こわいかおでいうよりも、このかおでいったほうがこわいでしょ?」
「その顔は『微笑む菩薩(びしょうむぼさつ)』のものだろ? 隣の澄ました顔は『清浄の如来(せいじょうのにょらい)』、険しい顔は『輪廻導師(りんねどうし)』、子どもみたいな顔は『無垢の童子(むくのどうじ)』ってところか?」
黄泉路神話において、微笑む菩薩は救いは「支配」と思い込む、愛に飢えた存在だ。
望みを叶える代わりに、自我を少しずつ奪う。
微笑む菩薩がいないと生きられない世界を作ることを目的とし、見返りを求めないふりをした、いちばん重い愛を人に与える。
人を懐柔するためにはうってつけの存在だ。
だが、イルマが今話しているのは別の悪神だろう。
清浄の如来は秩序と純血を崇拝する潔癖狂。
「正しい人間」だけが残る理想世界の創造を目的とし、不完全なものを排除し、血統と歴史を書き換える。
輪廻導師(りんねどうし)は終わりを許さない執着の化身。
魂を転生させつづけ、苦しみごと循環させる。
永遠の修行で人間を「完成」させることを目的とする。
“解脱”は、輪廻導師にとって最大の冒涜であるらしい。
無垢の童子(むくのどうじ)の永遠の幼さは責任を負わない自由そのもの。
本能を刺激し、文明を退化させ、すべての大人を「おもちゃ」にする。
かわいらしさほど、暴力的なものはないということなのだろう。
イルマが今話しているのは、微笑む菩薩の顔を借りたこの無垢の童子だ。
「うんうん、そうだよー。でも、それだけじゃないんだよね」
もはやロビンソンではない悪神の集合体は、すでに増やした腕だけでなく、その顔までも増やしていった。
「その新しい顔は『黒釈迦(こくしゃか)』と『終焉明王(しゅうえんみょうおう)』ってやつか」
「そうだ。我らはこの国の代々の王や権力者たち、そして、この国以外の者たちを、1万年以上に渡って操り、この国を支配してきた『偽りの仏たち』そのものだ」
「仏のふりをしているだけだがな。我らはこの国の代々の王たちが見てきた『滅びの高天原』に蠢く七つの影である」
黒釈迦と終焉明王の顔は言う。
黒釈迦は、悟りの先に見た虚無に魅入られた賢者であり、価値観を反転し、希望を嘲笑に変える。
すべての信仰を腐らせ、世界を静寂へと向かわせる。
救世主の皮をかぶった虚無であり、信じる心を壊す者だ。
終焉明王は、破壊こそ救済と確信する狂烈な慈悲を持ち、文明の寿命を刈り取り、再誕を強制する存在であり、世界を燃やし、何度でもやり直させる。
死こそが彼にとっての救いであり、彼こそが高天原を滅ぼした張本人だった。
鵜山京一郎の言っていた『大厄災を起こす者』とは、4歳のときに殺された本物の足切萌衣のことではなく、終焉明王のことなのだろう。
「やっと確信できたよ。神が人間を作ったわけじゃないんだな。人間が神を作っただけ。だから、ギフトで君たちを再現することができるんだ」
悪神たちに向かってイルマは言った。
一見慈悲深い仏に見えるが、実際は人を縛り、導き、依存させるだけの存在だ。
八百万の神が存在するとされ、神仏習合によって仏までもが神となったこの国では悪神ですんでいるが、彼らは別の国や宗教では悪魔や堕天使と呼ばれる存在なのだろう。
「そうだ。人は縛られることを望み、導かれることを望み、そして神や仏に依存する。弱き人間たちが救いを求めて我らを産み出した」
そういう時代も確かにあっただろう。
現代でも神の存在にしがみつき、救いを求める者も少なくない。
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