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#85
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さすがに笑いが込み上げてきた。
ここまで口汚く罵っても、彼ら黄泉路神話の神々が自分を殺してくれないからだった。
「何がおかしい? 何を笑っているのだ? 村戸イルマ」
アマツミカボシがイルマに問う。
星の核のような球体の頭と、赤や金、白に光る瞳を持ち、天体儀に似たいくつもの球体でヒト型の体が構成されている神だった。そのいくつもの球体は、どれも夜空のような深い藍色をしていた。
球体関節人形というものがあるが、その神は関節だけでなくすべてが球体なのだ。彼が星そのものであり、その身に星を宿しているからだろう。
神々がイルマの命を奪おうとしないのは、この神のせいかもしれなかった。
彼は神々の中でただ一柱、命令に従わなかった存在であり、戦う神ではなく、戦争という概念が通じない神だった。
イルマが笑ったのは、神々がいつまで経っても自分を殺してくれないことだけが理由ではなかった。
目の前にいる神々が、イルマのことをフルネームで呼びたいだけの人たちに見えたのだ。
まるでコントだった。ただし、すごく出来の悪いコントだ。
「村戸イルマ、貴様はどれだけ我々神を愚弄すれば気がするのだ?」
黄泉路神話の神々も、黒釈迦之終焉明王も自分を殺してはくれない。
だったら、イルマが取るべき選択はひとつだけだった。
「愚弄なんてしてるつもりは全くないよ。ぼくは、自ら素雲教にこの身を差し出すんだよ。萌衣さんやその家族の安全を保証してくれさえすれば、もうそれだけでいい。君たちを作り出したのは人間の想像力だよ。召喚しといて悪いけど、『ネムル・アビスのようなもの』を使って早く帰ってよ」
もちろん鵜山恭介のこともだが。
黒釈迦之終焉明王が、大切な人たちの安全も保証してくれさえすれば本当にそれでよかった。
「いつまでペチャクチャ喋っているつもり? 喋ってる暇があるなら手を動かしたら?」
『亡命の神々』のうちの一柱、死の門を司るメソポタミアの神・エレシュキガルが言う。
黒や深紅を基調とした衣を身にまとい、王冠を被った威厳ある女神であり、その表情は厳しく、慈悲はほぼ感じられない。
そのため、恐ろしいというより絶対的な支配者といった印象を相手に抱かせる。
黄泉路神話では、冥界の法そのものであった彼女は、亡命した際に黄泉の国にも法という概念を持ち込んだとされていた。
「そなたらが、あの狭い家やこの村を破壊してくれたおかげで、よくやくわらわも力をふるえる」
ーー七つの門。
黒釈迦之終焉明王の目の前に門が七つ現れた。
荘厳で美しい門だった。
「なんだ? この門は。何故通りたくなる? 通らずにはいられないぞ……」
「黒釈迦よ、何をしている? 危険だとわからんのか? いや、これはなんて素晴らしい門なんだ……」
黒釈迦も終焉明王もその門に引き寄せられるようにそのひとつひとつをくぐっていった。
「わらわの『七つの門』は、どんな神であっても必ず通りたくなるのじゃ。通らずにはいられなくなる。そして、通過するたびに力を奪う」
エレシュキガルは、武力ではなく制度と裁きで殺す神だった。
会社で一番敵に回したくない上司のような存在かもしれない。
「そなたらが九柱の神々が一体化した存在ならば、ひとつ門を通るたびに、一柱ずつ神が剥がれる。メッキが剥がれるようにな。そして、剥がれた神は門に喰われる贄となる。七つすべてを通った後、そなたらは七柱の神を失うのじゃ」
最初に門の贄となったのは、微笑む菩薩(びしょうむぼさつ)だった。
清浄の如来(せいじょうのにょらい)、輪廻導師(りんねどうし)、無垢の童子(むくのどうじ)、千手観察者(せんじゅかんさつしゃ)が次々と剥がされ贄となっていった。
「まずいぞ、黒釈迦。このままでは我らも……」
終焉明王ですらその門の力に逆らうことはできないようだった。すでに五柱の悪神が剥がれ、贄となっていた。
「感謝するのだな、終焉明王よ。私が零点神童(ぜろてんしんどう)と業火黒点丸(ごうかこくてんまる)を呼ばなければ、私も貴様もこのカラクリ人形から引き剥がされていたところだ」
「すまぬな、黒釈迦。零点神童、業火黒点丸、貴様らの死を無駄にはせんぞ」
「だが、人類文明をリセットし続けてきた悪神にはここでおいとましてもらうとしよう」
「なんだと? 貴様、我を裏切るつもりか?」
黒釈迦之終焉明王の体から、終焉明王が押し出された。黒釈迦が押し出したのだ。
「裏切るも何も、私たちは最初から敵であったことを忘れたか?」
ーーそれぞれの戦いは終わることなく続き、やがて、六魔すべては突如として現れた終焉明王と戦うこととなった。
「終わりこそ救い」
ーー六魔は、人を生かす形で支配しようとしていたが、終焉明王の救いは破壊そのもの。
ーーその最も純粋で最も残酷な慈悲は、六魔さえ震え上がらせる。
「燃えよ。死ねよ。そこから始まれ」
「……それを救済と呼ぶのですか?」
救済の形の違いこそ、最大の戦火。
七魔が争い合う理由。
その根にある感情は、
「自分こそが最も人間を愛している」
という確信からであった。
ゆえに譲れず、ゆえに滅びが生まれるのだ。
「七魔相克譚 ―救済をめぐる神々の争い」より
「やっと貴様たちから人間を解放することができる」
悟りの先に見た虚無に魅入られた賢者・黒釈迦は、価値観を反転し、希望を嘲笑に変える。
すべての信仰を腐らせ、世界を“静寂”へと向かわせる。
救世主の皮をかぶった虚無は、信じる心を壊す。
「この世界には神も仏も必要ない。必要なのは、人間のみ」
「貴様も『偽りの仏』の一柱だろう!?」
「私は人間だよ。今から2500年ほど前にインド・ネパール国境付近のシャカ族の王子として生まれた、ゴータマ・シッダールタ。今風に言うならその暗黒面ってやつかな」
「黒釈迦、貴様ーーーーっ!!」
終焉明王は門の贄となり消滅した。
「最後の門だ。零点神童、業火黒点丸、どちらかが犠牲にならなければいけない」
「黒釈迦様、贄にするなら零点神童を! この業火黒点丸、先の戦いで敗れた零点神童と違い、必ずお役に立ちます」
「そうだな。業火黒点丸、お前は確かに零点神童より役に立つ。だが、残念なことに零点神童は、村戸イルマの氷結麒麟・四式に敗れたときにもう死んでるんだよ」
「えっ!? 嘘だろ? 零点神童!? おい、返事をしろ! おい!」
体から押し出されたのは、業火黒点丸だった。
業火黒点丸はその地獄の業火で門を焼こうとしたが、門に火が燃え移ることはなかった。
ここまで口汚く罵っても、彼ら黄泉路神話の神々が自分を殺してくれないからだった。
「何がおかしい? 何を笑っているのだ? 村戸イルマ」
アマツミカボシがイルマに問う。
星の核のような球体の頭と、赤や金、白に光る瞳を持ち、天体儀に似たいくつもの球体でヒト型の体が構成されている神だった。そのいくつもの球体は、どれも夜空のような深い藍色をしていた。
球体関節人形というものがあるが、その神は関節だけでなくすべてが球体なのだ。彼が星そのものであり、その身に星を宿しているからだろう。
神々がイルマの命を奪おうとしないのは、この神のせいかもしれなかった。
彼は神々の中でただ一柱、命令に従わなかった存在であり、戦う神ではなく、戦争という概念が通じない神だった。
イルマが笑ったのは、神々がいつまで経っても自分を殺してくれないことだけが理由ではなかった。
目の前にいる神々が、イルマのことをフルネームで呼びたいだけの人たちに見えたのだ。
まるでコントだった。ただし、すごく出来の悪いコントだ。
「村戸イルマ、貴様はどれだけ我々神を愚弄すれば気がするのだ?」
黄泉路神話の神々も、黒釈迦之終焉明王も自分を殺してはくれない。
だったら、イルマが取るべき選択はひとつだけだった。
「愚弄なんてしてるつもりは全くないよ。ぼくは、自ら素雲教にこの身を差し出すんだよ。萌衣さんやその家族の安全を保証してくれさえすれば、もうそれだけでいい。君たちを作り出したのは人間の想像力だよ。召喚しといて悪いけど、『ネムル・アビスのようなもの』を使って早く帰ってよ」
もちろん鵜山恭介のこともだが。
黒釈迦之終焉明王が、大切な人たちの安全も保証してくれさえすれば本当にそれでよかった。
「いつまでペチャクチャ喋っているつもり? 喋ってる暇があるなら手を動かしたら?」
『亡命の神々』のうちの一柱、死の門を司るメソポタミアの神・エレシュキガルが言う。
黒や深紅を基調とした衣を身にまとい、王冠を被った威厳ある女神であり、その表情は厳しく、慈悲はほぼ感じられない。
そのため、恐ろしいというより絶対的な支配者といった印象を相手に抱かせる。
黄泉路神話では、冥界の法そのものであった彼女は、亡命した際に黄泉の国にも法という概念を持ち込んだとされていた。
「そなたらが、あの狭い家やこの村を破壊してくれたおかげで、よくやくわらわも力をふるえる」
ーー七つの門。
黒釈迦之終焉明王の目の前に門が七つ現れた。
荘厳で美しい門だった。
「なんだ? この門は。何故通りたくなる? 通らずにはいられないぞ……」
「黒釈迦よ、何をしている? 危険だとわからんのか? いや、これはなんて素晴らしい門なんだ……」
黒釈迦も終焉明王もその門に引き寄せられるようにそのひとつひとつをくぐっていった。
「わらわの『七つの門』は、どんな神であっても必ず通りたくなるのじゃ。通らずにはいられなくなる。そして、通過するたびに力を奪う」
エレシュキガルは、武力ではなく制度と裁きで殺す神だった。
会社で一番敵に回したくない上司のような存在かもしれない。
「そなたらが九柱の神々が一体化した存在ならば、ひとつ門を通るたびに、一柱ずつ神が剥がれる。メッキが剥がれるようにな。そして、剥がれた神は門に喰われる贄となる。七つすべてを通った後、そなたらは七柱の神を失うのじゃ」
最初に門の贄となったのは、微笑む菩薩(びしょうむぼさつ)だった。
清浄の如来(せいじょうのにょらい)、輪廻導師(りんねどうし)、無垢の童子(むくのどうじ)、千手観察者(せんじゅかんさつしゃ)が次々と剥がされ贄となっていった。
「まずいぞ、黒釈迦。このままでは我らも……」
終焉明王ですらその門の力に逆らうことはできないようだった。すでに五柱の悪神が剥がれ、贄となっていた。
「感謝するのだな、終焉明王よ。私が零点神童(ぜろてんしんどう)と業火黒点丸(ごうかこくてんまる)を呼ばなければ、私も貴様もこのカラクリ人形から引き剥がされていたところだ」
「すまぬな、黒釈迦。零点神童、業火黒点丸、貴様らの死を無駄にはせんぞ」
「だが、人類文明をリセットし続けてきた悪神にはここでおいとましてもらうとしよう」
「なんだと? 貴様、我を裏切るつもりか?」
黒釈迦之終焉明王の体から、終焉明王が押し出された。黒釈迦が押し出したのだ。
「裏切るも何も、私たちは最初から敵であったことを忘れたか?」
ーーそれぞれの戦いは終わることなく続き、やがて、六魔すべては突如として現れた終焉明王と戦うこととなった。
「終わりこそ救い」
ーー六魔は、人を生かす形で支配しようとしていたが、終焉明王の救いは破壊そのもの。
ーーその最も純粋で最も残酷な慈悲は、六魔さえ震え上がらせる。
「燃えよ。死ねよ。そこから始まれ」
「……それを救済と呼ぶのですか?」
救済の形の違いこそ、最大の戦火。
七魔が争い合う理由。
その根にある感情は、
「自分こそが最も人間を愛している」
という確信からであった。
ゆえに譲れず、ゆえに滅びが生まれるのだ。
「七魔相克譚 ―救済をめぐる神々の争い」より
「やっと貴様たちから人間を解放することができる」
悟りの先に見た虚無に魅入られた賢者・黒釈迦は、価値観を反転し、希望を嘲笑に変える。
すべての信仰を腐らせ、世界を“静寂”へと向かわせる。
救世主の皮をかぶった虚無は、信じる心を壊す。
「この世界には神も仏も必要ない。必要なのは、人間のみ」
「貴様も『偽りの仏』の一柱だろう!?」
「私は人間だよ。今から2500年ほど前にインド・ネパール国境付近のシャカ族の王子として生まれた、ゴータマ・シッダールタ。今風に言うならその暗黒面ってやつかな」
「黒釈迦、貴様ーーーーっ!!」
終焉明王は門の贄となり消滅した。
「最後の門だ。零点神童、業火黒点丸、どちらかが犠牲にならなければいけない」
「黒釈迦様、贄にするなら零点神童を! この業火黒点丸、先の戦いで敗れた零点神童と違い、必ずお役に立ちます」
「そうだな。業火黒点丸、お前は確かに零点神童より役に立つ。だが、残念なことに零点神童は、村戸イルマの氷結麒麟・四式に敗れたときにもう死んでるんだよ」
「えっ!? 嘘だろ? 零点神童!? おい、返事をしろ! おい!」
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