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パンッという乾いた音がして、黒釈迦の魂はその存在そのものが消えた。
そして、動けなくなってしまったロビンソンの体には、木島玲だけが残されていた。
イルマは木島に駆け寄った。
「木島さん、まだ生きてる?」
「あぁ……俺を依り代としていた奴らは消えた……」
「木島さん、どこから来たの? その場所の緯度と軽度はわかる? ぼくをそこに転移してほしいんだ」
木島のギフト『カルナバル・バベル』なら、それができるはずだった。
そして、おそらくその場所こそが、素雲教の本拠地だ。
その場所に転移さえしてもらえれば、そこにいるであろう尾上カムイを倒すことができる。倒すと言っても『時間という概念が存在しない世界のようなもの』に閉じ込めるだけになるだろうが。
そこには羅臼ユズリハや安倍之瀬イエスがいるかもしれないが、ここにいる神々を連れていけば、素雲教を壊滅させることなど簡単だろう。
「そんなことより、早く助けてくれ……俺の体はバラバラに切り刻まれて、このロボットの中に入れられてるんだ……」
そうだった。木島はギフトを使える状況ではなかった。その顔は青白く、満身創痍そのものだった。
だが、イルマは医者ではない。ただの高校生だ。
ギフトも『木島のようなもの』を作り出すことはできても、彼を治す力はなかった。使い方次第では治癒の力があるのかもしれないが、思い付いてはいなかった。
そんな力があれば、とっくに姉や自分の若年性認知症を治していた。
「ごめん、木島さん。ぼくには木島さんをそこから助け出すことはできないんだ……木島さんは今、その機械の体に生かされてる。だからそこから出したら死んじゃうんだよ」
「冗談やめろよ……この体の中で生かされてる……? 俺がどれだけつらいかお前、知らないだろ……? 痛くて、辛くて、手も足も動かすこともできなくて、目もほとんど見えない……こんなの生きてるって言えないだろ……」
「木島さん、目が見えないの?」
確かにその目は虚ろで、焦点が合っていなかった。瞳孔もずっと開いたままだった。
「悪いな……もう耳もよく聞こえなくなってきた……寒い、寒いなぁ……なんでこんなに寒いんだ……」
木島は死にかけていた。
「あぁ、最後にエミリに会いたかったなぁ……俺はな、イルマ……本当にお前の姉ちゃんが好きだったんだよ……エミリには言うなよ……俺はあいつに何度も振られてるからな……かっこよく戦って死んだことにしといてくれ……」
姉がすでに死んでいるということは、彼には伝えられないと思った。
伝えなくていいことだった。
木島は死んだ。
彼は、姉や自分と同じように過去に一度死んだことがある。
彼も姉も自分も鞍馬葉子のギフトでその命を繋ぎ止められた存在だったが、そのことを彼は知らなかっただろう。イルマが知らなかったように。
だから彼にとって、この死は最初の死なのだ。それは怖いだろうなと思った。
人は自分が死ぬときのことを想像することはできても、その通りに死が訪れるわけではない。終活という言葉があるが、本当に死を覚悟して受け入れる準備をすることなどできないのではないだろうか。
「この木島という男は私が助けよう」
仮面をつけ、炎や骸骨の装飾を身にまとった鬼神、あるいは守護神のような姿をした神・ツァムナーが言う。
その恐ろしい顔は、おそらく忿怒相(ふんぬそう)と呼ばれるものだった。
仏教や密教において、悪や煩悩を調伏し、人々を正しい道へ導くため、怒りの表情や恐ろしい姿で表現される仏がいる。不動明王や愛染明王、仁王像などだ。
単なる怒りではなく、仏法を守り抜こうとする強い意志と深い慈悲の現れだとされている。
人々を救済するための「動」の力強い姿でもあるという。
ツァムナーはマヤ神話の神であり、仏ではない。死と再生の書記だ。だが、忿怒相という言葉は他国の神に使ってもおかしい言葉ではないだろう。
その顔は本当に忿怒相そのものだった。
「そんなこと、できるの?」
「私の力で、この男の魂を捕らえ、死と再生の儀式を行う」
ーーDeath & ReBirth(死と再生)
ツァムナーの力によって、ロビンソンの集合体であったものは一瞬で砂になった。
そして、砂の中から木島の体が現れた。
神々や木島が言っていた通り、彼はその体をバラバラにされていた。
バラバラになった体にその砂がまとわりつき、ツァムナーはひとつひとつの部位にまるで接着剤がついているかのように繋ぎ合わせていった。
イルマはその光景を見ながら、まるでギフトだなと思った。ツァムナーだけでなく、他の神々の力はすべてギフトのようだった。
神々の力と、人間に与えられたギフトのどこが違うのかを考えたりもした。
たぶん同じものだった。
イルマには、神が人間を作り出したのではなく、人間が神を作り出したことはわかっていた。神々もそれを認めていた。
だが、物語の登場人物として作られたわけではなく、その存在そのものが人間のギフトによって作られた存在なのかもしれない。
あるいは、ギフトを持つ人間が神になったのかもしれなかった。
「肉体は再生させた。魂もふきこんだ。だが、目覚めるまでには少しだけ時間がかかる。どこか安全な場所ーーこの村の家屋はすべて焼き払われてしまったから、あの神社がいいだろうな、あそこに運ぶといいだろう」
「それならば、この男は私が運ぼう」
鏡に世界の裏側を映すアステカ神話の神・テスカトリポカが言った。
彼は戦争や夜、運命を司る神だ。
顔や体に黒い縞模様があり、片足が黒曜石の煙という出で立ちの神だった。黒い縞模様は未来・罪・真実を映すという黒曜石の鏡だという。
若者のようにも見えるし、老人のようにも見えた。
その全身の筋肉が膨れ上がり、身長までもが1.5倍ほどに大きく伸びた。
そして、木島の体を片腕で軽々と持ち上げると、その肩に担ぎ上げた。
「私の体は全身が海綿体でできている。つまり、勃起と同じ要領で肉体が巨大化するということだ」
「勃起と一緒……? もしかして興奮したってこと?」
「そういうことになるな」
それが彼のギフトということだろうか。
「これまでの流れのどこに興奮する要素があったの?」
「気づいていなかったのか? お前が召喚した神々はすべて私が殺した。私は神殺しによって性的興奮を得て、力を何倍にも膨れ上がらせることができるのだ」
テスカトリポカの言う通り、彼以外の神はもうそのすべての姿がなかった。
そして、動けなくなってしまったロビンソンの体には、木島玲だけが残されていた。
イルマは木島に駆け寄った。
「木島さん、まだ生きてる?」
「あぁ……俺を依り代としていた奴らは消えた……」
「木島さん、どこから来たの? その場所の緯度と軽度はわかる? ぼくをそこに転移してほしいんだ」
木島のギフト『カルナバル・バベル』なら、それができるはずだった。
そして、おそらくその場所こそが、素雲教の本拠地だ。
その場所に転移さえしてもらえれば、そこにいるであろう尾上カムイを倒すことができる。倒すと言っても『時間という概念が存在しない世界のようなもの』に閉じ込めるだけになるだろうが。
そこには羅臼ユズリハや安倍之瀬イエスがいるかもしれないが、ここにいる神々を連れていけば、素雲教を壊滅させることなど簡単だろう。
「そんなことより、早く助けてくれ……俺の体はバラバラに切り刻まれて、このロボットの中に入れられてるんだ……」
そうだった。木島はギフトを使える状況ではなかった。その顔は青白く、満身創痍そのものだった。
だが、イルマは医者ではない。ただの高校生だ。
ギフトも『木島のようなもの』を作り出すことはできても、彼を治す力はなかった。使い方次第では治癒の力があるのかもしれないが、思い付いてはいなかった。
そんな力があれば、とっくに姉や自分の若年性認知症を治していた。
「ごめん、木島さん。ぼくには木島さんをそこから助け出すことはできないんだ……木島さんは今、その機械の体に生かされてる。だからそこから出したら死んじゃうんだよ」
「冗談やめろよ……この体の中で生かされてる……? 俺がどれだけつらいかお前、知らないだろ……? 痛くて、辛くて、手も足も動かすこともできなくて、目もほとんど見えない……こんなの生きてるって言えないだろ……」
「木島さん、目が見えないの?」
確かにその目は虚ろで、焦点が合っていなかった。瞳孔もずっと開いたままだった。
「悪いな……もう耳もよく聞こえなくなってきた……寒い、寒いなぁ……なんでこんなに寒いんだ……」
木島は死にかけていた。
「あぁ、最後にエミリに会いたかったなぁ……俺はな、イルマ……本当にお前の姉ちゃんが好きだったんだよ……エミリには言うなよ……俺はあいつに何度も振られてるからな……かっこよく戦って死んだことにしといてくれ……」
姉がすでに死んでいるということは、彼には伝えられないと思った。
伝えなくていいことだった。
木島は死んだ。
彼は、姉や自分と同じように過去に一度死んだことがある。
彼も姉も自分も鞍馬葉子のギフトでその命を繋ぎ止められた存在だったが、そのことを彼は知らなかっただろう。イルマが知らなかったように。
だから彼にとって、この死は最初の死なのだ。それは怖いだろうなと思った。
人は自分が死ぬときのことを想像することはできても、その通りに死が訪れるわけではない。終活という言葉があるが、本当に死を覚悟して受け入れる準備をすることなどできないのではないだろうか。
「この木島という男は私が助けよう」
仮面をつけ、炎や骸骨の装飾を身にまとった鬼神、あるいは守護神のような姿をした神・ツァムナーが言う。
その恐ろしい顔は、おそらく忿怒相(ふんぬそう)と呼ばれるものだった。
仏教や密教において、悪や煩悩を調伏し、人々を正しい道へ導くため、怒りの表情や恐ろしい姿で表現される仏がいる。不動明王や愛染明王、仁王像などだ。
単なる怒りではなく、仏法を守り抜こうとする強い意志と深い慈悲の現れだとされている。
人々を救済するための「動」の力強い姿でもあるという。
ツァムナーはマヤ神話の神であり、仏ではない。死と再生の書記だ。だが、忿怒相という言葉は他国の神に使ってもおかしい言葉ではないだろう。
その顔は本当に忿怒相そのものだった。
「そんなこと、できるの?」
「私の力で、この男の魂を捕らえ、死と再生の儀式を行う」
ーーDeath & ReBirth(死と再生)
ツァムナーの力によって、ロビンソンの集合体であったものは一瞬で砂になった。
そして、砂の中から木島の体が現れた。
神々や木島が言っていた通り、彼はその体をバラバラにされていた。
バラバラになった体にその砂がまとわりつき、ツァムナーはひとつひとつの部位にまるで接着剤がついているかのように繋ぎ合わせていった。
イルマはその光景を見ながら、まるでギフトだなと思った。ツァムナーだけでなく、他の神々の力はすべてギフトのようだった。
神々の力と、人間に与えられたギフトのどこが違うのかを考えたりもした。
たぶん同じものだった。
イルマには、神が人間を作り出したのではなく、人間が神を作り出したことはわかっていた。神々もそれを認めていた。
だが、物語の登場人物として作られたわけではなく、その存在そのものが人間のギフトによって作られた存在なのかもしれない。
あるいは、ギフトを持つ人間が神になったのかもしれなかった。
「肉体は再生させた。魂もふきこんだ。だが、目覚めるまでには少しだけ時間がかかる。どこか安全な場所ーーこの村の家屋はすべて焼き払われてしまったから、あの神社がいいだろうな、あそこに運ぶといいだろう」
「それならば、この男は私が運ぼう」
鏡に世界の裏側を映すアステカ神話の神・テスカトリポカが言った。
彼は戦争や夜、運命を司る神だ。
顔や体に黒い縞模様があり、片足が黒曜石の煙という出で立ちの神だった。黒い縞模様は未来・罪・真実を映すという黒曜石の鏡だという。
若者のようにも見えるし、老人のようにも見えた。
その全身の筋肉が膨れ上がり、身長までもが1.5倍ほどに大きく伸びた。
そして、木島の体を片腕で軽々と持ち上げると、その肩に担ぎ上げた。
「私の体は全身が海綿体でできている。つまり、勃起と同じ要領で肉体が巨大化するということだ」
「勃起と一緒……? もしかして興奮したってこと?」
「そういうことになるな」
それが彼のギフトということだろうか。
「これまでの流れのどこに興奮する要素があったの?」
「気づいていなかったのか? お前が召喚した神々はすべて私が殺した。私は神殺しによって性的興奮を得て、力を何倍にも膨れ上がらせることができるのだ」
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