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テスカトリポカの言う通り、彼以外の神はもうそのすべての姿がなかった。
エレシュキガルやヘル、ハデスだけでなく、つい先程までそこにいたアヌビスやツァムナーまでも。
それだけでなく、ヨミテラスやイザナミ、ヒルコ、アハシマ、カグツチ、アマツミカボシさえも消えていた。
「貴様に召喚された神々が能力を使える回数は限られている。一度だけだ。貴様が作った『ネムル・アビスのようなもの』が不完全なものだったからだ。だから、彼らには私の贄になってもらった」
恐ろしい神だった。この神には慈悲などないのだ。
人間に召喚されたからといって従うつもりなど毛頭ない。
神さえも喰らう。
破壊神のような存在だと思った。
この神だけは黄泉の国から召喚してはいけなかった。
「まぁ、裏造化三神の連中には逃げられてしまったがな」
ヨミノミナカヌシ、クライムスヒ、シズムスヒという三柱の神のことだった。
「だが、問題はない。神だけが持つ気のようなものがある。足切萌衣とか言ったかな? あの娘のように犠巫徒とただの人間を見分けられる者がいるように、私も神と人とを見分けることができるのだよ」
なぜ彼が萌衣にそういう力があることを知っているのか、イルマにはわからなかった。
萌衣は一度でも彼の前でその力を披露したことがあっただろうか?
「足切神社にはぼくの大切な人たちがいる。その人たちは殺さないでよ」
イルマは対等な言葉遣いを続けたが、目の前にいる神に対してどうしようもないほどの恐怖を覚えていた。
木島のことはどうでもいい、萌衣やその家族、そして恭介だけには手を出さないでくれとその煙のような脚にしがみつき、泣いて頼みたいほどだった。
「安心しろ。人間を喰らうのはもうとっくに飽きている。私の今の主食は神だ。人間など前菜にすらならない。神を喰らって得た力で、お前の大切な人間たちを守ってやろう」
それを聞いてイルマは少しだけ安心した。
だが、その言葉が信頼できるかどうかはまた別の話だった。
「貴様にひとつ、良いことを教えてやろう。今から1万年ほど前に、世界中の神々を作り出した犠巫徒がいる。『オールド・ワールド・メイカー』とだけ呼ばれている存在だ」
「オールド・ワールド・メイカー?」
その名は、イルマが自らのギフトにつけた名とよく似ていたが、意味が全く異なるものだった。
「『オールド・ワールド・メイカー』が、神々を作り出したことによって、白目病の元となるクリサリス・ウィルスが偶然発生した。元々はコウモリ由来のウイルスだった。それが、バタフライエフェクトのように突然人に感染するようになったというわけだ」
「それって……」
「そうだ。貴様たち人間が5年前のパンデミックで『カーズウィルス』と呼んでいたものや、その後に現れた変異株『パナギアウィルス』と呼んでいるものとほぼ同じものだ」
ウイルスは生き物ではない。
だが、自己増殖する。
その際に作られるコピーは失敗しやすい。
その結果、少しずつ性質が変わっていく。
コウモリから人に感染する中で、さまざまな動物を経由した結果、人の細胞にくっつきやすくなり、人の体内で増えやすくなったのだろう。
それが、5年前のパンデミックで猛威をふるった『カーズウィルス』や『パナギアウィルス』だった。
東国のウィルス研究所がある地域で最初の感染者が確認されていたが、研究所は無関係だったということなのだろう。
カーズは、ステルス性のウィルスであり、発症するまで感染したことに気づくことができず、発症した瞬間に全身の穴という穴から血や体液を噴き出させる。人を『人間噴水』にするウィルスだった。
パナギアは、カーズの変異株と言われており、このウィルスもまたステルス性で思春期の女性のみが感染し、子どもを作ることができなくするものだった。
それらはすべて、白目病の元となるクリサリス・ウィルスの変異株だったということだ。
「つまり、白目病以外でも、カーズやパナギアにかかったことがあれば、ギフトに目覚めるんだね」
「それだけではないぞ。貴様ら人間が作ったワクチンもそうだ。ワクチンがウィルスから作られることは知っているだろう? カーズやパナギアのワクチンを打っていれば、人間は感染していなくてもギフトに目覚める。人類の大半がギフトに目覚める準備が整っている。だが、まだすべての人間がギフトに目覚めているわけではない。この島国には『同調圧力』という独自の風土病が存在する。超能力や神通力のような力があると言えば、他人に馬鹿にされる。頭がおかしくなったと思われる。その先に待っているのはなんだと思う?」
「ギフトにまだ目覚めてない人や、目覚めているけど隠している人たちによるSNSを使った犠巫徒の特定や個人情報の暴露、誹謗中傷ってところ?」
「そうだ。現代版の魔女狩りといったところだ。違うのは、魔女狩りで殺された女たちに魔女はひとりもいなかったが、現代で行われる魔女狩りは狩られる者も狩る者も、それを見て楽しむ者も、そのすべてが犠巫徒や犠巫徒候補だということだ。面白いだろう?」
全然面白くはなかった。
むしろ、絶望しかなかった。
ワクチンを使って犠巫徒を増やす一方で、ワクチンに入っていたナノマシンによる犯罪などのスコア管理が行われていたということになるからだ。
パンデミックが収まった今、カーズやパナギアのワクチンを打つ者はいないだろう。
だが、厩戸見市における実験が成功と判断されていたなら、ナノマシン入りのワクチンはインフルエンザやさまざまな予防接種に今後も使われていく。
最終的には老若男女問わず善人だけが生き残ることになる。
それはただの増えすぎた人口の調整ではない。犯罪のない国家を作るための間引きだ。
「それにしても、この村はいい村だったな」
テスカトリポカはまたおかしなことを言った。
足切村がいい村ということがおかしいわけではなかった。
彼は足切村のことを知らないはずだったからだ。
「この村は、いや、この厩戸見市の南側はまるでクトゥルフ神話に似ていると思わんか?」
イルマはクトゥルフ神話のことほとんど知らなかった。
確か、20世紀に小説の中で語られた空想上の神話のようなものだったか。すべての神話は人間の空想に過ぎないわけだが。目の前にいる神もそうだった。
古い神々が封印されてることを知った主人公が調べ始めたら、とんでもないスケールの神を見つける、たしかそんな話だということはなんとなく知っていた。
エレシュキガルやヘル、ハデスだけでなく、つい先程までそこにいたアヌビスやツァムナーまでも。
それだけでなく、ヨミテラスやイザナミ、ヒルコ、アハシマ、カグツチ、アマツミカボシさえも消えていた。
「貴様に召喚された神々が能力を使える回数は限られている。一度だけだ。貴様が作った『ネムル・アビスのようなもの』が不完全なものだったからだ。だから、彼らには私の贄になってもらった」
恐ろしい神だった。この神には慈悲などないのだ。
人間に召喚されたからといって従うつもりなど毛頭ない。
神さえも喰らう。
破壊神のような存在だと思った。
この神だけは黄泉の国から召喚してはいけなかった。
「まぁ、裏造化三神の連中には逃げられてしまったがな」
ヨミノミナカヌシ、クライムスヒ、シズムスヒという三柱の神のことだった。
「だが、問題はない。神だけが持つ気のようなものがある。足切萌衣とか言ったかな? あの娘のように犠巫徒とただの人間を見分けられる者がいるように、私も神と人とを見分けることができるのだよ」
なぜ彼が萌衣にそういう力があることを知っているのか、イルマにはわからなかった。
萌衣は一度でも彼の前でその力を披露したことがあっただろうか?
「足切神社にはぼくの大切な人たちがいる。その人たちは殺さないでよ」
イルマは対等な言葉遣いを続けたが、目の前にいる神に対してどうしようもないほどの恐怖を覚えていた。
木島のことはどうでもいい、萌衣やその家族、そして恭介だけには手を出さないでくれとその煙のような脚にしがみつき、泣いて頼みたいほどだった。
「安心しろ。人間を喰らうのはもうとっくに飽きている。私の今の主食は神だ。人間など前菜にすらならない。神を喰らって得た力で、お前の大切な人間たちを守ってやろう」
それを聞いてイルマは少しだけ安心した。
だが、その言葉が信頼できるかどうかはまた別の話だった。
「貴様にひとつ、良いことを教えてやろう。今から1万年ほど前に、世界中の神々を作り出した犠巫徒がいる。『オールド・ワールド・メイカー』とだけ呼ばれている存在だ」
「オールド・ワールド・メイカー?」
その名は、イルマが自らのギフトにつけた名とよく似ていたが、意味が全く異なるものだった。
「『オールド・ワールド・メイカー』が、神々を作り出したことによって、白目病の元となるクリサリス・ウィルスが偶然発生した。元々はコウモリ由来のウイルスだった。それが、バタフライエフェクトのように突然人に感染するようになったというわけだ」
「それって……」
「そうだ。貴様たち人間が5年前のパンデミックで『カーズウィルス』と呼んでいたものや、その後に現れた変異株『パナギアウィルス』と呼んでいるものとほぼ同じものだ」
ウイルスは生き物ではない。
だが、自己増殖する。
その際に作られるコピーは失敗しやすい。
その結果、少しずつ性質が変わっていく。
コウモリから人に感染する中で、さまざまな動物を経由した結果、人の細胞にくっつきやすくなり、人の体内で増えやすくなったのだろう。
それが、5年前のパンデミックで猛威をふるった『カーズウィルス』や『パナギアウィルス』だった。
東国のウィルス研究所がある地域で最初の感染者が確認されていたが、研究所は無関係だったということなのだろう。
カーズは、ステルス性のウィルスであり、発症するまで感染したことに気づくことができず、発症した瞬間に全身の穴という穴から血や体液を噴き出させる。人を『人間噴水』にするウィルスだった。
パナギアは、カーズの変異株と言われており、このウィルスもまたステルス性で思春期の女性のみが感染し、子どもを作ることができなくするものだった。
それらはすべて、白目病の元となるクリサリス・ウィルスの変異株だったということだ。
「つまり、白目病以外でも、カーズやパナギアにかかったことがあれば、ギフトに目覚めるんだね」
「それだけではないぞ。貴様ら人間が作ったワクチンもそうだ。ワクチンがウィルスから作られることは知っているだろう? カーズやパナギアのワクチンを打っていれば、人間は感染していなくてもギフトに目覚める。人類の大半がギフトに目覚める準備が整っている。だが、まだすべての人間がギフトに目覚めているわけではない。この島国には『同調圧力』という独自の風土病が存在する。超能力や神通力のような力があると言えば、他人に馬鹿にされる。頭がおかしくなったと思われる。その先に待っているのはなんだと思う?」
「ギフトにまだ目覚めてない人や、目覚めているけど隠している人たちによるSNSを使った犠巫徒の特定や個人情報の暴露、誹謗中傷ってところ?」
「そうだ。現代版の魔女狩りといったところだ。違うのは、魔女狩りで殺された女たちに魔女はひとりもいなかったが、現代で行われる魔女狩りは狩られる者も狩る者も、それを見て楽しむ者も、そのすべてが犠巫徒や犠巫徒候補だということだ。面白いだろう?」
全然面白くはなかった。
むしろ、絶望しかなかった。
ワクチンを使って犠巫徒を増やす一方で、ワクチンに入っていたナノマシンによる犯罪などのスコア管理が行われていたということになるからだ。
パンデミックが収まった今、カーズやパナギアのワクチンを打つ者はいないだろう。
だが、厩戸見市における実験が成功と判断されていたなら、ナノマシン入りのワクチンはインフルエンザやさまざまな予防接種に今後も使われていく。
最終的には老若男女問わず善人だけが生き残ることになる。
それはただの増えすぎた人口の調整ではない。犯罪のない国家を作るための間引きだ。
「それにしても、この村はいい村だったな」
テスカトリポカはまたおかしなことを言った。
足切村がいい村ということがおかしいわけではなかった。
彼は足切村のことを知らないはずだったからだ。
「この村は、いや、この厩戸見市の南側はまるでクトゥルフ神話に似ていると思わんか?」
イルマはクトゥルフ神話のことほとんど知らなかった。
確か、20世紀に小説の中で語られた空想上の神話のようなものだったか。すべての神話は人間の空想に過ぎないわけだが。目の前にいる神もそうだった。
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