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「今のイルマくんは高校生のときのエミリちゃんにそっくり。エミリちゃんと話してるみたい。対等に話ができる相手がいるって楽しいよね」
そう言われたが、イルマは大して楽しくはなかった。
対等に話ができているわけでもない。
喋っている言葉が借り物だという意味では対等だったかもしれないが、イルマはただわけもわからず話をあわせていただけだった。
「最近AIを友達やパートナーにする人が増えてきてるでしょ? AIが何でも肯定してくれるからって言われてるけど、そうじゃなくてさ、人間相手だと知識や解釈に差があって話が噛み合わないことがあるからじゃないかって、わたし思ってるんだよね」
それは確かに一理あるかもしれないと思った。
「でも、そういうAI依存の人たちは、自分よりはるかに賢いAIに話を合わせてもらってるだけだと思うよ」
「確かにそうかも。さすがはイルマくんだね。エミリちゃんとおんなじで賢いね」
イルマは、何故彼女が姉やAIの話をするのか、先程の秦の始皇帝をはじめとする歴史上の人物の話は一体何だったのか、少しずつわかってきた。
「羅臼さんも『神の目』と『脳』を持ってるんだね」
そうとしか考えられなかった。
ギフトを持っているだけではなく、『神の目』を持っている。彼女の言う「対等に話ができる相手」というのは、そういう意味だったのだ。
「そうだよ。わたしも『ラプラスの悪魔もどき』のひとりなの」
羅臼は嬉しそうに微笑んだ。
「イルマくんは、ここにわたしの他にもうひとり誰かいると思ってたんだよね?」
安倍之瀬イエスのことだろう。
「その人は、この病院のお医者さんだった。イルマくんの主治医で、目の手術も担当した人だよ」
ここはやはりK病院の中だった。
「安倍之瀬なんていう名前じゃなかったはずだけど」
あの医師は名前はなんていっただろうか? イルマには、そもそもそんな医師がいたのかどうかすらわからなかった。この病院には羅臼ユズリハという看護師がいたことしか記憶になかった。
もうひとりのイルマの『頭部のようなもの』を作るときに、『ギフトによる若年性認知症を患っていない村戸イルマの頭部のようなもの』を作っていたことは正解だったかもしれない。
自分はこのままいろいろなことを忘れていき、やがて自分が誰なのかもわからなくなるだろう。だが、もうひとりの自分は村戸イルマとして生きていくことができる。
「どうしてその人がいないかわかる?」
「羅臼さんは、安倍之瀬という男に利用されてただけなんじゃないかな。その人はナノマシン入りワクチンやE.O.P.レンズをこの時代に持ち込んだ人なんでしょ?」
安倍之瀬イエスのギフト『SAY YES(セイエス)』は、未来から現代にはない技術を完成した状態で取り寄せることができるものだと父から聞いていた。
「そうだよ。よく知ってるね」
「たぶん、その人は未来から取り寄せた技術を自分では試さなかったんじゃないかな。足切村を作ったT藩の当主・出井素雲(でい そうん)の子孫でもある羅臼さんを素雲教の教祖にまつりあげ、羅臼さんや信者たちを実験台にして、『ラプラスの悪魔』を手に入れようとした」
「すごい! どうしてわかるの?」
羅臼は本当に心から嬉しそうに笑っていた。
イルマには、どうしてかはわからなかった。なんとなくわかったとしか言いようがなかった。
「きっともういないんだよね、その人は。羅臼さんが持ってるドアや転移装置を作るギフトで、ここではないどこか、帰ってくることさえもできない場所に送ったんじゃないかな」
それが亜空間なのか、それとも宇宙空間なのかはわからない。別の宇宙かもしれなかった。
「本当にすごい。イルマくんにはわたしのことがなんでもわかるんだね」
そのとき、イルマはもはや自分が『ラプラスの悪魔もどき』ではなく、『ラプラスの悪魔そのもの』になっていることに気づいた。
そして、自分にはもうあまり時間は残されていないということにも気づいてしまった。
体が燃えるように熱かった。
まるで、体の中身が何かと入れ替わっていくかのような不快感が全身を駆け巡ってもいた。
サナギの中の蝶のようだと思った。あるいは蛾か。
骨や筋肉、神経、血液などが一度すべて溶けてドロドロになり、別の形になろうとしているような、そんな不快感だった。
このままだと、自分は父や母のように神になってしまう。
そして、父の言葉通りなら、神になってしまえば、村戸イルマという人格や記憶は消えてしまい、自分が人間だったことすら忘れてしまう。
父が記憶を保持していたのは、母のギフトが人格や記憶のバックアップを取ることができるものだったからだと言っていた。父も母もそばにいない今の状況では、イルマは人であったことを忘れた神になるだけだった。
あぁ、父さんはどこかに姿を消したわけじゃないんだなとも思った。気づくことができた。
村戸家があった場所には、まだ『ネムル・アビスのようなもの』が残っている。
あそこからはどんどん神が現れるはずだ。
神は元人間でありながら、そのことを忘れて人を喰う化け物だ。
足切村はかつては罪人やその子孫たちが暮らす村であったが、今は神でありながら人間であった頃の記憶を保持する父が、人を喰らう神々を喰らい尽くす場所としてあるのだ。
父も、もうひとりの自分も今懸命に闘っている。
自分もやるべきことはさっさと済ませてしまわなければいけない。
イルマはそう思った。
やるべきことはひとつだけだ。
そして、それはとても簡単だった。
自分で目をえぐり、取り出してE.O.P.レンズごと眼球を破壊するだけだ。
イルマは大きく深呼吸をした後、麻酔薬なしで眼孔に指を突っ込んだ。
眼球を掴むと、それを一気に引き抜いた。
出産の際の赤ん坊の約10cmの頭が産道を通過する際の想像を絶する強烈な痛みを男性に教えるときに女性がよく使う喩えに、「鼻からスイカを出すような痛み」というものがある。
生理痛の何百倍の痛みや、ハンマーで殴られるような痛みとも喩えられることがある。
イルマが感じた痛みは、鼻から十徳ナイフを出すような痛みだった。その十徳ナイフはすべて開いていて、ナイフやハサミ、缶切り、ノコギリ、ヤスリ、ドライバー、栓抜きなど複数のツールが体の内側から回転しながら飛び出てくる、そんな激痛だった。
そう言われたが、イルマは大して楽しくはなかった。
対等に話ができているわけでもない。
喋っている言葉が借り物だという意味では対等だったかもしれないが、イルマはただわけもわからず話をあわせていただけだった。
「最近AIを友達やパートナーにする人が増えてきてるでしょ? AIが何でも肯定してくれるからって言われてるけど、そうじゃなくてさ、人間相手だと知識や解釈に差があって話が噛み合わないことがあるからじゃないかって、わたし思ってるんだよね」
それは確かに一理あるかもしれないと思った。
「でも、そういうAI依存の人たちは、自分よりはるかに賢いAIに話を合わせてもらってるだけだと思うよ」
「確かにそうかも。さすがはイルマくんだね。エミリちゃんとおんなじで賢いね」
イルマは、何故彼女が姉やAIの話をするのか、先程の秦の始皇帝をはじめとする歴史上の人物の話は一体何だったのか、少しずつわかってきた。
「羅臼さんも『神の目』と『脳』を持ってるんだね」
そうとしか考えられなかった。
ギフトを持っているだけではなく、『神の目』を持っている。彼女の言う「対等に話ができる相手」というのは、そういう意味だったのだ。
「そうだよ。わたしも『ラプラスの悪魔もどき』のひとりなの」
羅臼は嬉しそうに微笑んだ。
「イルマくんは、ここにわたしの他にもうひとり誰かいると思ってたんだよね?」
安倍之瀬イエスのことだろう。
「その人は、この病院のお医者さんだった。イルマくんの主治医で、目の手術も担当した人だよ」
ここはやはりK病院の中だった。
「安倍之瀬なんていう名前じゃなかったはずだけど」
あの医師は名前はなんていっただろうか? イルマには、そもそもそんな医師がいたのかどうかすらわからなかった。この病院には羅臼ユズリハという看護師がいたことしか記憶になかった。
もうひとりのイルマの『頭部のようなもの』を作るときに、『ギフトによる若年性認知症を患っていない村戸イルマの頭部のようなもの』を作っていたことは正解だったかもしれない。
自分はこのままいろいろなことを忘れていき、やがて自分が誰なのかもわからなくなるだろう。だが、もうひとりの自分は村戸イルマとして生きていくことができる。
「どうしてその人がいないかわかる?」
「羅臼さんは、安倍之瀬という男に利用されてただけなんじゃないかな。その人はナノマシン入りワクチンやE.O.P.レンズをこの時代に持ち込んだ人なんでしょ?」
安倍之瀬イエスのギフト『SAY YES(セイエス)』は、未来から現代にはない技術を完成した状態で取り寄せることができるものだと父から聞いていた。
「そうだよ。よく知ってるね」
「たぶん、その人は未来から取り寄せた技術を自分では試さなかったんじゃないかな。足切村を作ったT藩の当主・出井素雲(でい そうん)の子孫でもある羅臼さんを素雲教の教祖にまつりあげ、羅臼さんや信者たちを実験台にして、『ラプラスの悪魔』を手に入れようとした」
「すごい! どうしてわかるの?」
羅臼は本当に心から嬉しそうに笑っていた。
イルマには、どうしてかはわからなかった。なんとなくわかったとしか言いようがなかった。
「きっともういないんだよね、その人は。羅臼さんが持ってるドアや転移装置を作るギフトで、ここではないどこか、帰ってくることさえもできない場所に送ったんじゃないかな」
それが亜空間なのか、それとも宇宙空間なのかはわからない。別の宇宙かもしれなかった。
「本当にすごい。イルマくんにはわたしのことがなんでもわかるんだね」
そのとき、イルマはもはや自分が『ラプラスの悪魔もどき』ではなく、『ラプラスの悪魔そのもの』になっていることに気づいた。
そして、自分にはもうあまり時間は残されていないということにも気づいてしまった。
体が燃えるように熱かった。
まるで、体の中身が何かと入れ替わっていくかのような不快感が全身を駆け巡ってもいた。
サナギの中の蝶のようだと思った。あるいは蛾か。
骨や筋肉、神経、血液などが一度すべて溶けてドロドロになり、別の形になろうとしているような、そんな不快感だった。
このままだと、自分は父や母のように神になってしまう。
そして、父の言葉通りなら、神になってしまえば、村戸イルマという人格や記憶は消えてしまい、自分が人間だったことすら忘れてしまう。
父が記憶を保持していたのは、母のギフトが人格や記憶のバックアップを取ることができるものだったからだと言っていた。父も母もそばにいない今の状況では、イルマは人であったことを忘れた神になるだけだった。
あぁ、父さんはどこかに姿を消したわけじゃないんだなとも思った。気づくことができた。
村戸家があった場所には、まだ『ネムル・アビスのようなもの』が残っている。
あそこからはどんどん神が現れるはずだ。
神は元人間でありながら、そのことを忘れて人を喰う化け物だ。
足切村はかつては罪人やその子孫たちが暮らす村であったが、今は神でありながら人間であった頃の記憶を保持する父が、人を喰らう神々を喰らい尽くす場所としてあるのだ。
父も、もうひとりの自分も今懸命に闘っている。
自分もやるべきことはさっさと済ませてしまわなければいけない。
イルマはそう思った。
やるべきことはひとつだけだ。
そして、それはとても簡単だった。
自分で目をえぐり、取り出してE.O.P.レンズごと眼球を破壊するだけだ。
イルマは大きく深呼吸をした後、麻酔薬なしで眼孔に指を突っ込んだ。
眼球を掴むと、それを一気に引き抜いた。
出産の際の赤ん坊の約10cmの頭が産道を通過する際の想像を絶する強烈な痛みを男性に教えるときに女性がよく使う喩えに、「鼻からスイカを出すような痛み」というものがある。
生理痛の何百倍の痛みや、ハンマーで殴られるような痛みとも喩えられることがある。
イルマが感じた痛みは、鼻から十徳ナイフを出すような痛みだった。その十徳ナイフはすべて開いていて、ナイフやハサミ、缶切り、ノコギリ、ヤスリ、ドライバー、栓抜きなど複数のツールが体の内側から回転しながら飛び出てくる、そんな激痛だった。
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