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絶句するぼくを見て、先生がスマホを覗き込んだ。

「何だ? 何が起こってる?」

「死んだ人間が退会できるわけがない……」

家族がスマホを解約するなどして、たとえ電話番号が失われたとしても、無料通話アプリのアカウントはそのまま残るはずだった。
Wi-Fi環境があれば引き続きそのアカウントは使える、そういう仕様のはずだった。

「誰かが退会させてるんだ……」

全員が自殺したわけではないのか、誰かの家族がやっているのか、あるいは事件事態をもみ消そうとしている者の仕業なのかはわからない。
だが、確実に誰かが皆を退会させているのは確かだった。

「どうしてそんなことをする必要がある?」

「退会したり、させられたら、そのアカウントからはこのグループチャットが見れなくなるんです。それに参加者が0になれば、このグループチャット自体を消すことができるんです」

先生に説明している間にも、クラスメイトたちは次々と退会させられていっていた。
確かこの無料通話アプリには会話のログをテキストファイルとして保存する機能があったはずだった。
そのファイルに既読数までが保存されるかどうかまではわからなかったが、先生はおそらくこのグループチャットまではバックアップを取ってはいないだろう。

退会させている者が誰かわかるのは、グループチャットのメンバーがその者とこの佐野陽子のスマホのふたりだけになったときだ。
その前に佐野が退会させられてしまったら、その者が誰かわからないだけでなく、唯一のヒントであるグループチャット自体が佐野のスマホから失われてしまう。
すでにクラスメイトの半数以上が退会させられていた。
時間との勝負だった。

しかし、そのとき、再びあり得ないことが起きた。


「amiさんが、アリステラピノアさんを招待しました」

「アリステラピノアさんが参加しました」


ami というのはおそらく西日野亜美のことだろう。
明石家珠莉と同じグループにいたクラスメイトだ。ふたりがなぜ仲が良いのか不思議なくらい、ギャルっぽい明石家とは対照的な清楚系の美人だった。
操作をしているのが西日野本人であるとは限らないが、彼女のスマホを使いクラスメイトたちを退会させていたことは間違いなかった。
アリステラピノアが招待され参加すると、西日野はすぐに退会した。退会させられたと考えるべきだろうか。

「誰か見てるの?」

アリステラピノアがぼくたちに問いかけてきた。西日野が退会させられたのは、彼女がスマホでアプリを開けば、既読数がややこしくなると考えたのだろう。

「既読がついた。やっぱり」
「誰だろう? みんな死んだはずなのに」
「ま、退会させていけばわかるよね。退会させた後、既読にならなくなったら、その人が私たちを裏切ったってことだから」
「みんなで約束したのに。アカシャの門の先に行こうって」

ポン、ポン、ポン、とスマホが音でアリステラピノアの発言を次々と通知していく。

ぼくは先生の顔を見た。
バックアップは取り終わった。それをぼくのスマホへメールで送りもした。後からいくらでもログは確認できる。
今アプリを閉じれば、佐野のスマホだと特定されずにすむだろう。短い文章なら通知画面を見るだけで既読にせずに読むことだってできる。

「そのままでいい」

けれど、先生はそう言った。

「何かボロを出すかもしれない。ギリギリまで様子を見たい」

「もう出してます。アリステラピノアは西日野亜美の可能性がありますよね?
じゃなきゃ、こんなに招待から参加がスムーズに行くわけがないです」

「ふたりがそばにいる可能性もあるだろう? そばにいなくても、密に連携を取り合っていれば、どんなにスムーズでも不可能じゃない」

「ぼく以外のクラスメイトは全員死んだんじゃなかったんですか?」

アリステラピノアは、このクラスの生徒たちに自殺を煽動したアカシャの門の教祖だ。
教祖が信者であるクラスメイトたちと共に自殺をするとは考えられなかった。
信者は教祖がまるで神やその子ども、あるいは預言者のように奇跡を起こすと盲信するが、教祖は自分にはそんな力はないと一番よく知っている。本当にそんな力があるのならば、この十数年の間に起きたテロや災害、パンデミックを預言できた者がひとりくらいはいたはずなのだ。
アリステラピノアは、ぼくや先生と同じでアカシックレコードがどこに存在するかどうかもわからなければ、実在するかどうかもわからないはずだ。
だから行けるかどうかもわからない場所のために自ら命を絶つことは決してない。
生きているとするなら、教祖であるアリステラピノアだけなのだ。

先生は首を横に振った。

「僕はこの目で全員の死を確認したわけじゃない。佐野だけだ」

やはり、先生は佐野の死に居合わせていたのだ。

「佐野からこれから自殺をすると電話があった。君以外の全員が自殺するとね」

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