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「アリステラピノアさんが退会しました」

アリステラピノアとしての私は、そうしてグループチャットを抜けた。

つい先程、私の代わりの死体の司法解剖が終わったと連絡があった。
父や母は私に興味がなく、幼い頃から私を大事に育ててくれたのは、執事の赤堀だった。彼は私の言うことは何でも聞いてくれる。
赤堀には、もう何ヵ月も前に私がしようとしていることを話していた。
そのために必要なお金はもちろん、代わりの死体まで用意してくれた。
間もなく私は戸籍上は死亡したことになり、この世界に存在しない人間になる。父や母も私が死んだと思い込んでいる。
けれど、私は生き続ける。
私の葬儀も行われるだろう。
その葬儀には是非私も参列したいものだと思った。

私は今、父が所有する別荘にいた。
赤堀は死んだことになっている私のことで忙しく、今はそばにはいない。
広い別荘に私はひとりだった。

紫帆先生のスマホをテーブルに置いた私は、もう一台のスマホでグループチャットを開いた。
先生のスマホはもう使えない。
今度は私のアカウントで自殺したクラスメイトたちを次々と退会させていく。
最後に私が退会すれば、グループチャット自体がクラスメイト全員のスマホから消える。
もちろん私は真っ先に佐野陽子を退会させた。

正直な話、その行為にはあまり意味はなかった。警察はきっとドラマのように簡単にデータの復元ができるだろうし、そもそもドラマなどで描かれている捜査方法は実際の捜査よりも古い手法でしかないのだ。現在の手法をドラマで描いてしまったら、犯罪者は重箱の隅をつつくように穴を見つけ、犯罪の計画を立てるからだ。
だから海外サーバーをいくつ経由していようが、飛ばしの携帯電話を利用していようが、現在の警察はすぐに犯人を特定できるだけの手段を持っている。そのためにサイバー犯罪専門の対策部署がある。
プロファイリングだって、90年代には犯人像は30代の高学歴の男性だとした事件が、実際には14歳の中学三年生の犯行だったということがあったけれど、25年が過ぎた今ではより精度を上げているはずだ。
警察がその気になれば、私が誰であり、どこに住んでいるかなどきっと簡単に特定できてしまうのだ。
その気になれば、の話だけれど。

私の正体を知りたがっているあのふたりは、無料通話アプリの機能を使い、グループチャットのログをテキストファイル形式でバックアップを取っているに違いなかった。

おっといけない。
先生の、アリステラピノアのスマホには、GPSで互いの位置を知ることができるアプリを入れてはいなかったけれど、私自身のスマホには入れたままだった。
あのふたりにはそのアプリの存在を知らせてしまっていた。居場所を特定されないためにも、まずはそれを先にアンインストールしなければいけなかったんだった。

佐野陽子のスマホを何故、要先生と星野くんが持っていたのかはなんとなく想像がつく。
どこがいいのかわたしには全く理解できないのだけれど、陽子は要先生のことが彼氏の水木くんより好きみたいだったから。
洗脳は完璧だった。だから余計なことは何も話していないはずだ。きっと死ぬ前に好きな人の声が聞きたくなったとか、そんなところだろう。
最期に聞きたい声が、水木くんじゃなく、要先生だったなんて、ひどい女だなと思う。

私が大好きだった紫帆先生がどうして亡くならなければいけなかったのか、いまだによくわからない。

あの大雪の日の朝から1ヶ月が過ぎた頃、私の家に差出人不明の小包が届いた。
その中には何故か紫帆先生のスマホが入っていて、あれは不慮の事故などではなく故意の殺人だったという手紙が添えられていた。犯人は当時2年C組の、つまりは現3年C組の生徒の誰かであるとも。

先生のスマホには何の手がかりもなく、犯人が誰かわからないままに3ヶ月の時が過ぎ、3年に進級した頃、私はひとつの結論にたどり着いた。

誰かわからないのなら、容疑者となる人物は皆殺してしまえばいい。
ただ殺すだけじゃつまらない。
自分で自分を殺させよう、と。

そのためには紫帆先生の存在が不可欠だった。
おあつらえ向きなことに、私の手元には紫帆先生のスマホがあった。

私は紫帆先生として、3年C組を支配することにした。
クラスメイトの女子グループの最上位である明石家珠莉に西日野亜美、八王子梨沙、佐野陽子の四人さえ支配できれば、後は簡単だ。
四人を支配するために、私は彼女たちの抱える悩みを興信所を使って調べさせることにした。
依頼料は決して安くはなかっただろうけれど、赤堀がどうにかしてくれた。
世の中の大抵のことはお金でどうにかなることを私は知っていた。

私は最初、無料通話アプリの先生のアカウントからのチャットという形で、つまりは死者からの言葉によって、彼女たちの悩みを解決してあげるつもりだった。
それによって、先生は神格化され、彼女たちの崇拝の対象となるようにするつもりだった。



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