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けれど、彼女たちの悩みの中にそれぞれ別の個人的な「知りたい真実」があったことで、私は大きく方向転換することにした。
知りたい真実という言葉には、私や犯人以外のクラスメイト全員が知りたいと思っているであろう「紫帆先生は何故死ななければいけなかったのか」ということが結びついたからだ。

クラスメイトたちが総意として知りたいと思っている真実と、各々が個人的に知りたいと思っている真実、それらを知ることができる場所には心当たりがあった。
アカシックレコードだ。
宇宙の誕生から現在に至るまでのあらゆる事象が記録されているその場所ならば、どんな真実も情報として記録されているからだ。
そんなもの、宇宙のどこを探してもきっと見つかりはしないけれど、紫帆先生が私に教えてくれた大切なもののひとつだったから。

私は世界中に無数に存在する神を創造主とする神話や宗教ではなく、アカシックレコードと紫帆先生を神とする宗教を考えることにした。
紫帆先生がアカシックレコードの一部になったことで、データベースでしかなかったアカシックレコードに自我が生まれた。

その自我の名前がアリステラピノア。

アリステラピノアという名前は、先生の好きだったものを繋ぎ合わせた。
不思議の国の「アリス」と「地球(テラ)」を含めた宇宙のすべて、そしてピアノ。ピアノだけはアとノを入れ替えて「ピノア」とした。
発音の仕方はあえて曖昧にすることにした。アリステラ・ピノアなのか、アリステ・ラピノアなのか、アリス・テラ・ピノアなのか、神の名前は曖昧な方が趣きが出るものだから。

先生は神になった。
最初は私だけの。
すぐに明石家珠莉や西日野亜美、八王子梨沙、佐野陽子の。

私が大和将吾の彼女であることを続けていたことも、いつか役に立つことがあるかもしれないと思ってはいたけれど、ようやく役に立った。大和のようなくだらない人間にしては役に立ちすぎたといってもいい。
明石家たちに大和をはじめとするクラスの最上位男子グループのメンバーを招待させることは容易かったし、大和を招待できれば、私も必然的に招待されることになる。下位グループの生徒たちもすぐに招待させることが出来る。
すべてが私の思惑通りに進み、スクールカーストというくだらないゲーム自体もようやく役に立ったと言えるだろう。

私はあのとき、すべての選択肢を選び間違えた結果、先生を死なせてしまったのだとひどく自分を責めた。1ヶ月も塞ぎ込んだ。
しかし、そうではなかった。
私がしてきたことは間違いではなかったのだと、選んだ選択肢はすべて正しかったのだと確信した。

先生は、私を含め、クラスメイトのひとりを除いた29人すべての神になった。

私が思っていた通り、先生のスマホには星野くんの連絡先があった。
だから彼を招待することもできたけれど、私はそうはしなかった。
彼が前に言っていたからだ。

自分が主役になれるとしたら、オムニバス形式の短編ホラードラマが関の山だと。

だから彼にはその役割を与えてあげることにした。
自分以外のクラスメイト全員が、同じ日の同じ時間に別々の場所で別々の方法で自殺する、そんなサスペンスホラードラマ。
その主役にして探偵役だ。

探偵には相棒がつきものだ。
だから、紫帆先生の代わりに赴任してきた要先生をワトソン役にすることにした。
唯一の生き残った生徒と担任の教師というコンビは、なかなか良い組み合わせだと我ながら思う。

ふたりは、3年C組で昨晩起きた集団自殺の真相にも、紫帆先生の死の真相にもたどり着けなくていい。
彼らの役目は、アリステラピノアがグループチャットを退会した時点ですでに終わっている。

星野くんも紫帆先生も、ドキュメンタリーの手法で撮られたフェイクドキュメンタリーのサスペンスホラー映画が好きだった。
そういった映画は数はあまり多くはないけれど、低予算のわりに良くできた作品が多く、そして必ずしも事件を解決するとは限らない。
だから、星野くんも要先生も真相にたどり着けなくていいのだ。


私はまだ実体を持てずにいるアリステラピノアに、自らの身体を依り代として差し出す巫女として、そしてアカシャの門の教祖としてこれから生きていくのだ。

しかし、アカシャの門は人ひとりを洗脳するのにあまりに予算がかかりすぎる。興信所などを利用する今のやり方は効率的ではなく、信者を増やしていくにはもっと効率のいいやり方を模索していかなければならない。
今回は無料通話アプリのグループチャットを利用したけれど、ゆくゆくはもっと大々的に信者を増やす方法に切り替えていかなければいけないだろう。

キリストやブッダに並び、やがてはとって代わる存在として、私は先生を2000年3000年後の世にも信仰の対象となる存在にするために生まれてきたのだ。

誰にも先生と私の邪魔はさせない。



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