大学デビューに失敗したぼくたちは

あめの みかな

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第3話

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 一体どうして大学デビューだってわかったんだ……。
 その翌日俺は食堂のテーブルに突っ伏してうなだれていた。
 その日は一限から講義があったが、とても受ける気にもならず朝からずっとそうしていた。
 気づけばまわりは楽しそうに会話する男女のグループで溢れていた。
 いつの間にか二限の講義が終わり、昼休みになっていたらしい。
 腹がぐうと鳴った。三度も大学デビューに失敗し、落ち込んでいても人間食欲には勝てないらしい。
 いつの間にか俺の隣には女が座っていた。それもかなりの美女だ。姫カットの長く艶のあるきれいな黒髪で、顔はとても小さく、目は大きく、鼻はひかえめ、唇は少しぽってりした、小柄で華奢な美女が、学食の中で一番ボリュームがあるスペシャルランチをペロリと食べていた。
 女は箸を起き、手を合わせると、俺の顔を覗き見て、
「君か? 最近噂の、サークルを次々と転々としているという大学デビュー男は」
 美女に見つめられ緊張していた俺にそう言った。
「な、な、な、」
 なんで? 俺のこと、もうこの大学で噂になってんの?
「なんで噂になっているかわからないという顔だな」
 美女ははぁとため息をついた。
「君は三つだか四つだかのサークルに入会したな?」
「三つだけど」
「そして君はその三つのサークルで新歓コンパに参加した」
「えぇ、まぁ」
「そしてどのサークルの活動にもその後一切参加していない。退会届けも出さず、幽霊会員になっている。ここまでは間違いないか?」
「はぁ」
「噂の火種はそこだ」
「どういう意味ですか?」
 美女は再びため息をついた。
「わからないか。困った新入生だ。じゃあ聞くが、新歓コンパの参加費は誰が出した?」
「それは確か、新入生の参加費はサークルとか先輩たちが費用を持つって……」
 そこで俺ははっと気づいた。
「ようやく気づいたみたいだな。君はこの大学で有数の三つのヤリサー……巨大サークルの新歓コンパで」
 あ、今この美女ヤリサーって言った! やっぱりヤリサーだったんだ! 畜生! 童貞卒業のチャンスを逃した……
「ただで飲み食いした挙げ句、その後一切顔を出していないんだ。だから君は新歓コンパ荒らしとしてこの大学のどのサークルの会長たちにも危険視されているというわけだ。もう君を受け入れるサークルはないだろうな」
「……面目ない」
「私に謝られても困る。それに君が新歓コンパ以降サークルに顔を出さなくなった理由もなんとなくわかるからな」
 そういえばさっき、この美女は俺のことを大学デビュー男だと言った。
 大学デビューだと見破られたのは三つ目のサークルだけだったはずだが、それまで噂になってしまっているのだろうか。
「言っておくが、君が大学デビュー組だということは噂にはなってはいないぞ」
 美女はまるで、俺の考えていることが読めるかのよのようにそう言った。 
 じゃあ、どうして?
「見ればわかるからな」
 まただ。また心を読まれた。なんなんだこの美女は。スピリチュアル女子大生か? あ、でもテレビでよく見るスピリチュアル系の芸能人(?)って大概、人の前世やオーラとか未来 とか見えるくせに自分のカロリー計算できないような連中ばっかりだから、たぶん違うな。
 見ればわかるだって? そんな馬鹿な!
 俺は、本当に美女が俺の心を読めるのか確かめるべく、心の中でそう抗議してみた。
「いくら服に気を遣っているつもりでも、ちょっとしたことで、もともとお洒落な奴なのか大学デビュー組なのかくらいはわかる」
 美女はそう言って、俺の足元を指差した。やっぱりこの美女、俺の心を読んでやがるぜ。
「たとえば靴。君のお洒落は靴まで行き届いていない。まだオールスターでも履いていれば別だが、そのスポーツシューズ、高校時代から履き古してるやつだろ」
 そう言われて俺は目から鱗が落ちる思いだった。確かに俺は服のことばかり気をとられていて靴のことまで考えたことがなかった。
 美女は俺の足をつかみ、靴のかかとを見た。
「さすがに中学や高校の通学用に使っていたものではないみたいだな」
「よくわかりますね」
「名前が書いてないからな。しかし聞いたこともないメーカーのものだな。有名なメーカーのものでなくてもデザインのいい靴は山ほどあるが、これほどダサい靴は見たことがない。大方母親が田舎のスーパーで買ってきた、そんなところだろう」
 俺は彼女の話を聞きながら、エスパーか、と思った。すでに三度も心を読まれてるから間違いなくエスパーだ。
「靴だけじゃない。バッグも変だ。服にまるで合っていない」
 バッグも靴同様高校時代から愛用しているものだった。
 高校二年の夏、家族旅行で俺が当時のめり込んでいたアニメの舞台に連れて行ってもらったことがある。もちろん両親は俺の聖地巡礼など知る由もなかったわけだが、その旅行の前に母親が買ってくれたリュックサックだった。お気に入りだったのだが、これもダメなのか……。
「その様子ではおそらく下着にも気を遣ってはいないだろうな。さすがに白のブリーフということはないだろうが……」
「……」
「まさか白ブリーフを愛用しているのか!?」

 そのまさかだった。

「いいか。お洒落というのは服だけではないのだ。髪の先から足の先、下着に至るまでお洒落にしなくては、イケメンと対等に会話することなどできないのだよ。おまけに髪もおかしい」
 美女は続けた。そして俺の頭をくしゃくしゃっとする。
「ちょっ。何するんですか」
 せっかく朝一時間かけてセットした髪を……この女許さん!
「一応それなりの美容院で髪を切って染めてもらったのだろうが、ワックスの使い方がまるでわかっていない」
 確かに俺は大学入学の一週間前にワックスというものを初めて買い、ファッション雑誌のヘアアレンジ特集を見て使い方を覚えたばかりだった。
「典型的な大学デビューだな。そんなんじゃ大学四年間もまたひとりで過ごすことになるぞ。中学高校とあわせて10年だ」
 この女なぜそこまで知っている!? これはもうエスパーなんかじゃない! 大エスパー様だ!
 俺は驚愕の面もちで美女を見た。
「なぜ私がお前のことをこれほど理解しているか教えてやろうか?」
 俺には首を縦に振ることしかできない。

「私もまた大学デビューに失敗した一学生だからだ」

 俺はその言葉に驚きを隠せない。
「だってあなた、そんなにきれいじゃないですか」
 美女はフッと長い黒髪をかきあげて言う。
「これでも私は高校時代まで筋金入りの腐女子でね。君はアニ○イトには行ったことがあるか?」
「それはまぁ、もちろん。何度かは」
 何度かというのは嘘だった。
 N市のアニ○イトはJRのN駅の裏側、太閤通り口と呼ばれる場所にあるのだが、俺は高校の帰り道必ずアニ○イトに寄り道をしていた。毎朝母親から昼食代を500円渡されていたのだが、昼食を水道の水をたらふく飲むことで済ませ、そのお金を浮かしては一日で大概一冊読みきってしまうライトノベルの購入資金に当てていたのだ。
「そうか、何度かは行ったことがあるんだな」
 目の前の美女はきっと、何度か程度ではないことを知っていながら、そんなことを言う。
 すでに俺のメッキは剥がれ落ちてしまっているのに、それでも虚勢を張って「何度か」と言ってしまう、俺はなんて器の小さい男なのだろう。
「ではアニ○イトにいる女子が皆同じ格好をしているのに気づいたことはないか?」
 美女はそう言ったが、俺にはわからなかった。アニメイトにいるときはいつも無我夢中、一心不乱に面白いライトノベルを物色していたから、他にどんな客がいたかなどまったく記憶になかった。
「裾が細まってるジーパン、スカートではなくジーパンなのが問題だ、おまけにその色は薄ブルー、男物の白シャツをだぼっと着る、またはジーパンにイン。ちなみにハイウエストで一部ゴム。靴はなんだか小汚いスニーカー。
 またはダッフルコートの裾から足首まで隠す筒のようなロングスカート。靴下は白。やっぱりスニーカー。
 あるいは膝下スカートにふくらはぎ半ばの白靴下、おまけにミュールというとんでもない組み合わせ。上はブラウス。そしてデニム上着。
 大体以上のどれかで、ロング黒髪、ボサ眉ノーメイク、指に毛が生えている。大体そんな感じだ」
 言われてみれば確かにそういう格好をしていたかもしれない。
「私もそんな格好をしていたのだよ。消してしまいたい黒歴史だ。BLは今でも愛読しているが。アニメや漫画はいい。私好みのいい男が山ほどいる。しかし彼らは決して画面から出てきてはくれない。だから私は大学デビューを画策した。そして君のように見事に失敗したというわけだ。外見こそ磨いたが、内面はまだまだだ。いまだにイケメンを見ると寒気がして鳥肌が立つ。まともに会話することもできない」
 美女はそこまで言い終えると、ふぅとため息をついた。
「長話をしてしまったな。そろそろ本題に入るとしよう」
 そして美女は言った。

「君を我がサークル、大学デビュー部にスカウトしたい」
 
 それが俺と大学デビュー部、そして謎の美女加藤麻衣との出会いだった。
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