ひとりの少女を守るために70億の命を犠牲になんてできないから、ひとりの少女を犠牲にしてみた結果、事態がさらに悪化した件。

あめの みかな

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第5章 第9話

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 トラックがマンションの一階ロビーに突っ込んできたのは、アンナの顔に笑顔が浮かんだ瞬間のことだった。

 それはあまりに突然の出来事で、ショウゴは反応が遅れた。
 そばにいたアナスタシアをかばうだけで精一杯だった。

 何が起きたのか、全く理解が追い付かなかった。

「アンナ! ショウゴさん、アンナが!」

 アナスタシアの声にショウゴが伏せていた顔を上げると、アンナの身体は笑顔を浮かべたまま、トラックのキャビンに押し出されるようにして、ふたりの目の前をスライドしていった。
 こういう時、人は目の前の映像をスローモーションで見るのではなかったか。
 だが、そうはならなかった。
 一瞬でアンナの身体はトラックのキャビンとロビー内の壁に挟まれ、潰されていた。

「アンナ……アンナ……」

 彼女に近づこうとするアナスタシアを、ショウゴは必死で抑えた。

「離してください、ショウゴさん、離して」

「だめだ、アナスタシアさん」

 そうしたのは、トラックが爆発する可能性を考えたからだった。
 キャビンの後ろには大きな円筒状のものが積まれていた。
 それはタンクローリーだった。
 塗装がかなり剥がれており、その中身がガスか石油かさえわからなかった。中は空っぽかもしれないが、いつ引火し爆発しないとも限らない。

 わずかに見えるキャビンと壁に挟まれたアンナの顔は笑顔のままだったが、血が大量に床に流れ落ちていた。
 おそらく即死だろう。

「おや、麗しのアナスタシア様はそちらでしたか。
 こちらはいつ死んでもいい影武者の方だったというわけですね」

 運転席から男の声が聞こえた。
 ドアが開き、運転席から降りた男は壁を利用して三段跳びし、キャビンの上に飛び移った。
 だが、その身体はそんな動きが出来る体でも状態でもなかった。
 170センチほどの身長に100キロは優に超えているだろうその巨漢は、割れたフロントガラスの大きな破片が顔と腹を貫き、首は折れ、両腕も曲がるはずのない場所で何ヵ所も曲がっていた。その関節が増えた腕はまるでラピュタのロボット兵のようだった。おそらくエアバッグが作動しなかったか、わざと作動させなかったのだろう。
 だが、その男は痛みを感じている様子はなかった。

「まぁ、いいでしょう。後々影武者に本物を名乗られると厄介ですからね」

「あなたがアンナを……許さない……」

 アナスタシアはその手のひらに再びエーテルの球体を作っていた。
 それはテニスボール大だった先ほどとは比べものにならない、球転がしの球ほどの大きさがあった。
 テニスボール大の火球にあれだけの威力があったのだ。もしそれが火球になれば、

「アナスタシアさん、だめだ! そんなのを撃てばマンションが倒壊する!」

「大丈夫です。うまくやります」

 しかし、それが火球になることはなかった。
 アナスタシアの体がめまいを起こしたかのようにぐらりとふらつき、手のひらのエーテルは四散したのだ。
 限界を超えた力を使おうとし、脳や体が耐えられなかった。そういうことだろうか。

 アナスタシアは体勢をなんとか立て直すと、

「他者の肉体への憑依能力……
 あるいは死者への干渉……
 シンギュラリティ……
 あなたが我が教祖に天啓と称した能力を与えていた人ですね」

 何故かアンナの口調で、その男をそう呼んだ。

「アナスタシアさん……?」

 先ほどまでの世間知らずでお馬鹿なお嬢様キャラはすべて演技だったということだろうか。こちらが本当の彼女なのだろうか。

「大和さん、エーテルをその身に取り込んだ私たちが、命のやりとりのような経験下で新たな能力に目覚めるというのは、どうやら本当のようですよ」

 いや、違う。彼女はアナスタシアじゃない。アンナだ。
 アナスタシアにアンナが憑依しているのだ。
 だから、アナスタシアが放とうとしていたエーテルが四散したのだ。アンナにはあれを火球に変えることも、エーテルを手のひらに集束・凝縮させることや維持することができなかったからだ。

「アンナさんなんですか?」

「はい、ですが自分の死体を見るというのはあまりいい気分ではありませんね。
 全身の骨が折れ、それが筋肉や皮膚を突き破り、内臓にも突き刺さっているというのに、あんな風に笑っている自分はあまりに滑稽です」

 おそらく、アンナは死の間際の瞬間に、他者の肉体への憑依能力が覚醒したのだろう。

「素敵な笑顔だと思いますけどね」

「ユワさんに言い付けますよ?
 それに、私ばかり褒めていると、アナスタシア様が拗ねてしまいますから」

 やはりアンナだ。死して尚アナスタシアを守りたいという彼女の強い意志が、新たな能力を覚醒させたのだろう。
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