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第6章 第3話

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 下りのエレベーターの中で、タカミは聞き慣れない音を聞いた。まるでミリタリー映画のマシンガンのような音だった。
 二度の轟音にマシンガン、このマンションで自分の想像を超える何かが起きていた。

 ショウゴは無事だろうか?
 マンションの他の住人は?
 そもそも、このマンションは大丈夫なのだろうか?
 もしも倒壊するようなことがあれば、一条はあの体では逃げることさえできない。背負ってでも一緒に部屋を出るべきだったかもしれない。

 彼がいくら焦ったところで、エレベーターはすぐには1階に到着しない。
 そもそも1階で起きていることなのかどうかすらタカミにはわからなかった。

 やはりすぐに部屋を出るべきではなかった。
 ソーラーパネルによる発電以外にも、今はエーテルによって電力が回復している。
 節電のために切られていた監視カメラが動き出しているはずだった。
 数年前までの自分なら、何かあればまずマンション内や周辺の監視カメラの映像をハッキングしていた。
 今もそうすべきだった。

 決して平和ボケしていたわけではなかった。マンションの外に出れば、いつ誰に殺されるかわからない時代だ。
 だからこの数年間、最上階のあの部屋からタカミは一度も出たことがなかった。
 災厄の時代の不便な生活に慣れすぎてしまったのだ。

 いや、やはり平和ボケしていたのかもしれない。マンションの中にいれば安全だと自分が勝手に思い込んでいただけだ。
 そのくせ、ショウゴが「雨合羽の男」をやっていることを気付きながらも、それがどんなに危険なことか知りながら、止めようともしなかった。

 彼はユワを失った悲しみや喪失感を、暴徒らを殺すことで埋めていた。
 自分はそんな彼を保護下に置き、マンションに匿うことで、同じ悲しみや喪失感を埋めていた。
 妹の恋人が世界を憎み他者を憎み、日常的に殺人を行っていることを、仕方ないと考え、受け入れてしまっていた。
 元警察官の一条を相手にして怪我ひとつ負うことなく勝ててしまうほど、ショウゴは強くなっていたが、その身体は傷痕だらけだった。
 それは、何十人何百人という暴徒を手にかけてきたことを、自分が見て見ぬふりをしてきた結果だ。
 最低だった。

 二度目の轟音は、爆発のような音だったような気がした。
 このマンションではガスは使われてはいない。住人はソーラーパネルによる自家発電にすべて頼っている。
 だからガス爆発ではないだろうが、暴徒が手榴弾のようなものを作って投げた可能性は十分にあった。
 あるいはマンションの住人に暴徒化した者がいるのかもしれない。爆弾をどこかの階で爆発させたか、作っている最中に自室で爆発させてしまったのかもしれない。
 何もわからない。
 エレベーターから見えるひとつひとつの階のわずかな範囲では何も起きていないように見えた。だが、実際はどこで何が起きているかわからない。

 どうする? 一度部屋に戻るか?
 エレベーターは途中の階で止められる。
 だがもし本当に1階で何かが起きていたら?
 その間にショウゴが殺されてしまうようなことが起きてしまったら?

 そんなことを考え、右往左往しているうちに、エレベーターは1階に到着してしまった。

 そして、タカミは目の前に広がる光景に目を疑った。

 1階ロビーにタンクローリーが突っ込み、壁や窓ガラス、自動ドア、柱をはじめ、テーブルやソファー、自動販売機、ポスト、消火器など、ロビーにあった何もかもが破壊され、そこら中に散乱していた。
 爆発こそしていなかったが、二度目の爆発音のような轟音の正体はおそらくこれだろう。事故(?)が起きた際に起きた轟音を爆発音だと勘違いしてしまったのだ。

 タンクローリーのキャビンのそばには、頭部の上半分を失い、腹部に大きなガラス片が刺さった巨漢の男が倒れていた。
 男の両腕は何ヵ所も折れており、まるで関節が増えたかのように見えた。その手にはマシンガンが握られていた。

 この暴徒らしき男が、タンクローリーでマンションに突っ込んできたのか?
 だが、なぜマシンガンを手にした暴徒の頭部が半分なくなっているのか。

 タカミには何ひとつ理解できなかった。
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