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第10章 第12話

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 自分たちは一体どこで間違えたのだろう。

 計画通りとはいかなかったし、ショウゴやユワ、ハルミ、それにイレギュラーなソウジという少年までも犠牲にしてしまったが、一条やアンナの仇であった遣田ハオトを倒すことができた。

 新生アリステラの城塞戦車や飛翔挺、人造人間兵士たちの活動を停止させることもできたし、その魔導人工頭脳シドや、新生アリステラの中枢であったマザーシドさえも初期化し活動を止めることができた。

 アリステラの歴代の女王たちを知識や記憶、経験などの記録を魔導人工頭脳にインストールし、その人格を目覚めさせ、味方につけようとしたことが間違いだった。
 そのせいで、タカミはひとり遅れてゲートをくぐることになり、レインはそのゲートを閉じることができなかった。
 そのせいで、ユワの体に憑依していた遣田の死後、一条とハルミの子であったソウジの頭の中にバックアップがとられていた遣田のコピーが目覚め、再び遣田にゲートからの侵入を許した。
 そのせいで、遣田が放った大量破壊魔法の範囲をたったひとりを対象に絞った魔法により、ショウゴが死んだ。
 そのせいで、ハルミが自らの体に潜伏期間ゼロで発症するよう千年細胞を使って進化させたカーズウィルスを注射し、ソウジの体を乗っ取った遣田共々死ぬことになった。

 そして今、アリステラの歴代の女王たちの人格が目覚めることなく、世界中で活動を停止していたはずの人造人間兵士たちに女王たちの人格が再誕し、新生アリステラに代わり人類を滅ぼそうとしている。

 アメリカ大陸は消失し、それによって発生した大洪水が周辺の島や大陸を襲っている。

 タカミとレインの目の前には、歴代の女王のうちのふたり、6翼のアマヤと8翼のアシーナがおり、魔法を使えないどころかエーテルの扱い方も知らないタカミにさえわかるほどの強大な魔法で城塞戦車ごとふたりをこの世界から消そうとしていた。

 今起きていることはすべて、自分が今日この日にあったいくつかの選択に対し、そのすべての選択を誤った結果だ。
 タカミにはそうとしか考えられなかった。

 だから彼は、

「レイン、君に頼みがあるんだ」

 すでに完全に戦意を喪失していたレインに、優しく声をかけた。

「ゲートを作って、君だけはどこかに逃げて」

 この世界に安全な場所などどこにもないだろうけれど。

「東京の地下に、4年前から今もずっと、あの国の要人たちが身を潜めている地下シェルターがあるはずだから」

 そこなら、レインが今ここで死ぬことだけは避けられる。
 レインさえ生きていてくれたら、宝くじが当たるよりもはるかに低い確率だろうけれど、この機械仕掛けの女王たちから、人類や世界をわずかでも救うことができるかもしれなかった。

「逃げられると思っているのですか?
 わたしたちは今、生前のわたしたちでは到底扱うことのできなかった魔法を、あなたたちに向けて放とうとしているのですよ」

「この魔導人工頭脳に、歴代の女王たちの知識や記憶、経験といった記録の並列化を行う機能が存在していたおかげで、大量破壊魔法を今のわたしたちにも扱うことができるのです」

 たとえレインだけであったとしても、今さら逃げられるとは思えなかったけれど。

「だったら、なぜそれを早く撃たないんだ?
 レインも、遣田も、大量破壊魔法を放つのにそんなに時間をかけてなかったぞ」

 タカミは勝負に出ることにした。

 もう迷わない。逃げない。決して選択を間違えない。
 ここでひとつでも状況の把握や選択を間違えたなら、人類も世界も終わる。

 タカミにとって、この世界はくそったれな世界だった。
 生まれてきたのが間違いだったと何度思わされたかわからないくらいに、本当にどうしようもない世界だった。
 滅ぼされてしまっても仕方がないとさえ思うほどだ。
 だが、そんな世界でも、生まれてきてしまった以上、生きていかなければいけなかった。だから今日まで生きてきた。

 だが、そのくそったれな世界は、たった14年しか生きられなかったが、ユワが生まれ、育った世界でもあった。
 ショウゴや一条やハルミ、アンナ、ソウジという少年、そしてレインが生まれ、育った世界だった。
 タカミが友人や知人と呼べる人は、もうレインしか生き残っていない。
 皆、つらく苦しい思いをし、人の死に方とは思えないような死に方をした者ばかりだ。
 それでも、笑いあって過ごした時間がわずかでもあった。
 こんなくそったれな世界でも、それだけで意味があった。

「あんたらはレインやぼくを今すぐに殺したいみたいだけど、あんたらご自慢のその新しい頭の、情報を並列化し総意によって意思決定する、その機能が、あんたらにそれをさせてくれないんじゃないか?」

 それ以外に、ふたりの女王がいつまでも大量破壊魔法を放たない理由は考えられなかった。
 歴代の女王だけでなく、女王の資格を持っていた者たちの中に、レインを殺したくない、殺せない者がいるのだ。

「そうだろ? アンナさん! 聞こえてるんだろう?
 ぼくは会ったことがないけど、アンナさんのお母さんも、レインのお母さんも、ユワの本当のお母さんも聞いてるよな!?
 あんたたちがこいつらを必死に止めてくれてるんだろ?」

 女王たちの魔導人工頭脳、その情報の並列化に、タカミは訴えかけるしかなかった。

「やめろ! 野蛮なホモサピエンス!!」

 6翼のアマヤが叫んだ。それまで機械のものでしかなかった顔と声が、まるで人間そのもののように怒りの表情を作り、その声もまた激昂していた。
 ヒヒイロカネで作られた人造人間兵士の顔や声帯を、彼女の昂った感情が生前の彼女自身に近づけたのだ。

「鳳アンナとその母親・鳳アリアの人格を持つ個体をすぐに破壊しろ」

 8翼のアシーナもまた、

「朝倉レインの母親・鳳マリアと、雨野ユワの産みの母親・神代スバルの個体もだ」

 その表情や声が変化していた。

「アリステラは10万年前に母なる星と共に滅びるべきだっただと?
 どの個体がそんなことを主張している? そんな個体はすぐに……」

「駄目です、アシーナ様……
 第43代女王ステラ様と大賢者ピノア様のご意見に、歴代の女王たちの総意が傾きはじめています……」

 混乱するふたりの女王の手のひらや何枚もの翼から、凝縮され魔法発動の準備がととのっていたエーテルが霧散していくのを尻目に、

「『白雪』を借りるよ、レイン」

 タカミはショウゴの形見となってしまった刀を、レインが抱きしめ続けていた鞘から引き抜いた。

「タカミさん……これは一体何が……」

「説明は後でゆっくりするから。
 今はそれよりも、やらなくちゃいけないことがあるんだ。そのためには……」

 タカミはレインに、もう一度ゲートを作って逃げるように言うと、自分はここに残ることを伝えた。そして、ふたりの女王が相手では作戦とは呼べないような作戦を彼女に伝えた。

 それは元々、対遣田用に考えていた作戦だった。
 戦闘力が皆無といっても過言ではないタカミでも、遣田相手にある程度、ショウゴの邪魔にならないくらいには戦えるだろうと考えたものだった。

「わかりました……どうかお気をつけて……」

 レインは女王の間に無数のゲートを作った。
 そのうちのひとつから、彼女が無事にその場から脱出するのを見届けると、タカミもまた別のゲートに飛び込んだ。

 彼が再びその場に姿を現したのは、コンマ数秒後のことであり、6翼のアマヤの背後に作られたゲートから飛び出した彼は「白雪」を彼女の背中に突き刺した。

『脱出用のゲートを作ったら、この女王の間に今のレインが作れるだけゲートを作ってほしいんだ。女王の間は半分なくなっちゃったけど、全部のゲートが女王の間のどこかに繋がっているようにしてほしいんだ。お願いできるかな』

 それが、タカミの、レインのゲートを利用した作戦だった。

「なぜ、貴様がそこにいる……一体何をした……?」

 白雪を6翼のアマヤの背中に突き刺した彼は、すぐにそばあった別のゲートに飛び込んだ。
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