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アメノホヒ編
第八話『鳴女の追撃』
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天菩比命(アメノホヒ)。
天照大御神の命を受けて出雲へ行き、そのまま帰順してしまった謎多き神の名だった。
つまり、アメノホヒという神は、最初からタケミカヅチやフツヌシでさえも倒すことのできない『敵』ーーアマツミカボシの存在を知っていて、あえて静観していた神そのものということだった。
国木田は天城のように冷酷ではない。むしろ、その包容力こそが恐ろしかった。
「天城は勘違いしている。……私が彼の家族を殺したのではない。私は、この国の秩序を維持するために、彼らを『捧げ物』として処理したのだ。……神への奉仕(まつりごと)に、犠牲はつきものだからね」
「……っ、あんたも……あいつらと同じ、怪物か!」
あいつらとは、雷がこれまでに殺してきた大河内や佐伯、氷室のことではなかった。天城や紬、布津のことだった。
雷がアンプルを投げつけようとした瞬間、若井が稲妻のような速さで雷の手首を掴み、その関節を捩じ上げた。
「無駄だ。我々の前で、その未熟な『殺意』は通用しない」
耳元の通信機からは、紬の悲鳴が混じったノイズが聞こえる。
『――雷さん! 逃げて! こいつら、私のサーバーを逆ハックして……、あ、星哉さん、後ろ……!』
「さあ、武御。……天城に伝えなさい。……出雲(アジト)に籠もる星の神に、死の使いが向かったとな」
雷は、初めて真の恐怖を知った。
自分たちは「掃除」をしていたつもりだった。だが、その背後で、より巨大な「神の秩序」という名の闇が、口を開けて待っていたのだ。
「――紬! 答えろ、紬!!」
武御 雷は、若井照彦(わかい てるひこ)に組み伏せられながらも、断線し、ノイズを吐き出すだけの通信機に向かって叫んだ。
国木田の執務室の窓からは、今まさに、数台の黒い車両がサイレンを消して、天城たちの潜伏先へと向かっていくのが見えた。
「無駄だよ、武御。あのハッカーの小娘の指先は、今ごろ我が部下のハッキングによって凍りついているはずだ」
国木田は、冷徹なまでの静寂を纏って告げた。
若井は雷の腕をさらに強く捻り上げ、その美しい顔を歪ませて嘲笑う。
「君たちが『悪人』を殺すたび、我々はその『証拠』を丁寧に蓄積させてもらった。天城星哉を追い詰めるための、最高の弾丸としてね。……麻迦、羽矢。先行しろ」
背後に控えていた双子――雉名麻迦と雉名羽矢が、無言で頷く。
彼女たちは女性警察官の制服を着ていながら、その腰には拳銃ではなく、特殊なコンポジットボウを模した、高圧炭酸ガス式の静音暗器を携えていた。
「……標的、確認。……星を射抜く準備、完了」
麻迦の平坦な声。羽矢がそれに呼応するように、鋭利な矢じりを指先でなぞる。
二人は風のように執務室を飛び出し、夜の街へと消えていった。
「待て……! 行かせるか……っ!」
雷は死に物狂いで抵抗し、若井の拘束を振りほどこうと暴れた。
だが、若井は溜息をつき、雷の腹部に容赦のない膝蹴りを叩き込んだ。
「勘違いするな。我々は君を殺さない。……君には、自分が信じた『星』が地に落ち、バラバラに砕け散る瞬間を、特等席で見届けてもらう必要があるからね」
一方、その頃。
河川敷のキャンピングカーの中は、地獄と化していた。
モニターの電源が次々と落ち、紬は叫び声を上げながらキーボードを叩き続けている。
「――ダメ! ウソでしょ!? バックドアが全部塞がれて……、星哉さん、逃げて! こっちに誰か来る!」
天城星哉は、混乱の中でも泰然と、ワイングラスを置いた。
その視線は、キャンピングカーの分厚い装甲を突き抜け、夜の闇に潜む「矢」を捉えていた。
「……やはり、君が動いたか。アメノホヒ」
ドッ、という鈍い音と共に、キャンピングカーの強化ガラスに一本の特殊合金の矢が突き刺さった。
それは警告ではない。
かつて、自らの主を裏切り、出雲の闇に沈んだ神への……引導(しるし)だった。
キャンピングカーのドアが、凄まじい衝撃と共に吹き飛んだ。
煙の中に現れたのは、感情を削ぎ落とした双子の射手――雉名 麻迦と、雉名 羽矢だった。
「――ターゲット、捕捉。……『星』と、その『眼』を破壊する」
麻迦の冷徹な宣告と共に、高圧炭酸ガスが噴射される。放たれた鋼の矢が、逃げようとした紬(つむぎ)の肩を貫き、彼女をデスクへと縫い付けた。
「……あ、……ぁぁああああっ! 痛い、痛いよ星哉さん……っ!」
悲鳴を上げる紬。だが、羽矢は容赦なく、彼女のもう一方の肩に次の矢を放った。それは急所を外し、あえて苦痛を長引かせるように設計された「拷問」の軌道。
「……五月蝿い。……神の秩序を乱すノイズ。……まずは、その指から折ってあげようか?」
羽矢が冷たく笑い、紬の震える手首を踏みつける。
天城 星哉は、崩壊した車内の中、血を流す紬をただ静かに見つめていた。その手には、布津から贈られた毒薬ーーシレンティウムの小瓶があった。
「……やめるんだ。彼女には、これからの世界の『変革』を見届ける役目がある」
「変革? 笑わせないで。……あなたたちの命は、ここで終わり。……国木田様の正義に、供物として捧げられるの」
麻迦が至近距離から矢を番える。
シュッ、という乾いた音が響き、天城の左足が射抜かれた。
天城は呻き声を上げることすらなく、膝を突く。
つい先程まで高潔にワインを揺らしていた男が、泥と血に塗れ、少女が蹂躙されるのを目の当たりにするのは屈辱だっただろう。
「……ふふ。……いいよ。……もっと、もっと絶望を。……それが、この器(身体)を満たす最高の触媒(ガソリン)になるから……」
天城の瞳の奥で、青白い光が微かに揺れた。
だが、双子はそれに気づかない。彼女たちの目的は、この「星」を完膚なきまでに痛ぶり、国木田の前に差し出すことだけなのだから。
天照大御神の命を受けて出雲へ行き、そのまま帰順してしまった謎多き神の名だった。
つまり、アメノホヒという神は、最初からタケミカヅチやフツヌシでさえも倒すことのできない『敵』ーーアマツミカボシの存在を知っていて、あえて静観していた神そのものということだった。
国木田は天城のように冷酷ではない。むしろ、その包容力こそが恐ろしかった。
「天城は勘違いしている。……私が彼の家族を殺したのではない。私は、この国の秩序を維持するために、彼らを『捧げ物』として処理したのだ。……神への奉仕(まつりごと)に、犠牲はつきものだからね」
「……っ、あんたも……あいつらと同じ、怪物か!」
あいつらとは、雷がこれまでに殺してきた大河内や佐伯、氷室のことではなかった。天城や紬、布津のことだった。
雷がアンプルを投げつけようとした瞬間、若井が稲妻のような速さで雷の手首を掴み、その関節を捩じ上げた。
「無駄だ。我々の前で、その未熟な『殺意』は通用しない」
耳元の通信機からは、紬の悲鳴が混じったノイズが聞こえる。
『――雷さん! 逃げて! こいつら、私のサーバーを逆ハックして……、あ、星哉さん、後ろ……!』
「さあ、武御。……天城に伝えなさい。……出雲(アジト)に籠もる星の神に、死の使いが向かったとな」
雷は、初めて真の恐怖を知った。
自分たちは「掃除」をしていたつもりだった。だが、その背後で、より巨大な「神の秩序」という名の闇が、口を開けて待っていたのだ。
「――紬! 答えろ、紬!!」
武御 雷は、若井照彦(わかい てるひこ)に組み伏せられながらも、断線し、ノイズを吐き出すだけの通信機に向かって叫んだ。
国木田の執務室の窓からは、今まさに、数台の黒い車両がサイレンを消して、天城たちの潜伏先へと向かっていくのが見えた。
「無駄だよ、武御。あのハッカーの小娘の指先は、今ごろ我が部下のハッキングによって凍りついているはずだ」
国木田は、冷徹なまでの静寂を纏って告げた。
若井は雷の腕をさらに強く捻り上げ、その美しい顔を歪ませて嘲笑う。
「君たちが『悪人』を殺すたび、我々はその『証拠』を丁寧に蓄積させてもらった。天城星哉を追い詰めるための、最高の弾丸としてね。……麻迦、羽矢。先行しろ」
背後に控えていた双子――雉名麻迦と雉名羽矢が、無言で頷く。
彼女たちは女性警察官の制服を着ていながら、その腰には拳銃ではなく、特殊なコンポジットボウを模した、高圧炭酸ガス式の静音暗器を携えていた。
「……標的、確認。……星を射抜く準備、完了」
麻迦の平坦な声。羽矢がそれに呼応するように、鋭利な矢じりを指先でなぞる。
二人は風のように執務室を飛び出し、夜の街へと消えていった。
「待て……! 行かせるか……っ!」
雷は死に物狂いで抵抗し、若井の拘束を振りほどこうと暴れた。
だが、若井は溜息をつき、雷の腹部に容赦のない膝蹴りを叩き込んだ。
「勘違いするな。我々は君を殺さない。……君には、自分が信じた『星』が地に落ち、バラバラに砕け散る瞬間を、特等席で見届けてもらう必要があるからね」
一方、その頃。
河川敷のキャンピングカーの中は、地獄と化していた。
モニターの電源が次々と落ち、紬は叫び声を上げながらキーボードを叩き続けている。
「――ダメ! ウソでしょ!? バックドアが全部塞がれて……、星哉さん、逃げて! こっちに誰か来る!」
天城星哉は、混乱の中でも泰然と、ワイングラスを置いた。
その視線は、キャンピングカーの分厚い装甲を突き抜け、夜の闇に潜む「矢」を捉えていた。
「……やはり、君が動いたか。アメノホヒ」
ドッ、という鈍い音と共に、キャンピングカーの強化ガラスに一本の特殊合金の矢が突き刺さった。
それは警告ではない。
かつて、自らの主を裏切り、出雲の闇に沈んだ神への……引導(しるし)だった。
キャンピングカーのドアが、凄まじい衝撃と共に吹き飛んだ。
煙の中に現れたのは、感情を削ぎ落とした双子の射手――雉名 麻迦と、雉名 羽矢だった。
「――ターゲット、捕捉。……『星』と、その『眼』を破壊する」
麻迦の冷徹な宣告と共に、高圧炭酸ガスが噴射される。放たれた鋼の矢が、逃げようとした紬(つむぎ)の肩を貫き、彼女をデスクへと縫い付けた。
「……あ、……ぁぁああああっ! 痛い、痛いよ星哉さん……っ!」
悲鳴を上げる紬。だが、羽矢は容赦なく、彼女のもう一方の肩に次の矢を放った。それは急所を外し、あえて苦痛を長引かせるように設計された「拷問」の軌道。
「……五月蝿い。……神の秩序を乱すノイズ。……まずは、その指から折ってあげようか?」
羽矢が冷たく笑い、紬の震える手首を踏みつける。
天城 星哉は、崩壊した車内の中、血を流す紬をただ静かに見つめていた。その手には、布津から贈られた毒薬ーーシレンティウムの小瓶があった。
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