その殺人鬼、『星喰いの凶星(ステラ・ディヴォアラー)』につき。

あめの みかな

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アメノホヒ編

第九話『トライアルレンズの神託』

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 護送車の中、若井照彦(わかい てるひこ)の冷徹な監視下に置かれていた武御 雷(たけみ らい)は、野生の獣のような動きで暴れた。

「――天城に、手を出すな……!」

 若井が放った一瞬の隙を突き、雷は拘束を力任せに引きちぎる。かつての自分ならありえなかった怪力。それは、天城と過ごした夜の中で、既に彼の魂が「あちら側」へ変質していた証拠でもあった。


​ 一方、河川敷は地獄のような光景が広がっていた。
 倒れ伏す紬(つむぎ)の傍らで、天城 星哉(あまぎ せいや)が膝を突き、血に汚れた白いタキシードのまま、不気味な笑みを浮かべていたのだ。

​「……ああ、やはりレンズが曇る。……人の血というのは、存外に不純だね」

​ 天城の顔には、いつもの「検眼枠(テストフレーム)」が装着されていた。
 彼は懐から取り出したトライアルレンズセットから、新しい一枚を選び、カチャ、カチャとフレームに差し込んだ。

​「天佐具売(あめのさぐめ)……。天を探る乙女。……君たち双子の次の動きなど、このレンズを通せば、未来の記録(ログ)に過ぎない」

​ 天城の瞳が、レンズ越しに怪しく光る。
 突入してきた麻迦(まか)と羽矢(はや)の放つ矢を、彼はまるで見えているかのように最小限の動きでかわした。

​「……何、その眼鏡……。……気持ち悪い」

 麻迦が嫌悪感をあらわにし、コンポジットボウで至近距離から天城の眉間を撃ち抜いた。
 天城の頭部が大きくのけぞり、そのまま崩れ落ちる。タキシードの下の防弾チョッキも、至近距離の頭部への衝撃までは殺しきれなかった。

​「……ターゲット、沈黙。……神への反逆者、駆除完了」

​ 羽矢が冷たく告げ、倒れた天城の顔ごと「検眼枠」を踏み潰そうとした、その時だった。
​ ――カチャ。
​ 踏み潰されるはずの眼鏡の中で、レンズが自ら回転した。
 死んだはずの天城の体が、ビクリと跳ねる。

​「……残念だ。このレンズには、もう少し活躍してほしかったのだがね……。……彼女を『生贄』に、一回だけ……やり直させてもらおうか」

​ 天城が目を見開いた。
 撃ち抜かれたはずの傷口から、血の代わりに黒い影が溢れ出した。
 それは北斗七星の女たちを殺し、女神たちの力を奪い取り、検眼枠の中に封じ込めていた「蒐集家(コレクター)」の真の姿だった。

​ アジトに駆け込んだ雷が見たのは、死の淵から蘇り、カチャカチャと無数のレンズを入れ替えながら、背後に巨大な「堕天使」の影を背負う天城星哉の姿だった。

​「――ようこそ、雷。……特等席へ。……今から、この双子の射手を『アマツミカボシ』の光で焼き切ってあげるよ」

 天津甕星(アマツミカボシ)。日本神話に登場する星神で、悪神と明記される異例の存在だ。
 葦原中国平定の際、フツヌシとタケミカヅチは葦原中国に住まう邪神と物言う草・木・石の類を全て平定し終えた。だが、アマツミカボシだけは最後まで従わなかった。そこで倭文神(シトリガミ)の建葉槌命(タケハツチノミコト)を遣わしてこれを服従させたとされている。

「化け物がッ!」

「今度こそ殺してやる!!」

 麻迦と羽矢が検眼枠(テストフレーム)に向けてコンポジットボウを撃とうとした、その刹那。
 静寂を裂いて、双子の耳元にある通信機に国木田の低く、鋭い声が響いた。

​『――麻迦、羽矢。……私は言わなかったか? その男がかけている「検眼枠」だけは、……何があっても傷つけるなと』

​ 二人の動きが止まる。

「……ですが、国木田様。それはこの男を始末してから回収すれば良いかと」

 麻迦が淡々と答えるが、国木田の声には隠しきれない怒りが混じっていた。

​『愚か者が。……それが何かも知らずに触れるな。それは「神の視座」を繋ぎ止めるための拘束具(アンカー)だ。それを壊すことは、この世に解き放ってはならない「深淵」の蓋を開けることと同義だぞ!』

​ 叱責。その瞬間、双子は初めて恐怖に身を竦ませた。

 だが、時は既に遅すぎた。

​ 天城の口から、笑い声ではない、何かが軋むような音が漏れ出した。
 すると突然、羽矢の体が、目に見えない圧力によって弾き飛ばされる。

​「国木田は……君たちの主は、賢明だね。……でも、君たちはあまりに『無知』すぎた」

「検眼枠」のレンズが、見たこともない禍々しい漆黒に染まっていた。

​「天之麻迦古弓(あめのまかこゆみ)も、天之羽々矢(あめのははや)も……。所詮は、神の玩具だ」

​ 天城が空中に手をかざす。
 瞬間、麻迦の持っていたコンポジットボウが、まるで飴細工のように捻じ曲がり、彼女自身の腕を複雑に骨折させながら肉に食い込んだ。

「あ、……ぁあああああ!!」

​「麻迦!!」

 羽矢が矢を放とうとするが、天城がレンズを指先で「カチャ」と回した瞬間、放たれた矢は空中で静止し、そのまま羽矢の方向へと逆行した。
 矢は彼女の両膝を正確に貫き、彼女を床へと縫い付ける。

​「君たちが守ろうとした『秩序』ごと、焼き切ってあげよう。……私の名はアマツミカボシ。……そして、夜明けを運ぶ者、ルシファー」

​ 天城の背後に、巨大な、煤けた六枚の翼が幻影として立ち昇った。
 それは神話の「星の神」という枠を超え、神に叛逆した「堕天使」としての真の覚醒だった。

 麻迦と羽矢は、逃げることさえ許されず、その圧倒的な「光」に焼かれ、魂ごと再起不能な廃人へと叩き落とされた。

​「……雷。……さあ、レンズを入れ替えよう。……次は、君の『父』を終わらせる番だ」

​ 雷が見たのは、もはや人間としての輪郭を失いかけた、美しくも恐ろしい「王」の帰還だった。


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