夏雲 女子高生売春強要事件

あめの みかな

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第三部 冬晴(ふゆばれ)

第13話

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「どうやら彼女は、新しい身体を羽衣ちゃんに決めたようだね。
 大丈夫、羽衣ちゃんのことはぼくが必ず守るよ」

 彼はそう言って、

「夏目メイさんですか? えぇ、加藤学です」

 夏目メイの携帯電話に出た。



 夏目メイと草詰アリスは同じ病院に運ばれたそうだった。

 わたしが彼女に馬乗りになり数分間殴り続けた結果、彼女は肋骨にひびが入り、頬骨や額を陥没骨折したという。
 全治1ヶ月ほどの怪我だそうだ。

 しかし、彼女に拳銃で撃たれた草詰アリスは、以前飛び降り自殺をはかった際に一度折れた大腿骨こそ手術によってもう一度繋ぎ合わせることができたが、損傷し普通の歩行程度しかできなくなっていた坐骨神経が今度こそ本当に駄目になってしまったとのことだった。

 わたしは、そう、としか言えなかった。


 取り引きがしたい、と夏目メイは学に言ったらしい。

 こちらは学が持ち出した四台の携帯電話とわたしの身体を夏目メイに差し出し、その代わりに夏目メイはわたしが彼女に対して行った暴行や学の銃刀法違反を見逃す、というものだった。

 今のところ、夏目メイも草詰アリスも警察には知らない人に突然襲われたとしか話していないらしい。

 アリスは夏目メイをかばっているのだろうか?
 それともわたしたちをかばっているのだろうか?

 夏目メイに撃たれたことを警察に話せば、夏目メイは自分を暴行したのがわたしであり、いっしょにいた学が拳銃を所持していたことを話すだろうと考えたのだろうか?


「この取り引きは、夏目メイらしくない。さすがの彼女も相当焦っているね」


 と、学は言った。


「警察も馬鹿じゃない。

 なぜ、アリスちゃんが防弾チョッキを着ていたのか、彼女は撃たれることを覚悟していたのではないか、そう考えるはずだ。
 防弾チョッキをどこで入手したのか調べ、必ずぼくにたどり着くだろう。

 ■■■村には、ぼくたちを目撃していた者がいるだろう。
 アリスちゃんがひとりで公共交通機関を使ってあの村にまで行ったわけではなく、車を運転していた者がいて、それがぼくであることも突き止めるだろう。
 ぼくの写真を見せて、目撃者の言質を取るだろう」


 彼は、すでに逮捕を覚悟していた。


「ぼくは必ず逮捕される。けれど今回の事件は、警察に夏目メイを逮捕させるチャンスでもある」

 学は言った。

 夏目メイは過去に事件を何度も起こしている。
 そのたびに、城戸女学園でいっしょだった小島ゆきの祖父であり政治家の金児陽三が圧力をかけ、揉み消してきた。

 しかし、金児陽三は政治家生命をすでに絶たれている。

 彼女を撃ったのが夏目メイである可能性を考え、今度こそ夏目メイを逮捕してくれるかもしれない。

 いや、必ず逮捕するだろう。


「取り引きに応じようが応じまいが、ぼくは逮捕される。夏目メイもね」

 確かに学の言うとおりだった。

 けれど、わたしは、自分は別に逮捕されてもかまわなかったが、学が逮捕されるのは嫌だった。

 学もまた、自分が逮捕されるのはかまわないが、わたしが逮捕される事態だけは避けたいと考えているだろう。
 きっとわたしの犯した罪も、彼は自分がしたことにする気だろう。

 そして、彼にわたしのかわりはできても、わたしに彼の代わりはできないのだ。

「取り引きに応じる意味があるとするなら、それはひとつだけ」


 夏目メイに対する傷害を、学の証言にあわせる形で、夏目メイに学にされたと証言させること。


 たったそれだけ。





 わたしたちは、アリスの家を出ることにした。

 加藤学の家は、東京にあるということだったけれど、その家もおそらく夏目メイに知られているだろう。

 だから、わたしたちは、取り引きに応じるか応じないかについてはまだ決めあぐねていたけれど、夏目メイや草詰アリスが入院した病院があるという、■■■村の隣にある□□市に下道で向かいながら、ラブホテルを見つけたら一晩だけ泊まり、数日かけて□□市に向かうことにした。


 わたしは助手席で移り行く景色を眺めながら、夏目メイから持ちかけられた取り引きに応じたらどうなるのか考えた。

 いまだにそんなことが可能なのかどうかわからないけれど、夏目メイはわたしの身体に憑依するだろう。

 わたしが暴行をしたのは、夏目メイではなく、山汐凛の身体だ。

 山汐凛が身体を取り戻したとして、夏目メイのときの記憶があるのかどうかさえわからなかったが、もはやその身体には夏目メイはいない。

 わたしの身体を手に入れた夏目メイにとって、山汐凛の身体を暴行したのが、わたしだろうが加藤学だろうが、もはやどうでもいいことになる。

 しかし、わたしは今の山汐凛のように、天岩戸に閉じ込められてしまうだろう。
 内藤美嘉のように殺されてしまう可能性もある。

 取り引きに応じて得をするのは、夏目メイだけだ。


 じゃあ、取り引きに応じなかった場合は?

 夏目メイはわたしの身体を手に入れることはできない。

 わたしたちが四台の携帯電話をどこかに隠してしまえば、夏目メイは誰の身体にも憑依することはできなくなり、山汐凛の身体に居座り続けざるを得なくなる。

 わたしも学も逮捕されるが、夏目メイはわたしたちが取り引きに応じなかった場合の方が痛手を被る。


 それどころか、わたしたちは、どの携帯電話が本当に夏目メイのものかわからなくとも、すべて破壊することで、夏目メイを殺すことができる。

 夏目メイを殺してしまえば、わたしも学も逮捕されずに済む。


 確かに、夏目メイは焦っていた。

 彼女らしくない、という学の言葉はその通りだった。


 わたしが考えたことを口にすると、

「だけど、相手は夏目メイだ。
 おそらく取り引きに応じなかった場合や、この四台の携帯電話を破壊してしまった場合、ぼくや羽衣ちゃんが考えている以上の痛手を被ることは目に見えている。
 おそらくこの四台の携帯電話の中に、夏目メイの人格が入っているものはない。
 自分にとって最も大切なものを、自宅の固定電話のそばに無造作に置いておくわけがない」

 学はそう言った。

「そうだね。でも、わたしたちがそう考えるのを見越して、あえて本物を置いていたのかもしれない」

 相手はあの夏目メイだもの、とわたしは言った。


「学さんは、夏目メイにとって最悪のケースがどんなことか考えたことはある?」

「今のぼくは、羽衣ちゃんを守ることだけで精一杯だよ」


 その気持ちだけで、わたしは十分だと思った。

 だから、わたしは、夏目メイにとって最悪のケースを学に伝えることにした。


「夏目メイがわたしの身体を手に入れたにも関わらず、わたしが夏目メイに対してしたことのせいで、自分が逮捕されることだよ」


 そう言ったわたしに、学の顔が青ざめた。

 それは、夏目メイだけではなく、わたしを大切に思ってくれている学にとっても最悪のケースだった。


 わたしは、もう、そうすると決めていた。

 あとは、そのためにどうすればいいかを考えるだけだった。

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