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第1章 炎の国『イグニス』〜今こそ覚醒の時〜
第51話
しおりを挟むSランクダンジョン?あのSランク覚醒者を何十人も連れて行かないと生き残ることすら不可能と言われてるあの?
「お父様!!それでは言葉が足りなさすぎます!」
レインが返答する前にシャーロットが入る。
「おお、そうだな。申し訳ない。まだこれは内密の話なのだが……実は最近、水の国『メルクーア』からSランクダンジョンが崩壊する兆候が見られると報告があった。
それに加えて8大国と周辺の中小国に救援要請も来ておるのだ。しかし8大国のほとんどがその要請に沈黙を貫いている」
「なんでですか?Sランクダンジョンの崩壊なんて世界的に大きな影響を及ぼすでしょう?」
普通は助けるんじゃないのか?Sランクダンジョンの中にいるモンスターが全て解き放たれたら倒し切るのは不可能だろう。倒し切る前に一般人には相当な死者が出るはずだ。
いや迎撃する覚醒者にもかなりの死傷者が出るだろう。レインでも分かることだ。
「その通りです。しかしですね。『メルクーア』は周囲がほぼ海で国境が陸地で面しているのは知恵の国『サージェス』のみです。
さらに『メルクーア』のSランクダンジョンは海上に位置している為、『メルクーア』以外に大した影響はないと各国は判断しているようです」
「いやいや……モンスターが泳いで上陸したらどうするんですか?」
「その疑問は最もだ。しかし他の国はかつてのSランクダンジョン攻略で被った痛手を忘れておらぬのだ。
Sランク覚醒者、そして神覚者はその国の強さであり、象徴であり、ダンジョンという試練から国民を守る最後の砦なのだ。
そのような存在である覚醒者を他国の為に送り、死なせるという事はその国の滅亡に繋がる危険性もある。
だから他の国は救援要請に対して明確な回答をせず沈黙している。我々は事実上の拒否に近いと判断している」
「はぁー……なるほど」
そうした国家間の話し合いはよく分からない。利益とか権利とか言われても知らん。
「それに『メルクーア』と唯一陸続きである『サージェス』も自然の要塞である『ディーツィア山脈』が間に横たわっているので影響は少ないと考えているようです」
そんな山脈あるんだ。呼びにくいな。
「他の国の状況は分かりました。そんな中で俺たちはその要請を受けるって事ですか?SランクダンジョンってSランク覚醒者が何十人もいないと太刀打ちできないって話ですよね?まさか俺1人で行ってこいなんて言わないですよね?」
「もちろんです!レイン様にそんな無謀な事はさせられません。
現在、『黒龍』ギルドにも打診しているところです。
……ただですね。この要請を受けるメリットが我々には大きいんです。
レイン様に直接のメリットは……少ないかもしれませんが、我が国にとってもこの要請を受けるだけで大きな恩恵があるんです。
なので全容だけでもお話しさせてもらえないでしょうか?」
シャーロットは両手でレインの手を包む。女性耐性が皆無のレインは目を逸らして頷くしかなかった。
「ありがとうございます!お父様は言葉足らずな所が多いので静かにしてて下さい!」
王女とはいえ国王にそんな事が言えるのは凄いな。
「う、うむ」
やはり国王も微妙な返事をするしかなかった。
「では私がお話しします。『メルクーア』からの要請は『メルクーア』国内に出現したSランクダンジョン『海魔城』の攻略に伴い、Aランク以上の覚醒者の派遣となっています。
ここからが我々のメリットになりますが、要請に応じた国に対しては無条件で今後10年間『メルクーア』産の海産物の優先購入権と費用の減免がなされます。
さらに攻略が完了した場合はSランクダンジョンで獲得した魔法石の20%をその国に対して支払い、参加した個人に関しては最大で1,000億Zelの報酬を支払うとの事です」
もう金額が途方もなさ過ぎてイメージが出来ない。1,000億?お肉何キロ買えるんだろう?
「Sランクダンジョン攻略の際に獲得できる魔法石の総額は数十兆……いえそれ以上の規模だと言われています。それはこの国を数年間賄える金額なのです」
要は金が欲しいんだな。その為に命を賭けて戦えと言われているようで何となく嫌な気分になる。
「レイン様にとっては関係の無い事かもしれません。国の財政などは我々の仕事ですから。しかし我が国では近年増え続ける上位ダンジョンに対応しれきれず崩壊を起こすダンジョンが増えてきています。
それに伴う農作物の不作で食料の確保が年々難しくなっています。『イグニス』は海に面していない国なので農作や家畜が主な食料であり、それらの確保が出来ないとなると物価となって国民へしわ寄せが行ってしまうのです」
ちょっと待ってくれ。話が大き過ぎてついて行けない。ただ王女様は必死で説明するから中断もできない。
「シャーロットよ」
「お父様?なんですか?今は私が……」
「レイン殿は王族ではない。つまりこれまでそうした問題に直面する機会もないのだ。そんな状態で財政だの物価だの数兆単位の金額の話などを説明したところで理解出来るはずもない。
……レイン殿を悪く言っているのではないぞ?レイン殿は覚醒者であり神覚者だ。我々とは戦っている土俵が違う。
レイン殿、『メルクーア』の要請を受ける、そしてそれは我が国にとっても国民全体にとっても大きな利益となる、ここまでは理解していただけたかな?」
国王の言葉に感謝したい。レインの立場を理解し、分かりやすく掻い摘んでくれるのは本当に助かる。
「……まあそうですね。はい」
「シャーロット……我が娘よ。レイン殿を我々の戦場に連れてきてはいけない。良いな?」
「……分かりました。レイン様も申し訳ありませんでした」
王女様は深々と頭を下げた。それはそれでこっちも申し訳なくなってくる。
「大丈夫です。続けてください」
「はい……『メルクーア』がダンジョン攻略に挑むのは約70~80日後とされています。レイン様の目的である『決闘』よりも後になるのでレイン様の最も重要な予定を変更する必要はありません」
「は、はぁ……」
だからさっきは今後どうするのかを聞いてきたのか。
「さらにですね。もし受けていただきましたら、国内のありとあらゆる教育機関への特例入学と費用全額の免除、年間1億Zel相当の支援金、国内で生産された武具の優先販売権と購入資金の援助、そして国家所有の土地と屋敷を無償で利用できる権利などをお約束します。
他にも必要な事があれば国家と王族が援助しますし、大抵の事であればレイン様が何をしてもこちらで処理し、罰するという事もなくなります」
これは……どうしたものか。かなり面倒な事になってきたな。ここまでの条件を出してきている。もはや断れない雰囲気になってきた。
"レインって本当に断らないよね。そんなにチョロい奴だったの?"
"うるさいな。……アルティはどう思うよ?"
"知らないよ。今の条件が魅力的なら受けりゃあいい。気に入らないなら断ればいい。アンタが1番優先したいことは何?色々言われてそれ見失ってないかい?アンタは人が良すぎるんだよ。
さっきも他の女が言い寄ってきた時に断らず話を受け入れたり、帰ろうとしたのに必死に呼び止められたらここまで来てるし……"
"俺が1番大事なのはエリスだ。エリスに比べると世界の全てが劣る。そうだな。エリスの治療が完了した後に不自由な生活が待っていたら意味がないな。
Sランクダンジョン?上等じゃねえか。エリスに危険が及ぶ可能性のあるものは全て排除する。今後もそうやって行こうか"
"……というか私の相手もしないで他の女にうつつを抜かしてんじゃ無いよって話だよね?!断れないアンタの性格は悪くないよ?でも流石にエリス一筋すぎる面もあるし……"
「分かりました。ただ条件を付けてもいいですか?」
「お聞かせ願えますか?」
"……まあ?アンタのそういう所は嫌いじゃないっていうか?むしろ?……って何言わせるんだい!"
「シャーロットさんは知ってますが、俺には病気の妹がいます。今の恩恵を俺だけでなく妹にも受けさせて下さい。学校なんて俺には縁がありませんが、妹には色々な経験をさせたいです」
「もちろんです。……お父様!いいですよね?」
「うむ……良かろう。ではこれからもよろしく頼む。レイン殿には追って遣いの者を出そう。明日にでも神覚者である事を正式に発表させていただくがよろしいかな?」
「大丈夫です」
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