公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事 番外編

江本マシメサ

文字の大きさ
3 / 3

公爵家であった本当に怖い話

しおりを挟む
 ある日の午後、ゆり籠を揺らしつつ、優雅に紅茶を啜っていると、マリリンが報告をしてくる。

「奥様、大奥様がお帰りになられたそうです」

 義母ラウルスさんがお仕事から帰ってきたようだ。
 ゆり籠の中の赤子――ユークリッドを抱き上げ、玄関に向かう。

「だう、ままう~」
「はいはい、お母さん、帰ってきたからもうすぐですよ~」

 腕の中に抱いている美しい赤子の名は、ユークリッド。
 義両親の子どもで、長男嫁である私から見たら――ええい、関係性がめんどくさい。

 私は暇さえあれば、ユークリッドの面倒を見ている。
 ユークリッドが乳離れをしたので、ラウルスさんは隠密機動局のお仕事に復帰したのだ。
 長期の任務は命じられないみたいだけれど、それでも物騒な事件の解決に一役買っているようで、日々心配をしたりしている。それに関しては、レグルスさんも同じだけれど。

 途中で、マリリンさんがユークリッドを寝かせる乳母車を持って来てくれた。
 室内で乳母車って……と最初は思ったが、公爵家は広すぎるので、赤子を連れ回っていれば筋肉痛になってしまうのだ。
 ユークリッドを寝かせ、マリリンが押しながら進んでくれる。

 やっとのことで玄関に辿り着く。すると、そこにはラウルスさんの姿があり――

「ああ、ユードラではないか!」

 そう言いながら接近して、私の体をぎゅっと抱きしめてくれる。
 そして、低く良い声で囁くのだ。

「いい子にしていたかい?」
「ええ、おかげさまで」
「そうか」

 最後、頬にキスをしてくれた。
 この恥ずかしい挨拶を義母は毎日行う。
 最初の頃は照れて大変だったけれど、今はもう慣れてしまった。
 それから、マリリンが連れてきた愛息に気付き、かけ寄る。

「ユーリ! ただいま帰った」

 ラウルスさんはユークリッドを抱き上げ、愛おしそうに頬ずりをする。
 二人は本当にそっくり。
 ユークリッドは男の子なので、将来女性にモテて大変そうだなと思った。
 公爵家の血から引き継いでいるのは輝く銀髪くらいか。
 もう、キラッキラしている美形親子を前に、目がチカチカしてしまう。

 いつまで経っても再会を喜んでいるので、居間に移動してお茶でも飲みましょうと誘った。

 元いた場所に戻れば、私が一人でお茶を楽しんでいた形跡はなく、新たに用意されたお茶と茶菓子が用意されていた。

「ユーリ、今日はユードラと一緒で良かったな」
「あう~」
「そうか。楽しかったか」

 ラウルスさんはごくごく真面目な様子でユークリッドとお喋りしていた。

「ユードラ、いつもありがとう」
「何がですか?」
「ユークリッドと共に過ごしてくれて」
「ああ、そのことですが」

 私は仕事(※隠密機動秘書)が休みの時は、なるべくユークリッドと過ごすようにしている。もちろん、乳母の協力してもらう時もあるけれど。

「お礼をしなければならないな」
「いえ、お礼なんて――」

 何かと思えば、ラウルスさんは焼きたてのスコーンを半分に割り、木苺のジャムとクロテッドクリームを載せていた。
 それを私の口元へと差し出して、「あ~ん」と言う。

 なんというか、こういう恥ずかしいことを自然体で出来るのが、彼女の凄いところだろう。
 お断りする理由もなかったので、口を開いて食べさせてもらう。

「どうかな?」
「おいひいです」

 もぐもぐと食べ、紅茶を飲みつつ答える。
 今度は無花果のジャムを塗り、私の口に持って来てくれる。
 いただこうかと口を開いた刹那、居間の扉が開いた。

「――!?」

 現れたのはレグルスさん。
 どうしてか一瞬で涙目になり、そのまま膝から床に崩れ落ちる。
 頭を抱え、小刻みに震えているように見えたので、声をかけてみる。

「どうしたんですか、レグルスさん?」
「ラ、ラウルス君に、ささ、先を越された……」
「何を越されたのですか?」
「ユードラさんと過ごす時間を」
「いや、そんな気にするほどのことでも」
「気にします!! だって、ラウルス君は王都で一番の人誑しだから!!」
「……」

 確かに、それは否定できない。
 帰宅後の抱擁から頬に口付け、お菓子あ~んなどなど、誑しのフルコースだと思った。
 その様子を見て、焦ったラウルスさんは立ち上り、レグルスさんの元へかけ寄る。

「レグルス、すまなかった!」
「ラウルス君、酷い……」
「ユードラが可愛くて、つい、抱きしめたり、キスをしたり、お菓子を食べさせたりしてしまった!」

 見事な墓穴を掘るラウルスさん。言わなかったらバレなかったのに。
 それを聞いたレグルスさんはしずしずと泣き始める。

「って、泣くほどのものじゃ……」
「うっ……ううっ……」
「すまない、本当に、すまない」

 なんだろう、この地獄絵図。
 止めて、私のために争わないで!! と叫べばいいものか。
 いや、なんか激しく違う気がする。

 この時ほど、フロースさんかお義父様、戻って来てと願ったことはないだろう。

 しようもない騒ぎを起こしてくれた夫と義母の姿を見ない振りをして、私はユークリッドをあやしに行くことにした。

 番外編 『公爵家であった本当に怖いお話』
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

知りませんでした?私再婚して公爵夫人になりました。

京月
恋愛
学生時代、家の事情で士爵に嫁がされたコリン。 他国への訪問で伯爵を射止めた幼馴染のミーザが帰ってきた。 「コリン、士爵も大変よね。領地なんてもらえないし、貴族も名前だけ」 「あらミーザ、知りませんでした?私再婚して公爵夫人になったのよ」 「え?」

【完結】悪役令嬢ですが、断罪した側が先に壊れました

あめとおと
恋愛
三日後、私は断罪される。 そう理解したうえで、悪役令嬢アリアンナは今日も王国のために働いていた。 平民出身のヒロインの「善意」、 王太子の「優しさ」、 そしてそれらが生み出す無数の歪み。 感情論で壊されていく現実を、誰にも知られず修正してきたのは――“悪役”と呼ばれる彼女だった。 やがて訪れる断罪。婚約破棄。国外追放。 それでも彼女は泣かず、縋らず、弁明もしない。 なぜなら、間違っていたつもりは一度もないから。 これは、 「断罪される側」が最後まで正しかった物語。 そして、悪役令嬢が舞台を降りた“その後”に始まる、静かで確かな人生の物語。

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

処理中です...