Are you my……?

広瀬 晶

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「いちばん好きなのは、大地だから……って、とても陳腐な言葉ですよね。俺には彼だけで、二番目も三番目もなかったのに」
 今だけ彼の口を塞いでしまいたいと、僕は思った。相手に言われたことを口にする度に、口にして再確認する度に、繰り返し彼は傷ついていく。
 あの、と僕は彼に言った。
「僕は最初に君に話した通り……したことが、ないし。それ以前に、誰かと付き合ったこともない、けど……」
 それでも僕は彼に伝えたかった。君の怒り、あるいは悲しみは、正しいのだと。恋人に愛されているのに浮気をするひとの方がおかしいのだ、と。伝えようとした、そのとき。
「……男だから、かな」
「え?」
「俺が男だから、遊びで他のやつとしてもいいって、思われたのかな……」
 とろりと、彼の声に毒のような甘さが伝った。シニカルな諦めを含んだ、色気のようなもの。決して口にしてはいけない蜜のような、そういう甘さ。僕はそれが誤って口に入る前に、違うよ、と否定した。
「性別は関係ないと思う。恋人が異性だろうと同性だろうと、相手を大事にしなくていい理由にはならない」
 そうでしょうか、と彼は言った。
「異性なら、恋愛の先に結婚や家庭といった、未来があります。でも同性にはそれがない」
「それは……」
「互いの気持ち以外に、関係を維持するものがない。付き合うこと自体、マイノリティだから難しいし。多少のことは、許容すべきだったのかもしれません」
「許容?」
「一度や二度の浮気は、ということです」
「浮気は、多少のこと、ではない気がするけど」
 彼の眉根が、中央に寄せられる。
「村上さんは、俺とは違うから」
 静かに息を吐いて、彼は言った。
「村上さんは、男が好きなわけじゃないでしょう」
 男が好きだと思ったことはない。しかしそれは女性に対しても同じことだ。僕は恋愛的に人を好きになったことがまだない。
「男と、なんて気持ち悪いでしょう?」
 元彼の話をしているときと同じ、苦くて、甘い声。訊いておいて、答えは求めていない。最初から、イエスだと決め付けている。
「そんなことない」と僕は言った。
 女性ともしたことのない自分にとっては、行為自体が未知の領域で。男性だから気持ち悪いというようなことはない。正直に言うなら、男女問わず、その手の行為には不安しかないのだが。
「ないこと、ないでしょう。じゃあ村上さんは、男とセックスできるんですか」
「……せ、っ」
「できないですよね」
 断定的な物言いに、苛立ちと羞恥とが胸の中で入り混じる。せっかくこんなにかっこよくて、気遣いができて、料理上手なのだから。誰かを心から大切にして、そのひとに同じくらいの熱量で大切にされればいい。男どうしだから仕方ない、などというのは、間違っている。
「……できるよ」
 僕は挑むように、彼の目を正面から見据えた。
「できる。男のひととだって、できる」
「村上さん。……自分の言ってること、分かってます?」
「分かってる」
 震える指を、握り締めて隠す。自分から引く気はなかった。
「分かってない」と彼が言い、
「分かってる」と僕は繰り返した。
 冷めたパスタを見下ろして、彼が呆れたように息を吐く。
「試して、みますか?」
 そう言って、彼は綺麗に微笑んだ。
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