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土曜日の僕にとっての買い物とは、日用品と冷蔵庫の中身を買い足すことだった。誘ったのは自分だが、ただそれに付き合わせるのも申し訳ない気がして、彼に何か買いたいものはないかと尋ねると「CD」との答えが返ってきた。
「……もう返ってこないと思うから。あげたことにして買い直します」
明確に言葉にはしなかったが、相手は元彼なのだろう。そう、と僕は頷いて家の鍵をロックした。
地下鉄で移動し、降りた駅から少し歩いて三階建てのビルに入った。一階にCDショップと本屋、二階にディスカウントストア、地下にはスーパーと薬局が入っている。まず一階で、彼の目当ての品を探すことにした。
さほど時間もかからず店頭で見つけることができたため、買い物に付き合わせたお礼としてCDは僕が購入した。佐藤君は自分で払うと言い張ったが、日頃家事をしてもらっていることへの感謝もあるのでここは譲らなかった。
その後はエスカレーターで下に降りるはずだったのだが、思わず隣のカフェのメニューに目を奪われる。どうして寒くなるとチョコレートの商品が増えるのかは分からないが、カフェの新作もチョコづくしになっている。僕の視線に気づいた佐藤君が「入りますか?」と訊いてきた。
「え? あ、ごめん。大丈夫です」
「俺のことは気にしなくていいですよ。行きましょう」
そう甘い声で言われ、結局促されるままカフェで休憩を取ることになった。
「チョコ、お好きなんですか」
数分後、彼が正面の席からそう尋ねてきたとき僕は、生チョコパフェのいちばん上のクリームを、パフェ用の細長いスプーンで掬っているところだった。
「好きです。まあ、うちは家族みんな甘いものが好きだから」
言い訳するように答えると彼は少し笑って、それは、と言った。
「お兄さんも、ですか?」
「そうだよ」
遺伝なのか環境のせいなのかは分からないが、両親のみならず兄も甘いものが好きで、よく自分にもデザートの類いを買ってきてくれた。男ひとりでは行きづらいからと、スイーツバイキングに彼の奢りで連れていかれたこともある。バレンタインには結構な量のチョコを持ち帰ってきたが、ほとんど自分で消費していた。
そのことを彼に話すと、彼はゆっくりと瞬きをして言った。
「俺も、甘いものは好きな方です」
「そうなんだ」
兄もだが、雰囲気的に甘いものを好んで食す部類にはあまり見えなかった。
「さっき僕がチョコが好きだっていう話のときに笑ってたから。君は違うのかと……」
こどもじみていることを笑ったのかと思っていた。どうやら、そうではなかったらしい。
「や、違います。俺も好きだから、一緒だなって思って」
やっぱり、嗜好は遺伝するのかもしれない。彼と兄との関係に答えはまだ出ていないが、おそらくそういうことなのだろう。
見た目の点から言っても、彼と兄とは同じ系統だ。落ち着いた、独特の雰囲気。冷たくさえ見える端整さは、笑った途端にがらりとその印象を変える。
昔から僕は、綺麗で大人びた兄のことが好きだった。本当の兄ではないと知った後も、ずっと。
兄が自分に優しくしてくれる、そのことを宝物のように思っていた。
彼からも、同じ匂いがする。理屈でなく惹かれるものがある。だから僕は、彼に何をされても受け入れられるような気がしてしまうのだろうか。
彼の手が自分に触れたときのことを反射的に思い出してしまい、僕は俯いた。
「どうかしました?」
「い、いえ、何でもないです」
ごまかすようにまた一匙、パフェを掬う。
おまえはもっと感情に幅を持たせた方がいい、というのは四谷さんの言だ。自分ではそんなつもりはないのだが、落ち着きすぎているように見られることはある。恋愛が何らかの変化をもたらすなら、それは歓迎すべきことなのかもしれない。
「村上さん?」
あのとき、瑞希と僕を呼んだ声が、また名字に戻っている。それを気にしてしまう自分を、どこか遠い、知らない街に捨ててしまいたかった。
「……もう返ってこないと思うから。あげたことにして買い直します」
明確に言葉にはしなかったが、相手は元彼なのだろう。そう、と僕は頷いて家の鍵をロックした。
地下鉄で移動し、降りた駅から少し歩いて三階建てのビルに入った。一階にCDショップと本屋、二階にディスカウントストア、地下にはスーパーと薬局が入っている。まず一階で、彼の目当ての品を探すことにした。
さほど時間もかからず店頭で見つけることができたため、買い物に付き合わせたお礼としてCDは僕が購入した。佐藤君は自分で払うと言い張ったが、日頃家事をしてもらっていることへの感謝もあるのでここは譲らなかった。
その後はエスカレーターで下に降りるはずだったのだが、思わず隣のカフェのメニューに目を奪われる。どうして寒くなるとチョコレートの商品が増えるのかは分からないが、カフェの新作もチョコづくしになっている。僕の視線に気づいた佐藤君が「入りますか?」と訊いてきた。
「え? あ、ごめん。大丈夫です」
「俺のことは気にしなくていいですよ。行きましょう」
そう甘い声で言われ、結局促されるままカフェで休憩を取ることになった。
「チョコ、お好きなんですか」
数分後、彼が正面の席からそう尋ねてきたとき僕は、生チョコパフェのいちばん上のクリームを、パフェ用の細長いスプーンで掬っているところだった。
「好きです。まあ、うちは家族みんな甘いものが好きだから」
言い訳するように答えると彼は少し笑って、それは、と言った。
「お兄さんも、ですか?」
「そうだよ」
遺伝なのか環境のせいなのかは分からないが、両親のみならず兄も甘いものが好きで、よく自分にもデザートの類いを買ってきてくれた。男ひとりでは行きづらいからと、スイーツバイキングに彼の奢りで連れていかれたこともある。バレンタインには結構な量のチョコを持ち帰ってきたが、ほとんど自分で消費していた。
そのことを彼に話すと、彼はゆっくりと瞬きをして言った。
「俺も、甘いものは好きな方です」
「そうなんだ」
兄もだが、雰囲気的に甘いものを好んで食す部類にはあまり見えなかった。
「さっき僕がチョコが好きだっていう話のときに笑ってたから。君は違うのかと……」
こどもじみていることを笑ったのかと思っていた。どうやら、そうではなかったらしい。
「や、違います。俺も好きだから、一緒だなって思って」
やっぱり、嗜好は遺伝するのかもしれない。彼と兄との関係に答えはまだ出ていないが、おそらくそういうことなのだろう。
見た目の点から言っても、彼と兄とは同じ系統だ。落ち着いた、独特の雰囲気。冷たくさえ見える端整さは、笑った途端にがらりとその印象を変える。
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兄が自分に優しくしてくれる、そのことを宝物のように思っていた。
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彼の手が自分に触れたときのことを反射的に思い出してしまい、僕は俯いた。
「どうかしました?」
「い、いえ、何でもないです」
ごまかすようにまた一匙、パフェを掬う。
おまえはもっと感情に幅を持たせた方がいい、というのは四谷さんの言だ。自分ではそんなつもりはないのだが、落ち着きすぎているように見られることはある。恋愛が何らかの変化をもたらすなら、それは歓迎すべきことなのかもしれない。
「村上さん?」
あのとき、瑞希と僕を呼んだ声が、また名字に戻っている。それを気にしてしまう自分を、どこか遠い、知らない街に捨ててしまいたかった。
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