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過去
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しおりを挟む学校の中では、誰もが自分や周囲の人間をカテゴライズする。団体行動を求められるのは学生だけに限った話ではないが、学生のうちは特に、協調性が重視される。任意でグループを組まされることも多いという点を考えると、自分と近しいひとを把握しておこうとするのは自然な流れだと思う。僕の見立てでは、外見、性格ともに自分とは真逆のカテゴリーにいるのが彼──四谷琉聖だった。
四谷琉聖と関わり始めて、彼が英語の時間に寝る率が高いことを知った。他の授業では寝ない、ということではないのだが、割合がいちばん高いのが英語だった。
「当てられても困らないのなら、起きてればいいのに……」
彼は寝起きでも、指名されれば難なく答えることができる。発音も綺麗だった。
「だから、だろ」
四谷琉聖は、ふあ、と欠伸しながら答えた。要するに彼は、分からないから寝ているのではなく。分かるからこそ、寝ているのだった。
「唇が、むうーってなってるぞ」
昼休み、社会科準備室の一角で。宇津見先生がくすりと笑った。時々こうして、先生に訊かれて四谷の話をする。
「失礼しました」
口元に手をやって、尖っていたらしい唇を隠す。
「あれは一時期、海外にいたことがあるから。英語は得意なんだよな」
「はあ……」
できるなら、やればいいのに。四谷琉聖は、したくないことはしない。当たり前にできることは、わざわざやらない。そういう発想は自分の中にはなくて。合わないな、とつくづく思う。
複雑な思いで息を吐くと。
「思った以上に、やってくれてるな」
「僕が、ですか?」
大して役に立てていない自覚はあった。四谷琉聖は、起こしても必ず起きるわけではない。本当に起きたくないときは、僕が何をしようと起きはしない。
「相手が琉聖なら、時々言うことを聞かせる、ってだけでもすごいから」
「そういうものですか」
「ああ」
「でも何だか、黒ひげ危機一髪みたいな気持ちです……」
ずっとセーフが続いているから緊張感は薄まってきているけれど。油断しきった頃、厄介なものが飛び出さないことを祈るばかりだった。
僕の例えに先生は爆笑し、僕はまた唇を尖らせた。
社会科準備室を後にし、教室へと戻ろうとすると。
「あ、若葉ちゃん」
背後から声をかけられ、僕は一拍置いて振り返った。金髪、長身のイケメン。四谷琉聖の、友人。
「若葉ちゃん。琉聖見なかった?」
「若葉ちゃん、はやめてくれる?」
名前にちゃんづけされるのは保育園以来のことで、高三の男子には不適切な呼び方だと思う。しかし何かの折に四谷琉聖がそう呼んだせいで、四谷の友人グループにその呼び名が定着してしまった。迷惑極まりない話である。
「いいじゃん。似合ってるし。で、琉聖見なかった?」
「……見てない」
愛想を最小限にして答えると、彼、新田君は金色の髪を震わせて笑った。
無愛想に接したのに、どうしてそんなにも楽しそうに笑うのだろう。四谷琉聖もその友人も、やはり僕には理解しがたい。
「じゃあ、次琉聖サボりかな……」
「えっ」
「次、授業っていうか体育祭の練習だし。琉聖なら出なくてもおかしくないだろ」
僕は瞬時に、四谷琉聖が行きそうな場所をいくつか頭に思い浮かべた。行こうかな、と少し考えたけれど、昼休みが終わるまでにその時間はなさそうだった。
「探しに行くの?」
「いや、もう時間ないからやめとく」
「ツンデレだ」
新田君は、よく僕にその言葉を使う。意味は一応知っていたが、自分がそれに該当するだなんて、考えたこともなかった。
「違います」
ツン期だ、と言って彼はまたにこっと笑った。
「若葉ちゃんは、琉聖のこと嫌い?」
新田君に問いかけられ、少し高い位置にある彼の目をじいっと見つめるも、問いの意図は掴めなかった。
「……少なくとも、好きではないと思う」
好きではない。いちばん正確な答えだと思った。
「そっか」
もし、と新田君は続けた。
「琉聖に好かれたくないのなら、ツンデレ、やめた方がいいよ」
「は?」
「琉聖、そういうのに弱いし」
猫好きだし、と補足されたが、今の話とどう繋がるのか分からなかった。
「ああ、でも無理か。若葉ちゃんのは無自覚だし」
比喩ではなく、本当に人種が違うのだろうか。そう思ってしまうくらいに、会話が成立しない。
「結局、僕にどうしろと……?」
「琉聖に振り回されてかわいそうだなって思ったから、アドバイスのつもりだったんだけど」
金髪が、光を受けてきらきらしている。
「無意識でしてることは、変えようがないよな。忘れていいよ」
そのままでも俺的にはおもしろいし。という最後の呟きは、聞かなかったことにした。
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