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体育祭当日、僕は新田君と四谷という長身の二人に挟まれ、肩身の狭い思いをしていた。この二人の側にいては無駄に目立つ。僕は彼らを見上げ言った。
「あの……離れていただいてもよろしいですか」
「何で」
「向こうで、サッカーを観るので」
まだ自分の参加する種目までは時間がある。サッカーには同じ中学出身の友人が出るので、応援にでも行こうかと思っていた。
「じゃあ、俺も行く」と、四谷琉聖。
来なくていい、と僕は心の中で呟いた。バスケやリレーで嫌でも顔を合わせるのだから、しばらく別行動でいい。
「俺もそうしよ」
「うわっ」
新田君の腕が、僕の肩に乗る。上背のある彼の腕は、自分のそれとは長さも太さも違う。
「重い」
「ごめんごめん」
全く悪いと思っていない謝罪を受けて、僕はその腕を振り払った。
午前中の種目は球技のみだ。グラウンドを半分に区切って行われるのは、ドッジボールとサッカーの二種目。サッカーは、校舎から離れた側のフィールドで行うらしい。種目と実施場所が記載された体育祭のパンフレットを見て、ひとり頷く。
「若葉ちゃん。俺にもちょっと見せて」
「昨日自分の分渡されただろ」
「自分のは、机の中」
「……」
火星人は、僕の知らないルールで動いている。これは仕方のないことなんだ。そう、僕は自分に言い聞かせた。
「……どうぞ」
「ありがと」
僕の呆れた顔など気にも止めず、新田君はそれを受け取りパラパラと眺める。どうせ止めても着いてくるので、二人を連れて目的の場所へと移動すると、既に試合は始まっていた。コートを取り囲む、応援の波に潜り込む。
「若葉ちゃんって、サッカー好きなの?」
「ううん、普通」
ルールは一応分かるが、好きかと言われるとそこまでではなかった。見に来たのはサッカーではなく、サッカーをしている友人の方だ。
ひたすら友人を目で追いかけ、彼のチームを応援する。立ち続けるのに疲れてきたのでグラウンドに直で座ると、四谷琉聖が同じようにして隣に座った。
「……何?」
「別に」
立っているときよりも近い位置に四谷の顔がある。何だか見ていられなくなって、僕は自分から目を逸らした。
ピーッ、と終了のホイッスルが鳴り響く。試合は4―2で友人のいるチームが勝った。サッカーには全く詳しくないものの、知り合いが出ているとやはり応援にも熱が入る。僕はいつの間にか熱くなっていた頬にそっとタオルを当てた。
プレイを終えたメンバーがぞろぞろとコートの外へ移動する。その中に友人の姿を見つけ、僕は軽く手を振った。
「若葉」
それに気づいた彼が僕の名前を呼びながら駆け寄ってきたので、砂を払いながら立ち上がる。
「若葉、いたんだ」
「うん。二組すごかったね」
「サッカーでは、優勝候補だから」
確かにそうかもしれない。勢いがある。僕はしっかりと頷いた。
「次も、頑張って」
そう言って笑いかけると、横にいた四谷が、誰、と僕に尋ねてきた。僕は一度四谷を見て、再び友人を見た。二人の間に接点はないらしい。僕は友人を指して言った。
「せん……二組の山崎千里」
千里、と下の名前を口にしかけて、名字から言い直す。それだけでは説明不足のような気がして、同じ中学、とつけ足した。
「ああ、それで好きでもないサッカーを見に来たわけか」
揶揄するように言われ、僕は四谷から千里へと視線を戻した。
「千里。同じクラスの、四谷」
必要かどうかは定かではないが、一応千里にも四谷を紹介しておく。千里はじっと四谷の目を見て挨拶をした。
「山崎です。よろしく」
自分から訊いてきたくせに、四谷はさほど千里に関心がないように見える。まるで英語の授業のときのような、気怠げな表情をしている。
「四谷、って呼んでいい?」
千里の問いに、四谷は小さく頷いた。
「四谷は、何に出んの?」
「バスケ。あとリレーとか」
「あ、サッカーじゃないんだ」
「何で?」
「だって四谷出たら盛り上がりそうじゃん」
爽やかなイケメンと悪そうなイケメンの会話を、普通の僕はただ黙って聞いていた。千里も女子に人気がある。中学のときにはファンクラブのようなものまであったし、頻繁に告白されたりしもていた。四谷や新田君も、きっと昔からそんな感じなんだろう。
そういえば、サッカーを観ている途中でどこかへ行ってしまったらしい新田君はまだ戻ってこない。何も言わずに次の場所へ移動したら、彼に悪いだろうか。そう思い、辺りを見回していると。
「若葉ちゃん、何きょろきょろしてんの?」
後ろから、抱きつくように腕を回してくる不審者。振り向かなくても、声で分かった。
「新田君」
「お帰り。どこ行ってたの?」
「ん? 向こうのドッジボール。うちのクラス、初戦勝ってたよ」
「ほんと?」
そちらも見に行けばよかった。思いの外サッカーに集中してしまっていた。
「若葉ちゃん、そろそろ体育館行かない? 試合前に軽く練習しときたいし」
彼の言うとおり、少しは身体を動かしておいたほうがいいかもしれない。
「うん、そ……」
そうだね、と僕が言い終える前に、四谷が僕の腕を掴んで歩き出す。
「四谷、待って」
僕の抗議は聞き入れず、四谷は首だけで千里の方を振り返った。
「山崎、残りも頑張って」
「うん、四谷。若葉も」
若葉も、と言われたがきちんと返事をする余裕はなく、頷きだけ返して半ば引きずられるようにして四谷の後を歩く。少し遅れて、新田君が僕の隣にやってきた。
「琉聖は誘ってないけど?」
新田君が愉快げに口の端を持ち上げる。四谷も同じような調子でそれに応じた。
「俺がいると、何かまずい?」
「いや、別に?」
四谷に掴まれた腕が気になって、二人の話がほとんど入ってこない。僕は四谷を見上げ言った。
「四谷、腕……」
「ああ、忘れてた」
四谷の手が離れると、一気にそこから熱が引いていくのが分かった。
「若葉?」
掴まれていた箇所を無言で見つめていると、四谷が怪訝そうにこちらを見る。
「何でも、ない」
そう、何でもない。
僕は顔を上げ、体育館へと向かう足を早めた。
「あの……離れていただいてもよろしいですか」
「何で」
「向こうで、サッカーを観るので」
まだ自分の参加する種目までは時間がある。サッカーには同じ中学出身の友人が出るので、応援にでも行こうかと思っていた。
「じゃあ、俺も行く」と、四谷琉聖。
来なくていい、と僕は心の中で呟いた。バスケやリレーで嫌でも顔を合わせるのだから、しばらく別行動でいい。
「俺もそうしよ」
「うわっ」
新田君の腕が、僕の肩に乗る。上背のある彼の腕は、自分のそれとは長さも太さも違う。
「重い」
「ごめんごめん」
全く悪いと思っていない謝罪を受けて、僕はその腕を振り払った。
午前中の種目は球技のみだ。グラウンドを半分に区切って行われるのは、ドッジボールとサッカーの二種目。サッカーは、校舎から離れた側のフィールドで行うらしい。種目と実施場所が記載された体育祭のパンフレットを見て、ひとり頷く。
「若葉ちゃん。俺にもちょっと見せて」
「昨日自分の分渡されただろ」
「自分のは、机の中」
「……」
火星人は、僕の知らないルールで動いている。これは仕方のないことなんだ。そう、僕は自分に言い聞かせた。
「……どうぞ」
「ありがと」
僕の呆れた顔など気にも止めず、新田君はそれを受け取りパラパラと眺める。どうせ止めても着いてくるので、二人を連れて目的の場所へと移動すると、既に試合は始まっていた。コートを取り囲む、応援の波に潜り込む。
「若葉ちゃんって、サッカー好きなの?」
「ううん、普通」
ルールは一応分かるが、好きかと言われるとそこまでではなかった。見に来たのはサッカーではなく、サッカーをしている友人の方だ。
ひたすら友人を目で追いかけ、彼のチームを応援する。立ち続けるのに疲れてきたのでグラウンドに直で座ると、四谷琉聖が同じようにして隣に座った。
「……何?」
「別に」
立っているときよりも近い位置に四谷の顔がある。何だか見ていられなくなって、僕は自分から目を逸らした。
ピーッ、と終了のホイッスルが鳴り響く。試合は4―2で友人のいるチームが勝った。サッカーには全く詳しくないものの、知り合いが出ているとやはり応援にも熱が入る。僕はいつの間にか熱くなっていた頬にそっとタオルを当てた。
プレイを終えたメンバーがぞろぞろとコートの外へ移動する。その中に友人の姿を見つけ、僕は軽く手を振った。
「若葉」
それに気づいた彼が僕の名前を呼びながら駆け寄ってきたので、砂を払いながら立ち上がる。
「若葉、いたんだ」
「うん。二組すごかったね」
「サッカーでは、優勝候補だから」
確かにそうかもしれない。勢いがある。僕はしっかりと頷いた。
「次も、頑張って」
そう言って笑いかけると、横にいた四谷が、誰、と僕に尋ねてきた。僕は一度四谷を見て、再び友人を見た。二人の間に接点はないらしい。僕は友人を指して言った。
「せん……二組の山崎千里」
千里、と下の名前を口にしかけて、名字から言い直す。それだけでは説明不足のような気がして、同じ中学、とつけ足した。
「ああ、それで好きでもないサッカーを見に来たわけか」
揶揄するように言われ、僕は四谷から千里へと視線を戻した。
「千里。同じクラスの、四谷」
必要かどうかは定かではないが、一応千里にも四谷を紹介しておく。千里はじっと四谷の目を見て挨拶をした。
「山崎です。よろしく」
自分から訊いてきたくせに、四谷はさほど千里に関心がないように見える。まるで英語の授業のときのような、気怠げな表情をしている。
「四谷、って呼んでいい?」
千里の問いに、四谷は小さく頷いた。
「四谷は、何に出んの?」
「バスケ。あとリレーとか」
「あ、サッカーじゃないんだ」
「何で?」
「だって四谷出たら盛り上がりそうじゃん」
爽やかなイケメンと悪そうなイケメンの会話を、普通の僕はただ黙って聞いていた。千里も女子に人気がある。中学のときにはファンクラブのようなものまであったし、頻繁に告白されたりしもていた。四谷や新田君も、きっと昔からそんな感じなんだろう。
そういえば、サッカーを観ている途中でどこかへ行ってしまったらしい新田君はまだ戻ってこない。何も言わずに次の場所へ移動したら、彼に悪いだろうか。そう思い、辺りを見回していると。
「若葉ちゃん、何きょろきょろしてんの?」
後ろから、抱きつくように腕を回してくる不審者。振り向かなくても、声で分かった。
「新田君」
「お帰り。どこ行ってたの?」
「ん? 向こうのドッジボール。うちのクラス、初戦勝ってたよ」
「ほんと?」
そちらも見に行けばよかった。思いの外サッカーに集中してしまっていた。
「若葉ちゃん、そろそろ体育館行かない? 試合前に軽く練習しときたいし」
彼の言うとおり、少しは身体を動かしておいたほうがいいかもしれない。
「うん、そ……」
そうだね、と僕が言い終える前に、四谷が僕の腕を掴んで歩き出す。
「四谷、待って」
僕の抗議は聞き入れず、四谷は首だけで千里の方を振り返った。
「山崎、残りも頑張って」
「うん、四谷。若葉も」
若葉も、と言われたがきちんと返事をする余裕はなく、頷きだけ返して半ば引きずられるようにして四谷の後を歩く。少し遅れて、新田君が僕の隣にやってきた。
「琉聖は誘ってないけど?」
新田君が愉快げに口の端を持ち上げる。四谷も同じような調子でそれに応じた。
「俺がいると、何かまずい?」
「いや、別に?」
四谷に掴まれた腕が気になって、二人の話がほとんど入ってこない。僕は四谷を見上げ言った。
「四谷、腕……」
「ああ、忘れてた」
四谷の手が離れると、一気にそこから熱が引いていくのが分かった。
「若葉?」
掴まれていた箇所を無言で見つめていると、四谷が怪訝そうにこちらを見る。
「何でも、ない」
そう、何でもない。
僕は顔を上げ、体育館へと向かう足を早めた。
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