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体育館に着くと僕は、新田君と一緒に柔軟を始めた。四谷はというと、他のクラスの女子に頼まれ、審判として試合に駆り出されていった。四谷がいなくなると何となくほっとしてしまうのは、彼がいると無駄に振り回されるせいだろうか。
「若葉ちゃん、身体やわいね」
「そうかな」
「俺、超固いよ」
開脚して前屈していると、同じ姿勢を取ろうとしたはずの新田君の上半身は全くといっていいほど曲がっていなかった。
「ほんとだ。押してあげようか?」
「や、いい。折れる」
折れないし、折らないし。大丈夫だとは思ったが、あまりに嫌そうな顔をするのでやめた。
「もうそろそろ終わるかな」
「たぶん」
同意した瞬間、タイマーの電子音が鳴った。次はうちのクラスの番だった。審判をしていた四谷がこちらへと歩いてくるのが見えたので、僕は軽く手を振った。
「お疲れさま」
試合前に働かされるなんて大変だなと思わず同情していると、四谷が目の覚めるような言葉を口にした。
「一試合目、若葉も出ることになったから」
四谷が僕を見下ろし言う。
「え?」
「木本が、具合悪いって」
木本というのは元バスケ部の男子で、当然のように一試合目から出場する予定になっていた。
「……僕?」
「そう」
「途中交代じゃなくて?」
「じゃなくて。最初から、フルで」
後ろで聞いていた新田君がくすっと笑った。
「若葉ちゃん、そんな緊張しなくても大丈夫だって」
「で、も……」
自分では、彼の代わりにはなれない。きっと迷惑をかけてしまう。
「大丈夫。体育祭なんてお祭りなんだから、楽しめばいいんだよ。みんなでフォローだってするし。それに」
新田君は、四谷を見て笑った。
「琉聖が、代わりにガンガン得点してくれるから」
それもそうかもしれない。四谷や新田君の運動神経がすごいことは、もう十分知っていた。
「俺かよ。自分が得点するから、とかじゃないのか?」
「俺がそれ言ったら、琉聖怒るかなと思って」
「うるせえ」
気負う必要はないのかもしれない。僕は肩の力を抜いて二人を見つめた。
「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、二人が息を呑む音がした。
「頑張ろ」
「無理はするなよ」
ぽん、ぽん、と縦続けに頭を撫でられた。
試合が始まってしまえば、お祭りの空気に呑まれて余計なことを考える余裕はなくなった。僕はひたすらコートを走り回ったり、自分にできる範囲でパスを回したり、ドリブルで繋いだりした。四谷と新田君は積極的にボールを取りに行き、シュートを何本も決めている。少し不本意ながら、そういう彼らの姿はとてもかっこよく見えた。
「このまま行くと、うちのクラスの勝ちだね」
同じチームの女の子が小声で僕に言った。まだ序盤ではあったが、四谷を中心とした攻勢は崩れる気配がない。そうだね、と僕は彼女に答えた。
タイマーが残り五分を切った頃、敵が放ったボールのリバウンドを新田君が取った。流れるように四谷へとボールが渡る。僕はそのとき、ちょうどゴールにいちばん近い場所にいた。
「若葉」
四谷が僕に呼び掛けると同時に、僕の方へとパスを出した。四谷のパスは正確で、すとんとワンバウンドで僕の手にボールが届けられた。
「シュート」
四谷の声に促され、僕はゴール下へと移動し、シュートの構えを取った。ドリブルからのシュートよりは、いったん止まって打つ方がまだ成功率が高い。何とか一本くらい決めて、チームに貢献したいと思った。しかし、僕はシュートを打つことができなかった。ジャンプしかけたところを相手のプレイヤーに押されて、転倒したからだ。
「若葉ちゃん、身体やわいね」
「そうかな」
「俺、超固いよ」
開脚して前屈していると、同じ姿勢を取ろうとしたはずの新田君の上半身は全くといっていいほど曲がっていなかった。
「ほんとだ。押してあげようか?」
「や、いい。折れる」
折れないし、折らないし。大丈夫だとは思ったが、あまりに嫌そうな顔をするのでやめた。
「もうそろそろ終わるかな」
「たぶん」
同意した瞬間、タイマーの電子音が鳴った。次はうちのクラスの番だった。審判をしていた四谷がこちらへと歩いてくるのが見えたので、僕は軽く手を振った。
「お疲れさま」
試合前に働かされるなんて大変だなと思わず同情していると、四谷が目の覚めるような言葉を口にした。
「一試合目、若葉も出ることになったから」
四谷が僕を見下ろし言う。
「え?」
「木本が、具合悪いって」
木本というのは元バスケ部の男子で、当然のように一試合目から出場する予定になっていた。
「……僕?」
「そう」
「途中交代じゃなくて?」
「じゃなくて。最初から、フルで」
後ろで聞いていた新田君がくすっと笑った。
「若葉ちゃん、そんな緊張しなくても大丈夫だって」
「で、も……」
自分では、彼の代わりにはなれない。きっと迷惑をかけてしまう。
「大丈夫。体育祭なんてお祭りなんだから、楽しめばいいんだよ。みんなでフォローだってするし。それに」
新田君は、四谷を見て笑った。
「琉聖が、代わりにガンガン得点してくれるから」
それもそうかもしれない。四谷や新田君の運動神経がすごいことは、もう十分知っていた。
「俺かよ。自分が得点するから、とかじゃないのか?」
「俺がそれ言ったら、琉聖怒るかなと思って」
「うるせえ」
気負う必要はないのかもしれない。僕は肩の力を抜いて二人を見つめた。
「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、二人が息を呑む音がした。
「頑張ろ」
「無理はするなよ」
ぽん、ぽん、と縦続けに頭を撫でられた。
試合が始まってしまえば、お祭りの空気に呑まれて余計なことを考える余裕はなくなった。僕はひたすらコートを走り回ったり、自分にできる範囲でパスを回したり、ドリブルで繋いだりした。四谷と新田君は積極的にボールを取りに行き、シュートを何本も決めている。少し不本意ながら、そういう彼らの姿はとてもかっこよく見えた。
「このまま行くと、うちのクラスの勝ちだね」
同じチームの女の子が小声で僕に言った。まだ序盤ではあったが、四谷を中心とした攻勢は崩れる気配がない。そうだね、と僕は彼女に答えた。
タイマーが残り五分を切った頃、敵が放ったボールのリバウンドを新田君が取った。流れるように四谷へとボールが渡る。僕はそのとき、ちょうどゴールにいちばん近い場所にいた。
「若葉」
四谷が僕に呼び掛けると同時に、僕の方へとパスを出した。四谷のパスは正確で、すとんとワンバウンドで僕の手にボールが届けられた。
「シュート」
四谷の声に促され、僕はゴール下へと移動し、シュートの構えを取った。ドリブルからのシュートよりは、いったん止まって打つ方がまだ成功率が高い。何とか一本くらい決めて、チームに貢献したいと思った。しかし、僕はシュートを打つことができなかった。ジャンプしかけたところを相手のプレイヤーに押されて、転倒したからだ。
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