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過去
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しおりを挟む「若葉!」
でかい声、と思いながら身を起こすと、ほぼ同時にファウルが宣告された。駆け寄ってきた四谷は眉根を寄せて僕を見た。
「若葉、怪我は?」
思ったより心配されてたじろぐ。
「あ、うん、大丈夫」
本当は着地したときに足を捻ったような気がしたが、黙っていることにした。
「それより、フリースローが心配だな。外したらごめん」
笑って告げると、四谷が神妙な顔をして言った。
「そんなことはどうでもいい」
どうでもよくは、ないと思う。だって、四谷、頑張ってたし。だから僕は。
「……負けたくない」
呟きを足元に落とすと、四谷が呆れたように息を吐いた。
「大丈夫、普通に入る」
呪文みたいに、四谷の言葉が身体に浸透してくる。どうしてこの男は、こんなにも簡単に僕の中へと侵食してくるんだろう。
「もし入んなかったら、絶対、俺が代わりに入れてやる」
「……うん」
入る。普通に。深く息を吸って、吐く。
ラインの前に立つと、すっと心が透明になっていく。僕は軽く左手を添えて、右手でボールを放った。ボールはネットを潜り、コートに落ちて。一瞬の間を置いて、小さな歓声が起きた。コートの外側からの声が、さざ波のように聞こえた。
「若葉」
「四谷、入った」
四谷が右手を上げて見せたので、僕も右手を出してそれに応えた。パシッ、と。合わさった手が乾いた音を立てると、自然と笑みが浮かぶ。すると四谷は何だか困ったような顔をして、その大きな手のひらで僕の髪をくしゃくしゃにした。
「四谷、何?」
「何でもねえよ」
「……?」
僕は乱れた髪を手櫛で直しながら持ち場に着いた。フリースローが決まったことはよかったが、押されて転倒した際に足を痛めたのはやはり間違いではなかったようだ。走る度に、軽い痛みが足首に走る。しかし我慢できない痛みではない。試合の間くらいは十分持ちこたえられるだろうと。そう、思っていたのに。
「若葉ちゃん」
それは、新田君が僕にパスを出したときのことだった。少し高めに来たボールをジャンプして受け取り、着地すると。その拍子に鋭い痛みが駆け抜けてきて、僕は思わず膝を着いてしまった。
一旦試合は中断し、同じチームのメンバーが側に集まってきてくれる。自分の不注意で、と申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「誰か、こいつ保健室連れてって」
応援に来ていたクラスメイトに向かって、四谷が声をかけた。
「四谷、そこまでひどくは……」
「いいから、行ってこい」
有無を言わせぬ口調に、僕は開きかけた口をそっと閉じた。四谷は間違っていない。怪我人はいても邪魔なだけだ。
「分かった、そうする」
とりあえずコートを離れようとすると、後ろの方から小さく誰かの声がした。
「……だっせえ」
それは、明らかに僕に向けられたものだった。振り向くと、少し離れた場所に相手チームの男子が固まっているのが見えた。誰が言ったのかなんて分かりはしないし、言い返す気もなかった。
その誰かの呟きは、どうやら四谷の耳にも入っていたらしい。若葉、と四谷は言った。
「絶対、勝つから。大人しく治療してこい」
「うん」
そのまま僕は同じクラスの男子に付き添われ、体育館を後にした。
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