I don't like you.

広瀬 晶

文字の大きさ
12 / 51
過去

11

しおりを挟む

「若葉!」
    でかい声、と思いながら身を起こすと、ほぼ同時にファウルが宣告された。駆け寄ってきた四谷は眉根を寄せて僕を見た。
「若葉、怪我は?」
    思ったより心配されてたじろぐ。
「あ、うん、大丈夫」
    本当は着地したときに足を捻ったような気がしたが、黙っていることにした。
「それより、フリースローが心配だな。外したらごめん」
    笑って告げると、四谷が神妙な顔をして言った。
「そんなことはどうでもいい」
    どうでもよくは、ないと思う。だって、四谷、頑張ってたし。だから僕は。
「……負けたくない」
    呟きを足元に落とすと、四谷が呆れたように息を吐いた。
「大丈夫、普通に入る」
    呪文みたいに、四谷の言葉が身体に浸透してくる。どうしてこの男は、こんなにも簡単に僕の中へと侵食してくるんだろう。
「もし入んなかったら、絶対、俺が代わりに入れてやる」
「……うん」
    入る。普通に。深く息を吸って、吐く。
    ラインの前に立つと、すっと心が透明になっていく。僕は軽く左手を添えて、右手でボールを放った。ボールはネットを潜り、コートに落ちて。一瞬の間を置いて、小さな歓声が起きた。コートの外側からの声が、さざ波のように聞こえた。
「若葉」
「四谷、入った」
    四谷が右手を上げて見せたので、僕も右手を出してそれに応えた。パシッ、と。合わさった手が乾いた音を立てると、自然と笑みが浮かぶ。すると四谷は何だか困ったような顔をして、その大きな手のひらで僕の髪をくしゃくしゃにした。
「四谷、何?」
「何でもねえよ」
「……?」
    僕は乱れた髪を手櫛で直しながら持ち場に着いた。フリースローが決まったことはよかったが、押されて転倒した際に足を痛めたのはやはり間違いではなかったようだ。走る度に、軽い痛みが足首に走る。しかし我慢できない痛みではない。試合の間くらいは十分持ちこたえられるだろうと。そう、思っていたのに。
「若葉ちゃん」
    それは、新田君が僕にパスを出したときのことだった。少し高めに来たボールをジャンプして受け取り、着地すると。その拍子に鋭い痛みが駆け抜けてきて、僕は思わず膝を着いてしまった。
    一旦試合は中断し、同じチームのメンバーが側に集まってきてくれる。自分の不注意で、と申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「誰か、こいつ保健室連れてって」
    応援に来ていたクラスメイトに向かって、四谷が声をかけた。
「四谷、そこまでひどくは……」
「いいから、行ってこい」
    有無を言わせぬ口調に、僕は開きかけた口をそっと閉じた。四谷は間違っていない。怪我人はいても邪魔なだけだ。
「分かった、そうする」
    とりあえずコートを離れようとすると、後ろの方から小さく誰かの声がした。
「……だっせえ」
    それは、明らかに僕に向けられたものだった。振り向くと、少し離れた場所に相手チームの男子が固まっているのが見えた。誰が言ったのかなんて分かりはしないし、言い返す気もなかった。
   その誰かの呟きは、どうやら四谷の耳にも入っていたらしい。若葉、と四谷は言った。
「絶対、勝つから。大人しく治療してこい」
「うん」
    そのまま僕は同じクラスの男子に付き添われ、体育館を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

処理中です...