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過去
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しおりを挟む転倒したことで余計に痛みを感じていただけで、実際はそれほどの怪我でもなかった。念のため湿布をもらい足首に貼ると、それだけで痛みが引いていくような気さえする。午後の種目、と養護の先生は足を組み替えながら言った。
「雪下君は何に出るの?」
「リレーとか、綱引きとか」
「リレーか……ちょっと心配だな。誰かに代わってもらうわけにはいかないのかな?」
「それは、大丈夫だとは思いますが。でもできれば、出たいです」
バスケでは、みんなに迷惑ばかりかけてしまった。このまま終わりたくはない。
仕方ないな、とでもいうように、先生は息を吐いた。
「まあ、診た感じドクターストップってほどではなさそうだけど。無理しないようにね」
「分かりました」
僕は素直に頷いた。
保健室の扉を閉めたのは、付き添いで来てくれていたクラスメイトだった。四谷琉聖や新田君とよく一緒にいる、高杉君。彼は別の種目にエントリーしていたので、体育館にはあの二人の応援で来ていたのだろうに、自分のせいで保健室へと付き合わせてしまってしまった。
「あの」
「雪下」
声が、かぶってしまった。互いに譲り合った結果、彼が口を開く。
「雪下、琉聖の弱味でも握ってんの?」
「は?」
まともに話すのはたぶん初めてなのに、ものすごく呆れた声を出してしまった。
「……ない、けど」
「だろうな。琉聖、脅されて言うこと聞くやつじゃねえし」
だったらそんな質問しないでほしい。自分でも、唇が尖るのが分かった。
「雪下って、琉聖のお気に入りにしては普通だよな」
淡々とした口調で高杉君は言った。
「新田君も言ってたけど、お気に入りとか、そんなんじゃないよ」
「普通、は否定しないのか?」
「四谷琉聖とかに比べたら、十分普通だと思ってるから」
普通に、穏やかかつのんびりと過ごせたらそれでいい。
「ふーん……」
高杉君は、微かに笑った。
「まさかとは思うけど、琉聖とやってないよな?」
「何を?」
質問について問い返しただけなのに、分かった、と彼は言った。何が分かったのか僕には分からない。最近、こういうことが多すぎる。
「雪下は、琉聖のことどう思ってるわけ?」
「どう、って……」
見た目も性格も自分とは全く違っていて、なかなか理解できなくて。なのに妙に、目が離せなくて。
「……火星人みたいだなって、思ってるけど」
そう言った途端、高杉君はマジか、と呟いて笑い出した。
「火星人……。あいつのことそんなふうに言うやつ、初めて見たわ」
「そう?」
四谷琉聖の評価は、「怖い」か「かっこいい」に二分されることが多いようだが、僕にとってはそのどちらでもなかった。
嫌いだと、思っていた。けれど少しずつ、それだけではなくなってきた気がする。
「それなら、いいけど」
高杉君は、笑いを収めて前を向く。ふわりと、優しい空気を感じた。それはおそらく、僕にではなく、四谷に向けられたものだった。四谷は友人に恵まれているのだと思った。
途中で高杉君と別れ、ひとり体育館に戻ると、バスケの試合はすべて終わってしまっていた。コートの半分は空いていて、もう半分で行われている種目の方に人が流れている。そちらの応援に混ざろうとしたとき、人波の中に新田君を見つけた。近づいて、声をかける。
「新田君」
「若葉ちゃん! 足、大丈夫だった?」
「うん。診てもらったけど大したことなかった。迷惑かけてごめん」
「迷惑は特にかけられてないけど。心配した」
「ごめん。……ありがとう。試合どうだった?」
気になっていたことを尋ねると、彼はなぜか目を逸らした。その仕草から予想される結果はひとつしかない。
「え、負けたの?」
「いや、若葉ちゃんは聞かない方がいいかも」
「何で」
「何でって……」
彼はしばらく言葉を濁していたが、うちのクラスの圧勝だった、と苦い顔で教えてくれた。
「勝ったのなら、よかったのでは……?」
「まあ、それはそうなんだけど。何かもう悲惨な展開だったから」
「悲惨?」
「琉聖が、ガチすぎて」
新田君の話によると、僕が抜けた後、相手側が得点することはほとんどなかったらしい。四谷がチーム全体に動きを指示し、自分が動きやすいよう、計画的に攻撃と守備を行った結果だった。
「最初の方の琉聖は、ある程度みんながボールに触れるよう配慮してたはずだけど。後半は、大体自分に回させて、完全に勝ちに行ってた」
「すごいね……」
四谷も本気を出すことがあるのか。あの四谷が、と僕が呑気に考えていると。
「火、着けたのは若葉ちゃんだと思うけど?」
新田君が、僕の目を覗き込んだ。
「僕? どうして」
「琉聖、言ってただろ。勝つ、って」
──絶対、勝つから。
疑うべくもない、強い瞳だった。
「だからじゃない?」
「そんなことないと思うけど」
四谷琉聖は支配されない。僕が、彼の行動を決められるはずがない。元々、負ける気はなかったというだけのことだろう。
「はー……」
「何で、溜め息」
「若葉ちゃんって……案外、ばかだね」
「え、え?」
四谷の暴走と僕の頭の良し悪しに、一体何の関係があるのだろうか。納得が行かないまま、僕は午前の部を終えた。
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